第33話:転生の意味。わたしの意味
監視していてほしいと言われた翌日、わたしは尊花さんと登校をともにすることになっていた。
示し合わせていた、というよりもほとんど偶然だった。わたしはめっちゃ嬉しいけどね。
ちょっと沈んだわたしの心をいつものハイテンションで誤魔化して、尊花さんと接する。
「で、昨日のはいったい何だったんですか?」
「えー? うーんと。要するに私と一緒にいてほしいなーって思って」
……え、いま告白された?
そんなわけないかー、はっはっは!
ぶっちゃけわたしにそんな価値あるとは思ってませんし! 推しは、こう。距離感弁えておきたいし。
あるじゃん、ファンはここまで、みたいなアイドルとファンの境界線って。そういうの。そういうのが必要だし、
だいたい次の一言ですべてが意味のない契約になってしまうわけで。
「それって、いつもと変わらないのでは?」
「えへへ、バレたー?」
笑って言っても誤魔化されへんぞ! でもかわいい!
尊花さんは眉をハの字にしながら、それから先の言葉を口にした。
「でもでも、理にはかなっているでしょ? 一緒にいればこれから怒られるのだって、未然に私が防げるし。一緒に居たって言えば、大丈夫でしょ?」
「…………」
流石のわたしも同感しかねた。
以前から気になっていた。尊花さんはわたしに対して、とても過保護だ。
自分だって分かっている。どうしようもなく頼りないし、情けないことぐらい。
わたしには尊花さんがよく分からない。どうして『わたし』なんかに、って。
「……美鈴ちゃん?」
その呪詛を聞いて、ハッと気がついた。
ひょっとしたら『相沢美鈴』だから、こんなに構っているのではないだろうか。
『相沢美鈴』と接することで何かリターンがあるとするならば、『わたし』でなくてもいいんじゃないだろうか。
カミサマは言っていた。これは「わたしの物語」だから気にしなくてもいい、と。
でもこればっかりはどうしても気になってしまう。他人からの評価が、一番怖いのだから。
「尊花さんは……」
気づけば口に出しそうになった。
慌てて口を強く閉ざす。これ以上の言葉は言ってはいけない。
世の中には知っていいことと、知らなくてもいいことがある。きっとこれは後者だ。
尊花さんは不思議そうな顔でわたしを覗き込んでいる。
顔がいい。かわいい。最高。それ以上の言葉だって出てくる。
でもいま口を開けば、きっと後悔する。『わたし』の意味は果たしてあるのだろうか、と。
いつまでも、距離感が怖い。
うまくやってたはずなのに、言葉はいつだって平然と相手の隔たりを超えていく。
その結果がどうだったか、わたしは知っているはずだ。知っている、はずなんだ。
「……嫌、だった?」
そうじゃない。全力で否定の意で首を振る。
桃色の髪が機敏に動く。『相沢美鈴』の髪の毛はこんなにも分かりやすいのに、『わたし』と来たら、距離感を怖がって一歩も動けない。
「じゃあ、何か不満だった? 私がなんとかできることだったら……」
「……どうして」
唇のダムは押し寄せる想いで崩壊する。
もう流してしまった過去は、現実では取り戻せない。
「どうして、そんなによくしてくれるんですか?」
「……え?」
ほーら、尊花さん混乱しちゃた。目を丸くして、意外というか失望にも近い顔かも知れない。
違う。きっと驚きだ。当然か。わたしがこんなこと言って、驚かないのもムリないか。
冷静になっていく頭の中で、乖離した口だけが声を出す。
「わたしに優しくする理由が見当たりません。だって元アイドルって言ってもこんな調子だし、いつも情けなくって倒れて気絶して。それでもわたしなんかに付き合ってくれる理由が分からないんです……」
あーあ、言っちゃった。いま考えてること、ぜーんぶ。
尊花さんも困っちゃうだろうな、わたしなんかがこんなことを口にして。
だって理由がないもん。アイドルだった『相沢美鈴』と今の『わたし』はぜんぜん違う。1ミリだって合ってない。知ってる人からしたら失望されることだ。
だから尊花さんが元アイドルであることを知っていて、わたしに優しくしてくれていた理由が、本当に分からなかった。
しばらくの沈黙。
それもそうか。わたし、距離感をまた間違えてしまったんだから。
「美鈴ちゃんだからだよ」
「……っ!」
またそれ。それじゃあ『わたし』なのか、『相沢美鈴』なのか――。
「最初は美鈴ちゃんのこと推しだったから、ひと声かけたくなったの。たまたま目にしたピンク色の髪の毛が、桜色の花びらにマッチして美鈴ちゃんが本当にいる、って思ったの」
じゃあ、わたしじゃなくても……。
わたしの言葉を塞ぐように間髪入れずに続きを繰り出す。
「接してみて確かに違和感はあった。私の知っている『相沢美鈴』はもっとちゃんとしてた、って。でも放っていたら危なっかしいな、って思って! わたしは今の美鈴ちゃんと友だちになったの!」
「……え」
「そりゃあ、ちょっと過保護になりすぎたかなって反省もしてるけど、それでもわたしは今の美鈴ちゃんが好きだから!」
『今の』美鈴ちゃんが好き。
信じられない言葉に脳が揺れる感覚がした。
まるで『わたし』のことを言っているみたいで……。
「逆に私のほうが聞きたいもん、どうして私なんだろー、って!」
「っ! そんなの決まってます! 尊花さんはかわいくって、みんなをいつも笑顔にしてくれて、わたしにはこんなにも優しくって。委員長の仕事だってできるし、今だってわたしのことをかばってくれようとしてます! そんな尊花さんが、お……。推しですから!」
言っててハッキリ分かった。わたしも変わりなかったということに。
わたしも最初は『市川尊花』として近づいた。でも違った。いや、違くない。
中身を見て納得したんだ。ちゃんとわたしは尊花さんのことが推しなんだって。
わたしは、あまりにもわたしが知っている『相沢美鈴』と乖離していたから、『わたし』のことを見てくれないんじゃないかって思ってた。
でも、違った。
わたしも、尊花さんも。ずっと相手の中身を見て『推し』になった。
姿は、きっかけにすぎないんだって、気づけた。
「ご、ごめんなさい。わたし変なことを……」
「ううん。ありがとうね」
「ちゃんと『わたし』を見ていてくれてたんですね」
「もちろん! 友だちだからね!」
この子には敵わないや。満面の笑みで、花が咲いたように美しく、可愛く笑ってくれる彼女の笑顔は嫌なことをすべて吹き飛ばしてくれる。
本当に、好きだ……。
「でも知らなかったなー、私のことが推しだなんて」
「えっと! いや、その……はい……」
うっわー。それで思い出した。
なんて恥ずかしいことを口に出しているんだわたしは!
もっとこう、あっただろ。恥ずかしくて死にそう。恥ずか死……。
「じゃあ推し友だ!」
「へ?」
「推し同士の友だちっていう、特別な関係、みたいな?」
「と、ととととと、とくべ……つ?」
「……嫌だった?」
頭がショートした。
なにその顔。推しのそんな上目遣いで近い距離で告白みたいなこと言われたら……っ!
「い、嫌じゃ、ないですぅ……」
「あ、美鈴ちゃん?!」
しおしおと膝から崩れ落ちて、地面のぺたんと腰を落とした。
ダメだ。推しに特別な関係を迫られてしまった。死ぬ。あかん。死んだ。
いや1回死んでたわ(転生ジョーク)。
「……き、気絶してる?!」
この日の記憶はきっと忘れないだろう。
だって道端で気絶したのは、これで初めてだったから。
尊花さん、それは流石に。ずるい。
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