第54話:お母さんと美鈴
「なるほどねぇ……」
別に怒られてはいないけれど、思わず正座になってしまうぐらいにはかしこまっていた。
相手は我が転生後の母親。理由はまゆさんを何とかここに居候させてもらうということ。
同じく緊張を絵にしたような表情をしているまゆさん。
そうだよなぁ。ここで断られたらあの家に直行なわけで。
何とかしてください、母君!
まゆさんは、今わたしたちを頼っているんです!!
「まゆちゃんのご両親は……。いえ、うーーーーん…………。はぁ……」
す、すっごい悩んでる。
踏み込むか、そのまま触れないように振る舞うか。
いずれにしてもよその家の事情にまで触れたくはないのだろう。
わたしでさえ、心配はしていたけれど必要最低限しか触れてこなかった母親だ。
多分だけど、距離感を図りかねているんだと思う。
「まぁ……。いずれ事情は聞きます。けれど、今は美鈴ちゃんのお世話してくれるだけで十分ですよ」
「本当ですか?!」
「待って。なんでわたしの名前が出てくるんですか?!」
わたしはやろうと思えば何でもできるんですのよ?!
一人暮らしの経験を舐めるんじゃあない!!
そう反論できればいいのだけど、まぁ無理なので顔で訴えていると、母親からの鋭い一撃が深々と突き刺さった。
「だって、まだ夕飯作ってないでしょう?」
「それはっ! ……はい」
「それに家から出てないだろうから、ずっと寝てると思うし」
「うぐっ!!」
「多分人目がないと、だらける一方だから。むしろまゆちゃんにはそういうのを期待してるのです!」
ふふふ、数か月前まで会話なんてものがなかった親子にしては目覚ましい進歩だとは思いませんか?
わたしはもっと優しかった頃の母親がよかったです。
「は、はい! 頑張ります!!」
「それから、言葉遣いも普段通りでいいですよ。一時的にも家族になるんですから」
「家族…………は、はいぃ……」
「まゆさんが赤くなってるじゃないですか。いつからお母さんは人たらしになったんですか?!」
まったく。ぷんぷんだぞ?
娘(中身は別)の友だちをたぶらかすなんて!
「それを言うなら美鈴ちゃんの方だと思うけれど……」
「へ?」
「……なんでもありません」
待って。なんでそんな目をしているの?!
お母さんはともかく、まゆさんまで! なんで?!!
「で、では! まゆさんが今日はお夕飯作るねー!」
「おぉ、楽しみだぁ」
「腕によりをかけて頑張るからね、美鈴さん!」
「うん!」
ダイニングで行われていた仮家族会議はいったん終了し、わたしはその場から流れるようにリビングのソファーへと移動した。
あー、柔らかい。このままダメになってお母さんの言う通りまゆさんをメイドさんみたいに扱うんだ。
「まゆさん、肩揉んでー」
「まゆさん、ちょっとこのフリフリでかわかわな服を着てみてー」
「まゆさん。ちょっとシモのお世話を……」
じゃないでしょうが!!!!!
なんでそんなハレンチ極まりない妄想してるんだわたしはっ!!!
友だちでそんなことを妄想するなんて、やっぱりわたしどうかしてるんじゃないの?
それともまゆさんの接触技が多いから、オタク特有の勘違いをしているんじゃ……。
うわ、ありそう……。
「美鈴ちゃん、ちょっといい?」
そんなことを悶絶したり頭を抱えたりしていると、お母さんが小さい声色で声をかけてきた。
まるっきりキッチンには聞こえないように調整していた。な、何事ぞ?!
「美鈴ちゃんはまゆちゃんのこと、どう思っているの?」
どう、って……。
「友だちですよ? 大切な」
「……そう。やっぱり、そうなのね」
「へ?」
お母さんは畏まるように静かにわたしの隣に腰を下ろす。
雰囲気が違うことを見て、わたしも姿勢を正した。
それから、お母さんはあることを口にし始めた。
「美鈴ちゃん」
「は、はい……」
「1年前からずっと疑問だったの。スタジオに入れば光る笑顔でスタッフを癒すあなたが、突然体調を崩したのか」
「……っ! そ、それは……」
わたしの転生初日の失態だ。
あの事件がなければ、わたしはちゃんと相沢美鈴を演じる予定だったのに。覚悟が足りなかったばっかりに……。
って、あんなドッキリみたいな状況で普通に振る舞えるわけないでしょうが!!
あの時ばかりはカミサマを本当にぶんなぐってしまおうかと悩んでいたなぁ。
「それ以来わたしやみんなへの態度が変わった。流石に困ったわ。どうやって接していいか分からなかったもの」
「ご、ごめんなさい……」
「正直、高校に行くときも友だちができるか心配だったの。でも風邪の時に来てくれた尊花ちゃんや、美鈴ちゃんを頼って家出してきたまゆちゃんみたいな友だちがいるって聞いて、安心したのよ」
そっか。そっかぁ……。
お母さんはきっと、わたしが別の何かになってしまったことをいち早く知っていたんだと思う。
転生憑依とかそういうのは知らないと思うし、現実的ではないのは確かだけど、自分の娘に何かがあったって。
でも、お母さんは『わたし』のことも娘だと思って接してくれた。
中身が違っても、実の娘のように愛してくれていた。
「整理が付いたらでいい。だから、いつか『あなた』のことも聞かせて」
「……うん。ごめんなさい」
「いいのよ。うん……。2人とも、わたしのかわいい娘だもの」
ありがとう。
あぁ、なんか。やっと歯車がかみ合った感覚がする。
この世界で一人ぼっちだと思っていたけれど、ちゃんと見てくれている人がいた幸せは、何事にも代えがたい真実だ。
きっと、いつか。
そのいつかは絶対用意する。
告げたい人。言わなきゃいけない人に。
だから。今は。今だけは……。
優しく笑いかけてくれた母に、そっと頭を寄せる。
『相沢美鈴』としてではなく、『わたし』として一緒にいることにした。
「ありがとう、お母さん」
「……ええ」
母は意外と子供を見てたりする話




