第51話:「好きな子、いる?」
気づいたら爆速でテストが終わっていた。
長く苦しい戦いだった……。まるで一瞬で爆ぜた爆弾のように、溜めに溜めた疲れが一気に押し寄せてくる。
辛い出来事はこんなにも印象的なのに、どうして幸せな出来事はじわりじわりと忘れていってしまうのだろう。
数週間前のお祭りは楽しかった。でもこれも詳細な部分はもう忘れてしまった。
いつか、楽しかった、という事実だけが残って、それ以外は忘れてしまうのだろうか。
だったら尊花さんと一緒にいられたあの日もいつかの思い出になってしまうのだろうか。少しだけ怖かった。
「あはは、なんか脱力してるね!」
「まぁ、疲れましたし……」
まっ! 難しいことを考えてても、今は尊花さんとふたりっきりでいるんですけどねーーーーーー!!!!!
予想通り成績の悪い鈴鹿さんと万葉さんは追試のための勉強。
わたしたちはそれに付きそう形で、3人でローテーションを組んで教えている。
今日はたまたま尊花さんとわたしが休みだっただけだ。
そんなわけで今は尊花さんと一緒に帰宅している。
「万葉くんも鈴鹿ちゃんも、一緒に夏休み迎えられるといいね」
「ですね。わたしたちが教えてますし、なんとかなりますよ」
なんとかなって欲しい。
流石に手伝った手前、教え子が夏休み補習で毎日学校に……。なんてシャレにならない。
こう、夏の思い出を思う存分休み明けに聞きたいし。
はーーーーーー、いちゃついてくんねぇかなぁ、2人とも!!!
「そうだ! 美鈴ちゃんは夏休みやることあったりする?」
「いえ。家でのんびりしてようかと……」
宿題をさっさと終わらせて、ソシャゲの夏に備えるんだぁ。
どうせ今年も水着や浴衣キャラのピックアップが来るはず。貯金を崩してガチャに充てなきゃ。
ごめんね、美鈴さん。あなたの貯金はわたしのものだ。
「ふーん……」
その他になにか思い当たることでもあるのだろうか?
尊花さんは考えるような素振りをしながら、腕を組む。
わたしが家でのんびりすることに、なにか不満でも……?
はっ!? わたしのアイドルらしくない陰キャが成分がにじみ出てしまいましたか?!
失望して「あなたとはもう推し友ではいられないや、ごめんね」って……?!
「ご、ごめんなさい!!!!! わたしが悪かったです!!!!」
「何の話?!」
あ、心の中の闇が言葉として出てしまっていた。
なんでもないと話題を濁して、なにか別の話題を言わなきゃ。えーっと。えーっと……。
「ねぇ。じゃあ、夏休みとか予定はないんだよね?」
そんなところにジャストミート!
尊花さんの方から話題を振ってきてくれた。感謝!
「ないですね。強いていえばゲームのイベントとか……」
「そっかぁ……。じゃあ……」
じゃあ、なんだ?
ちょっとピリリとした緊張感が走る。
尊花さん、なにかを話そうとしているみたいだけど……、いったいなにを?
思わず、生唾をゴクリと飲み込む。
「私と、デー……。お出かけしてくれないかなー、って」
「お、お出かけ、ですか?!」
いま、デートって言おうとした?!
いやいやいや、早とちりだ早とちり。わたしのことなんてどうとも思っていないはずだし。
わたしのことを想う人なんていないと思うし。
違う違う。相手は尊花さんだよ? ただの推し友としてのお誘いだ、絶対!
「えっとね! 好きなアイドルのライブイベントのペアチケットが当たったから、それで一緒にどうかなーって……。元同僚にも会うかもしれないし、嫌だったら嫌って言ってもらってかまわないから……」
アイドルのイベント、かぁ。
確かにわたしはこれでも元アイドルだし、同僚後輩と会う機会もあるかもしれない。
それはそれとして尊花さんとお出かけに行きたい気持ちもある。うむむ……。
目の前の尊花さんの表情は必死そのものだった。本当に嫌われたくないのだろうという遠慮。
けれど一緒に行きたいって気持ちが強く前に出ている。
わたしはどうすればいい? なんて、簡単なことだ。
相手は推し友だ。そんな推し事に、相手の好きなことを一緒にしたいという気持ちを断ることなんて、わたしにはできない。
「行きたいです! 尊花さんと一緒に!!」
「……ホント?!」
「本当です! 尊花さんとならどこまでも!!」
わたしも夏休みに尊花さんと遊べる機会ができて嬉しい。
だって、大切な。大切な推し友なんだもん! そりゃそうなる!
「よかったぁ……。じゃ、じゃあ、あとで予定とか連絡するね!!」
「はい!」
なんか、こうやって夏休みの予定とか組んでると、自分が青春していた事を思い出すなぁ。
苦い経験にはなったけれど、それでも楽しかったことは消えない。だから複雑なんだ。
「はぁ……。もしかしたらまゆちゃんと予定あるかもって思ったら、安心したー」
「なんでそこでまゆさんの話になるんですか?」
「えっ?!! う、うーん。なんでもないかなー」
疑問を抱くわたしを誤魔化すみたいに、ひょいっと右手に柔らかい感触が掴まる。
あ、また手を繋がれた。こんなにも簡単に。
こういう距離感、たまに測り間違えたりするから難しい。
尊花さんは割りとやんわり近づいてくる感覚だったけど、もうこんなことをしてもいいって思ってるのかな。
だとしたら、ちゃんと仲良くなれてるようで、嬉しい。
でも、めっちゃこっちのこと見てくる。どうしたどうした。
「…………」
「な、何かありました?」
しばらく見てから、ため息を付かれた。何故。
尊花さんは立て続けにわたしを困らせるみたいなことを口にする。
「美鈴ちゃんって、好きな子、いる?」
「どうしたんですか急に?!」
「いや、美鈴ちゃんって浮いた話全然ないなーって」
そういうことですか……。
一瞬、ドキッとわたしの心を見透かしたようなことを言ってきて焦った。
そうだよね。尊花さんはわたしの保護者だし、そういうの気になるのは仕方ない。直近で万葉さんと鈴鹿さんがくっついたわけだし。
「作らないように、っていうか。自分の恋とかどうでもいいなぁ、って」
あはは、と軽く笑いながら触れる。
わたしにとって、自分の恋は前世においてきたモノだから。
それが例え、カミサマが望んだものだったとしても。
そんなことを考えていると、尊花さんが手のチカラを強めた。いたっ!
ど、どうしたの? そんなにわたしの恋愛価値観が変だった?
「……どうでも、よくない」
「と、尊花さん、手! 痛い!」
「あっ……。ご、ごめんね! あはは、痛かったよね」
彼女はわたしの手を撫でる。赤ん坊が泣き止むのを待つように。
一瞬。そう、ほんの一瞬だけ何か別のものが乗り移ったかのような寒気が、尊花さんから感じた。
なんだろう、この感じ。どこかで味わったことのあるような……。
分からない。けれど……。
――とても、嫌な気持ちだ。
「だ、大丈夫ですよ! ほら、痛いの痛いの飛んでった!」
「それは私が言う方ですよ!」
そうだ。わたしと尊花さんは推し友。
それ以上ではない。何を感じているんだ。推しに、推しがそんな感情を抱いてはいけない。
そうして、少しだけギクシャクした帰り道は幕を下ろした。
もうすぐ夏休み。尊花さんとのお出かけが、楽しみだ。
3章終わりです。
4章は夏休み編!




