第46話:義姉として。ヒロインとして
「ふあぁ……、天国……」
「人がゴミのようだ」
陰キャ2人が木陰のベンチで座ってぐったりと脱力する。
その姿を見て何が面白かったのか、尊花さんが口を出す。
「本当に人混みダメなんだねー」
「なんでそんなに嬉しそうなんですか?」
「だって、そんな美鈴ちゃんもかわいいなーって!」
ど、どの辺が?!
まぁいいか。今のわたしは泥の中に沈んだきゅうりそのもの。水分を出し尽くしてそのままぬか漬けになるのさ。ハハハ……。
ぬか漬けってどういう原理で作られているかは分からないけど、なんかこう。水分の間にぬか要素がぐぐぐーって吸収されていっているのだろう。この辺は響さんなら知ってるかな。
「だらけている人間が好きなのは、ダメ人間が好きなのと同義だぞ、市川くん」
「ダ、ダメ人間……?!」
ぐっさりと刺さった。
わたしが、ダメ人間?! ……それはそうかも。
というかそれ自分にも刺さってますよね。ブーメランぶんぶんですよ?!
「美鈴ちゃんだからいいんですよ」
「甘やかしたがりめ」
「そうとも言いますね!」
わたしはどうやら尊花さんの母性を引き出してしまったようだ。
今なら尊花さんに「まま~」って抱き着いても何ら問題ない形でおぎゃれるかもしれない。
推し友におぎゃれるわけないでしょうが!!!!
それ抜きにしても一応年上のわたしが同年代の女の子相手にバブバブ言うのは、流石に燃えカス程度に残っているプライドが許さない。
恥ずかしいし。
「まぁいいがね。今日は元々付き添いだけで来てるようなものだ」
そう言うと、目線の先には湖の上でボートを必死に漕いでいる鈴鹿さんとしがみついている万葉さんの姿があった。
やっぱ、気になるのかな。元々メインヒロインだったわけだし。
「気になりますか?」
「……別に。弥生くんが気にするようなものは何一つ考えていないさ」
でも視線の熱はなんとなく、くすぶっているような気がした。
響さんには万葉さんと血のつながりはない。義姉弟だからこそ、恋愛に発展することもある。それが本編での響さんルートだった。
彼女は再婚前の父親にネグレクトを受けており、母親としょっちゅう喧嘩していた。
理由は分かっていないし、ゲーム内で語っていた響さんも興味はないと言っていた。
けれどついに我慢の限界が来た両親は離婚。
響さんは、自分が人の関係を壊す一端になったのだろうと、ふさぎ込むようになってしまった。
当然だろう。わたしだって人間関係が壊れた経験がある。特に内気な陰キャというのは、ひたすら自分に理由を向けがちだ。
真実がどこにあろうがなかろうが、きっと響さんにも思うことがあったのだ。
そして2年前。響さんの母親と、万葉さんの父親が再婚し2人が出会うことになった。
今の響さんがちゃんと学校に行けているのは、万葉さんのおかげなわけで。
そんな感謝すべき相手が好きか嫌いかでいえば、そんなの分かりきっていた。
でもこの世界では自分の心を、ヒロインとしての響さんではなく、義姉としての自分を選んだんだ。
そんな彼女がけなげでけなげで……。うぅ……。どうしよう、泣けてきた。
「なっ! ぼくの方を向いて、なに泣いてるんだ?!」
「いやぁ、あまりにも世知辛いなぁ、って」
「何がだ?!」
いや、前世だったら全部洗いざらいぶちまけてたよ。
でも転生した人間が転生しましたー、なんて頭の痛いことを言うわけにはいかない。
せめてもの償いだ。わたしが泣くことで響さんの未練を昇華させるしかないのだ!
「だって。響さん、万葉さんのこと好きだったんですよね! ……ずび」
「はぁ?!! きゅ、急に何を言っているんだきみはぁ?!!!」
「そ、そうだったんですか?!」
「き、きみたちも! 可哀想なものを見る目で、ぼくを見るな!!!」
そうじゃない。そうじゃないんですよぉ!!
「だって、万葉さんを困らせたくないから自分の心を押し殺したんですよね……っ!」
「そ、そんなわけあるか! ぼくはっ! …………ぼくは」
それまで向けていた否定の仕草は何もない。
わたしたちから目をそむけるようにして。いや、万葉さんたちに目を向けるようにして、こう呟いた。
「あまり混乱させたくないだろう? 義姉とは言えども、姉から恋愛の好意を向けられているだなんて」
「……でも。それじゃあ響さんの番は回ってこないんですよ」
尊花さんの真摯な声が湖面に反射する。
きっと2人には聞こえていない。2人は2人だけの世界に入っている。
わたしたちはただの外野で、義姉なのに響さんも類に漏れていないわけで。
「市川。きみは恋愛創作を読んだことはあるかい?」
「え、はい。一応……」
「なら時々見たことはあるだろう? 引っ込み思案でみんなとの関係を変えたくない。けれど、この想いは止まらないって女の子を。そいつは結局告白してしまうんだ。それまであった関係をすべて破壊して」
思い浮かぶのは響さんルートのとあるイベントスチルだった。
自分がいることで家庭が崩壊してしまって、1人廊下でうずくまる幼い日の響さん。
そこからは悲壮しかなくて。だから響さんルートは人気だった。そんな彼女が報われるのだから。
「ぼくは壊したくないんだよ、人との関わりを」
「……響さん」
「きみたちもよく覚えておくといいよ。内に秘める想いと外面は両立できない、ってことを」
少なくともわたしは何も言うことができなかった。
実際に経験しているから。「好き」だって気持ちと見える外側は絶対にずれているから。
響さんとわたしは似ているのかもしれない。あり方、みたいなのが。
でも。それでも、声を上げた人がいた。
わたしがよく知る、推し友だった。
「私は、そう思いません。絶対に両立させてみせます」
その瞳は決意に満ちていた。
絶対に叶える。覚悟と勇気。それを一緒くたに混ぜて出来上がった光みたいで、思わず目を閉じた。
「そうかい。そうなることを祈っているよ」
「はいっ!」
ひと段落ついたのかボートから引き揚げていく2人を見て思う。
わたしたちと合流したら、それはそれで気まずいのでは?!
「まぁ。あの2人はいい題材になるだろうな」
「そうですね。そろそろ逃げますか?」
「外野は逃げるか!」
いそいそと支度を始める。
ウマに蹴られる前にさっさと混雑の中に飛び込んだ方が、逃げきれそう。
「行こ、美鈴ちゃん!」
「はい!」
「もー! まゆさんのことも忘れないでよー」
「ぼくは別の場所で休憩してるよ。また後で」
相変わらずだなぁ、と思いながら、きっと今は顔を見たくないんだろう。
お祭りが終わったら、何かジュースでも買ってきてあげるとするか。




