第56話:悪い子になってもいいのかな?
何この状況。
「何この状況~」
思わず心に思ったことが口に出てしまっていた。
仕方ないじゃん!! だって。だってさぁ! うう、ううううう、後ろに!!
あのっ! まゆ女神の裸体がお背中にぴとーーーーーーってくっついてるんですよ?!!!
ゆでだこになる……。
「あはは、恥ずかしいねー」
「うぅ……。まゆさんが一緒に入ろうって言ったんじゃないですか……」
「え、そうだったっけ?」
「あれ? どうでしたっけ?」
先ほどまでのやり取りを思い出す。
ダメだ。恥ずかしすぎて成り行きが一切思い出せない。記憶に赤い靄がかかったみたいに何も見えない。
「んー。あはは、全部恥ずかしさで吹き飛んじゃったね」
「確かに……」
まゆさんも同じみたいで、こんな調子だ。
そっか。まゆさんも恥ずかしいんだ……。
って、そうだよね。着替えのときにめっちゃ戸惑ってたし。
「でも、まゆさんはちょっと落ち着いたかも」
「え、ズルい」
「あははー、ごめんねー!」
背中伝いに、わたしの方へと体重を乗せてくるのを感じる。
肌と肌の接触がまた広がって、ドギマギ。
待って待って。ただでさえ人との接触慣れてないんですよ、わたしはぁ!
大丈夫かな。わたしの心臓の音、聞こえてないよね?
「まゆさんねー、お風呂ってあんまり好きじゃないんだー」
「……え」
でもいつもいい匂いしてるし……。
「あ、別にちゃんと身体を洗ってないとかじゃないんだよー? ホントだよ!」
「分かってますよ、いつもいい匂いしてますし」
「そ、そうかなー。えへへ」
それから一拍の沈黙。
湯船から落ちる水滴が、風呂場に落ちてポチャン、という音が広がる。
「というか、家がそんなに好きじゃなくって」
あぁ、そっか。
肉親がいつも言い争っていたら、気分が落ち着ける場所はない。
お風呂も必要最低限で済ませないと、怒られてしまうかもしれないから、か。
そう考えると、まゆさんって相当苦労しているんだなぁ、と感じてしまった。
「いっつも親が喧嘩してて、それで静かに落ち着ける場所がなくて」
「……それで家出を?」
「前々から考えてたんだけど、どうしてもみんなに迷惑かけちゃうから」
弥生まゆはいい子だ。
いい子だからこそ、誰かの「いい子」という枠組みから外へは出ない。
迷惑をかけるなんて、言語道断。そう言いたげなんだろう。
「でも今日は本当にゆっくりできたんだー。美鈴さんとゲームしたり、ご飯作ってあげたり。いつも作っても何も言われないから、美味しい美味しいって言ってくれるのが、すごく嬉しくって」
もしかして、今のこの状況もまゆさんがしたかったから。なのかな。
聞いてみると、返答は簡単に帰ってきた。
「うん。恥ずかしかったけど、夢だったから」
夢。ん? そんな単語、まゆさんルートで聞いた覚えがないぞ?
「友だちと一緒に旅行に行けたらいいなー、って。家族から逃げられるなら、何でも良かったの」
でも、気持ちはわかる。
親しい誰かと一緒に、どこかに出かけたり、遊んだり。
そんな他愛もない幸せが、一番好きだった。
前世の告白前だって、3人で遊んでる瞬間が楽しかったって、今でも思うから。
「でもダメだよね。まゆさん、今日1泊したら帰る。迷惑かけたくないし」
「そんな事ないです!!」
だから反論したくなった。
こんな「いい子」が我慢して「都合のいい子」に戻るぐらいなら、わたしがもっと「いい子」にする。
「幸せになっていい子」に。
ザッパーンと勢いよく立ち上がって振り向く。
こういうのは絶対目を見たほうがいいもん。
「迷惑だなんて思ってませんし、ここにいたいなら好きなだけいてもいいです! まゆさんはもっと『幸せになっていい子』なんですよ!!」
「……美鈴さん」
「だって料理ができて、気配りが上手で、少しお茶目でかわいい子ですし。他人のために我慢してきたなら、ちょっとぐらい悪い子になってもいいと思います……」
って、なんか言ってて恥ずかしくなってきた。
で、でもまゆさんが不幸な目に遭っているところなんて見たくないし。
尻すぼみに声は小さくなっていったけど、話は、だいたいそんな感じですし。
「……悪い子。悪い子になってもいいのかな?」
「当たり前です! わたしなんてワルワルですし!!」
「ふふ、美鈴さんが悪いところなんて……結構見てたかも」
「そうです!」
「どっちかというと、ダメなところ?」
うぐっ!!!!
た、確かにダメ人間ですが、そんなド直球に言わなくたっていいじゃないですか……。
「じゃあ、いい子としての最後のお願い、してもいいー?」
「ど、どうぞ……」
な、なんだろう。
もしかして、帰るのを止めないで、とか?
いやいやいや、そういう流れじゃなかったけど、じゃあいったいどんなことをお願いしようと……?
「えっとね……、座ってもらっていい?」
「へ?」
下を見た。素っ裸だった。
わたしはお湯に溶ける氷のように湯船に戻っていった。
「ぴよぉ~……」
「あはは、美鈴さんはホントにかわいいなー」
「な、なんですかもう!」
「キレイだったよ」
まゆさんは、わたしの目を見てそう言った。
い、あばばば!!! わたしのどこを見て、いったい。その……。えっと……。
「ど、どのへんが……?」
「へ?! う、うーん……。お、おヘソ、とか……」
ガッツリ全部見られたらしい。そのことだけはわかった。
なら、もう。反撃するしかない。わたしだって、やられてばかりではないということを証明してやる!
「ま、まゆさんだって! 肌綺麗だし、髪の毛だってふわふわで触ったらきっと柔らかいんだろうなぁ、って思ってますし。それからいつも手入れしてて手先とか細くて憧れるし、女の子らしい体つきだし。えっと、えっと!」
「も、もう分かったよー! いろいろ見てたのは分かったから……」
「あっ……。すみません……」
な、何を言っているんだわたし!
思ったことは本当にそうだし、まゆさんも尊花さんも、この世界のヒロインはみんな美少女でかわいいって常日頃から考えてます。けど……。
口から出てきた言葉の数々が、なんと言いますか……。
「もう、えっち……」
大変申し訳ございませんでしたーーーーーーーーー!!!!!!
ここが湯船じゃなかったら、今から土下座する勢いで謝り倒した。
「悪い子なんだー」
「すみませんすみませんすみません!!」
「でもいいんだよー。美鈴さんになら、ね?」
「へ?」
それって、どういう……。
「か、身体洗うね!」
「は、はい……」
もしかして。なんて考えてしまう。
いやいや。ありえない。だってここギャルゲーの世界ですし。
そんな、わたし如きにそんな、こと……。
でも、本当にそうだったら……。
わたしは、友だちとして過ごしたいわたしは。
――どうしたらいいんだろう。
裸の付き合い




