第47話:祭囃子。熱に浮かされた想い
「うえぇ……」
逃げてきた先が、もう人という人が小さな釜の中で煮詰められたかのような蠱毒。
これなんかあれじゃないですか? 人の波に揉まれたらもう二度と生きて帰れないんじゃないですか?
ほら! 津波って、たった数センチの波でも引くチカラが物凄いから、人間には抵抗できないって話だし。
人の波だなんて、それと同じ同じ。陰キャにとっては高さ5メートルぐらいの津波ですよ!
「大丈夫?」
「え? あ、はい! 大丈夫ですよ!?」
とはいえ無理しないと、尊花さんやまゆさんに迷惑がかかるわけでして。
大丈夫だ。明日は学校だけ。命を燃やせ。燃やして、なんとか明日休もう。なんか言い訳つけて。
倒れる前提で話を進めているけど、そろそろ運動とかした方がいいかなぁ。
などと考えていると、目の前でにらみ合いが始まる。
え、なんの?! なんで目の前で尊花さんとまゆさんが拳を突き出してるの?!
「じゃあ予定通り……」
「そうだねー。言いっこなしだよ?」
「もちろん! 負けないからね!」
「ちょ、ちょちょちょちょっと!!! ケンカはダメですよ!!」
なんでいきなり火花をバチバチに鳴らしてるの?!
鳴らすならわたしの情けない小鳥ボイスを鳴らすべきなんじゃないんですか、ぴえーって!
じゃなくて! わたしも混乱してる。なんでいきなり拳を突き出して……。
「「最初はグー!」」
「グー?」
「「じゃんけんポン!!!」」
天高く振り上げた手を、そのまま振り下ろす。
まゆさんはチョキ。そして尊花さんはグーだった。
待って待って。なんでじゃんけんしてるの?!
「やったー! 勝った!!!」
「うー……」
「えっと。尊花さん、おめでとうございます……」
何一つ状況を飲み込めないわたしは茫然と尊花さんの顔を見る。
嬉しそうにしているけれど、なんで嬉しいのか。その理由が一切伝わってこなかった。
でも両手を上げて全力で喜んでいる浴衣の尊花さんは尊いのぉ……ほほほ……。
「これで勝ったと思うなよー」
「えへへ! じゃあ響さんはお願いね!」
「ちゃんとたこ焼き買ってきてくれたら許します」
「もちろん! なんなら焼きそばとチョコバナナとくじで当たる振るとびよーんって伸びるおもちゃも付けてあげる!」
何が何やら。まゆさんは「わかったよー」とゆるい了解を示してから、響さんが1人で消えていった敷地のはずれへと歩いていく。
「ど、どういうことですか?」
「響さん、あの格好で1人だと変な人に目を付けられそうだし。どっちかが行ってあげよう、ってなったの」
そういうことか。
鈴鹿さんは今頃万葉さんとのデートを楽しんでいるだろうし、帰りまではお祭りを堪能することしかできない。
その間、1人響さんを放置しておくわけにはいかない、ということらしい。
確かに、女児が着そうなフリフリが付いた浴衣姿の響さんを見たら、なんというか。うん、変な人が変になりそうだ。
……ん? 待って。
「それって、わたしじゃダメだったんですか?」
「美鈴ちゃんはご褒美だから」
「へ?」
「えいっ!」
虚を突かれたわたしの右手に少しだけひんやりとしたモノが触れる。
それは手をぎゅっと握って、柔らかい感触が伝わる。
視線の先にあるのは尊花さんの朗らかな笑みで。……え?
「え?!」
「あ……。嫌、だった……?」
いやいやいやいや!
繋がれた尊花さんの手と、わたしの手がががが!!!
あばっばばばばばばばばば!!!! どうして?!!
そ、そうじゃない! ままず、冷静になって……。
「えっと、あの。その……。嫌じゃないです……」
友だちとは言えども、急に推しに手を繋がれたら誰だって混乱する。
でも。でもさ! そんな不安そうに初めての場所に来た子供みたいな顔されたら、嫌じゃないって言うしかないじゃん。
ごちそうさま、と言えるわけじゃないけど。
「ごめんね、私もこういうことするの、初めてだから……」
「あ、あはは。同じですね」
ゲーム内の美鈴は多分いっぱいそういうことを経験しているだろうけど、わたしはせいぜい手と手が触れ合ったときにドキッとするレベル。
前世で振られたわたしに手をつなぐ経験があったかと言われたら「NO」と返事できる。
だからちょっと、握り返してみた。本当に繋がってるのかなって。
そうしたら、優しくて気遣ったような熱が手のひらから伝わってくる。
「じゃあ、一緒だね!」
先ほどまでひんやりとしていた手が、少し熱くなった気がした。
面映ゆい。というやんごとなき表現が正しいかもしれない。
じんわりと何らかの熱意と恥ずかしさが握った手を通して伝わってくる。
なんだこれ。なんだこれ……! なんだこれ?!
伝わった熱がわたしの中に入ってくる。血流を通して、心臓に入った熱は鼓動とともに全身に拡散する。
同時に毒にでも侵されたように鼓動は少しずつ動きを早める。
いま、わたしドキドキしてる。
「そ、そうですね……」
こ、こんなことしてくるなんて思ってなかった。
尊花さん、そういう接触するイベントみたいなのがなかったから、新鮮で新しくて。
1度も味わったことのないドキドキがいま目の前で起きているんだ。
うわ。うわぁ……。なんか、アドレナリンみたいのがみなぎってきた気がする。
どういうことかと言えば、恥ずかしさで今すぐここから逃げ出したい。
でも離してくれないんだろうな、この握った手は。振り払ったら尊花さんの嫌な顔を見てしまう。そっちの方が嫌だ。
気分は、誤魔化すしかない。
目の前にある人混みを指さす。
「い、行きましょう!」
「うん! はぐれないようにね! うんはぐれないように!」
「そうですね、はぐれないように!!!」
そうだ。尊花さんはわたしの母で保護者だ。
そうそう。別にそれ以上の意味とかないでしょ、ないない!
だから。心を落ち着かせて、右手と右足を一緒に前に出した。




