第44話:ただの「好き」の記録
まだ、わたしが『相沢美鈴』ではなく、ただのわたし。『佐山奈緒』だった時。
転生した今世と同じぐらいの年代。だいたい高校1年生の時の話だ。
「そう! で、そのヒロインがもうほんっっっっっっっっとうにかわいいんだよ!!」
「奈緒ってホントにライラブ好きだよねー」
「だな。割と普通のギャルゲーだろ」
「分かってないなー、2人とも。出会った "思い出補正" が違うのよ!」
わたしには2人の友だちがいた。
ひとりは同年代の女の子で、もうひとりは男の子。
元々オタクではあったものの、引きこもったりうまくしゃべれなかったり。ましてや気絶するようなド陰キャではなかった。
普通のオタクが普通に高校に通って、普通に好きなことについて語りあかす日々。
その普通が、とっても好きだった。
「ライラブはわたしの人生だよ! だってまゆちゃんもかわいいし、響ちゃんだってあんな顔してデレたときは破壊力高くてね! 美鈴ちゃんとかマジで天使! アイドルここに極まれり、みたいな子でさー!」
「はいはい。で、どの子が一番好きなの?」
「もちろん尊花ちゃん!」
当時ソシャゲの周回しかすることのなかったわたしは、男の子の紹介によってライクオアラブ、通称ライラブにドはまりしていた。
だって美鈴ちゃんちっこくて、でも頑張り屋のいい子だし、響ちゃんはクールとデレをちゃんと弁えたバランスがとてつもなく心地いい。
そしてまゆちゃんのゆるふわーなかわいさを思い出したら、ふわーって夢心地になる。マジかわいい。やっぱり女神ですわこの子は!
でも最推しは、市川尊花ちゃん!
あの頃からずっと最推しだった気がしている。
「美鈴ちゃんとの掛け合いもすごくかわいいし、見ててほわほわするんだよ。あー、わたし今百合を前にしてるんだなー、って」
「あの2人の距離感、妙にバグってるからな」
「そう! なんかいいよね、頑張り屋のアイドルと真面目でかわいい委員長!」
「でも尊花って専用ルートないだろ」
うぐっ。
そういえばそうでしたねー。
あの頃何故か分からないけれど、わたしが最推しだった尊花ルートがなかった。
噂では実装予定だったが、容量が限界で急遽省かれたとか、グラフィティアートイベントで必ず敵対するから、実装できないとかいろいろな推察がなされていた。
その中でも特段変だなと思ってたのが、尊花ちゃんは美鈴ちゃんのことが好きという同性愛説だった。
確かに美鈴ルートでは妙に万葉のことをライバル視していた気もする。
まぁ、さすがにギャルゲーなのに百合展開はありえないだろー! ってことで噂は風に流れていったわけでして。
「なんで専用ルートないんだよぉおおおおおおおおおお!!!!!!」
「佐山、そればっかだよな」
「だって一番のお気にいりなのに、専用ルートがないなんておかしいじゃん!」
「はっはっは、すまんな。俺の推しは美鈴なんだ!」
「くぅうううううう!!!!」
などと、男子が相手でもこんな調子だ。
今思えば、かなり感情を表に出していたころだったなぁ、と我ながら黒歴史で恥ずかしい。
でも、このぐらいにはきっと人との距離感についてそう深くは考えてなかったんだと思う。
考えていなかったから、わたしは友だち2人のことを何一つ分かっていなかった。
「なんだよ、急に体育館裏に呼び出しとか。まさかボコられたりしないよな?!」
わたしは、その男の子のことが好きだった。
紛れもなく恋愛的な感情であり、きっかけはそれこそライクオアラブだったと思う。
このギャルゲーのおかげでわたしの人生は豊かになったし、それを譲ってくれた男の子にも「好き」という感情を抱いていた。
きっと男の子もわたしのことが好きで、好きだったからこの神ゲーをくれたんだ、って。
だから……。
「好きです。付き合ってください!」
必死に青春していたわたしは躊躇することなく口にした。
恥ずかしかったけど、勝算はあると思っていたからだ。
――でも、結果は違った。
「佐山……。ごめんな、お前は友だちぐらいの距離感でいいや」
あっさりと返された。やすやすと。これっぽっちの感情もなく。
あ、あれ? こんなはずじゃなかったんだけど。
お前も? 俺も佐山のこと好きでさぁ! みたいな、そんな軽いノリで告白を受け取ってくれるって……。
「佐山の気持ちはありがたいんだけど、お前じゃそういう気持ちにはならないわ」
「…………」
――どうして?
そんな気持ちが胸の奥底から間欠泉のように噴き出してくる。
ダメだ。友だちぐらいの距離感がいいって言われたじゃん。わたしの恋は敗れた。ただそれだけ、なのに。
とてつもなくぞんざいに扱われて、ゴミ箱に投げられたかのような気持ちになっていた。
なにも、言い返す言葉はなかった。
「そ、そうだったんだ。あはは。じゃ、じゃあこれからも。友だちのまま……」
「悪いな! じゃあ俺帰るわ!」
立ち去った後の背中を見る。
「好き」って気持ちは、独りよがりなだけなんだ。少なくとも、わたしの「好き」はそうだった。
さらに事態はわたしに困難をぶつける。後ろから砂を蹴る音がしたと思えば、肩を思いっきり掴まれて振り向く。
友だちの女の子だった。
「あんた、どういうこと?!」
「えっ……」
「私があいつのこと好きだって知っててあんな、あんな……っ!!」
どういうこと? 友だちの女の子も男の子が好きで。わたしも男の子が好きで……。
あぁ、そっか。ここまで来たら、鈍感なわたしにも分かってしまった。
「振られて、ざまあみろ! もう近づかないでね!」
肩を勢いよく押し出されて、砂利の上に倒れる。
それから女の子は立ち去って、ただ地面に倒れて、曇天の空を見上げるわたしがひとりだけ。
――わたしは、失敗したんだ。
◇
それからわたしは今までの生活が嘘のように引きこもりだした。
親にはちゃんと高校は出るから。と言って高卒認定試験を受けて、それっきり家を出た。
でも、対人恐怖症に陥ったわたしがアルバイトで稼ぐ手段はない。
だから親の仕送りに自分自身の情けなさを味わいながら、余生を過ごしていた。
「そんなわたしに、恋人を作れって。やっぱりあのカミサマは邪神だよ」
もう二度と作りたくなかった。「好き」になりたくなかった。
鈍感で距離感も分からない人以下の存在であるわたしに、誰かを「好き」になる資格なんてないんだ。
ましてや、誰かに好かれるなんて恐れ多い。
尊花さんやまゆさんと出会ってから、ずいぶんと長い時間を歩いた気がする。
実際はたった3か月ちょっとなんだけど、わたしにとっては十分すぎるほどの時間だ。
わたしは『友だちとして』2人が好きだ。そこに恋愛感情なんてものはない。
合ってしまったら、きっと同じことを繰り返すから。
「2人とは、一生友だちでいたいなぁ……」
2人のおかげで本当に変われた。変われたから、変われたままの自分でいたいから。
わたしは2人と人生を共にする友だちでありたいと、曇天の夜に願う。
月は、まだ見えない。




