第53話:「弥生まゆ」といういい子
「弥生まゆ」というヒロインはいい子だ。
いじることはあれど、過度ないじりはしない。
腹黒くもなく、愚痴も言わない。
反応も、わたしは陽キャだとは言っているものの、明るく分かりやすい。
料理もできるし、裁縫や家事全般も難なくこなす。
ゲーム内の評価はお嫁さんにしたい女子ナンバーワンであり、THE・理想の女の子である。
ここまで聞けば、出来すぎたいい子設定で済むのだが、問題はその裏の顔にあった。
「大丈夫?」
「あ、うん。大丈夫です……」
わたしは何度かまゆルートを攻略している。
もちろんゲームの話で、このゲームを模した世界ではない。
けれどもれなくゲームと同じ設定であるなら、世界はなんと残酷なのだろうか。
まゆさんの両親はあまり仲が良くない。
テレビを見ている最中、食事中。それから何気ない一時。
その一瞬でさえ、2人はすぐに大きな声で喧嘩を始めてしまう。
子供の頃からそんな両親を見ているのだから、自然と自分はいい子にならなければ、という考えに至る。
勉強を頑張り、運動だって人並みにできる。
家事はもちろん、いろんなことを頑張ってきた。
それでも、両親は喧嘩を止めることはなかったらしい。
多分、それに嫌気が差して夏休みに家出してきたのだろう。
気づけば怒ることも、怒られることも、怒っているところも、激怒という感情を見たくなくなっていった。
誰に対しても当たり障りない態度を取っていれば、笑顔でいればそんな感情は見なくていい。
そんな触れれば傷ついてしまうほど美しく、柔らかいゆで卵のようないい子が、「弥生まゆ」というヒロインの正体だ。
そんなんだから今の状況についても触れられないんだよなーーーーーーーー!!!!
本当の主人公である万葉さんだったらいざ知らず。わたしがあげられるものなんて、せいぜい麦茶とせんべい。それからクーラーの効いたリビングぐらいしかない。
いや、わたしだったらそれだけでも十分だなぁ。
あとはソシャゲ用のスマホがあれば無限に過ごせる。夏休みなんてあっという間だね!
あっという間だったら困るわ。
とりあえずわたしは起き上がろう。話、は……。
待って。わたしの頭にあるのはいったいなんだ……?
目の前にはまゆさんのずっしりとした視界を妨げる柔らかいもの。
後頭部はなんだか、柔らかい。でも完全に柔らかくなく、芯になにか入っているような……。
「ぴよっ!!」
「うわぁ! びっくりしたー」
おっぱいを回避しながら、膝枕のようなそうでもないような感触から脱する。
陰キャのわたしでなければ、おっぱいに頭をズドンとしていたことだろう。
ふはは、もっと味わっていたかったけど、恥で死にそうになるから起き上がりました。
「す、すみません! まゆさんの太ももを使わせてしまって!!」
「いえいえー、まゆさんも使いたかっただけですゆえー」
太ももを使いたいって何?
分からない単語の応酬に、クスリと吹き出せばそのまま2人で笑い始めていた。
「な、なんですか今の!」
「えー! 美鈴さんがいつものように気絶しちゃうのが悪いんだよー」
「うぐっ!」
確かにいつも日頃から気絶しますけどー!
お祭りの時はかなり頑張ったほうですよ、これでも! ふんす!
「だから美鈴さんにだったら、いくらでもまゆさん太もも貸してあげますよー?」
「も、もっと自分の身体は大事にしてくださいよぉ!」
でないと、わたしが死にます。
ただでさえまゆさんは接触技が多いんだから……。
柔らか必殺技を毎回受けている身にもなってくださいよ!
とりあえず。お母さん(まだ仕事中)が帰ってくるまでは友だちと遊んでいたということで誤魔化そう。
そうなれば、既成事実というものが必要だと、わたしは思うんだ。
「それよりまゆさん。わたしの部屋で、ゲームしませんか?」
「んー? いいよー!」
いやぁ、一度ゲームのキャラとゲームしてみたかったんですよねぇ。
まゆさんはライトゲーマーで、パズルゲーが得意という設定がある。
だが、所詮はライトゲーマー。テトリスぐらいなら、わたしも上手い自信があるし、これで既成事実を作ろう。
そうしてやってきたわたしの部屋で更に自爆した。
「おぉー。本当にアイドルさんみたいな部屋だねー」
「うわぁあああああ!!!!」
またやらかした。CDやDVDエトセトラ。まぁ出しっぱでしたよね。
なんだかんだ部屋も汚かったし。もうちょっと整理しておけばよかった……。
ま、まぁ。とりあえずクッションを渡して座らせる。部屋を誤魔化すために座らせて誤魔化す。もう意味が分からない。
「ぷにテトでいいー?」
「いいですよ! わたしがテト側で!」
ふふふ、見てろ。わたしのテトリスチカラを!!
あ、あれ? 思ったよりまゆさん、ぷにぷに上手い。
階段積みから連鎖しまくって、全消し?! はぁ?!!!
「あ、やったー! まずはまゆさんの1勝ー!」
「……もう一回!!」
それ以降、わたしが勝つことはなかったが、お母さんが帰ってくるまでの時間稼ぎはできたから、いっか。




