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第32話:「わたし」か「美鈴」か

「明日からでいい、とは言われたけど……」


 監視してほしいって、なんでそうなったんだよ。

 漠然と数時間前のことを思いながら、手元のスマホで時間を確認する。

 まだ9時だ。寝るにはまだ早い。ベッドの端に座って、前世から続けてやっているソシャゲを周回していた。

 ソシャゲの周回は好きだ。考えることはしなくていい。するとしても、それは事前準備だけ。準備ですら今なら動画サイトにいくらでも方法は載っているから苦労しなくていい。

 だからこんな考え事で悶々とする夜長には、「何もしない」をするのがちょうどいいんだ。


「尊花さんは、何を考えているんだろう」


 わたしが怒られないようにするってことなのかな。

 だとしたら黙認だけでいいし、鈴鹿さんや万葉さんに一声かければ済む話だ。こんな回りくどい真似をする理由にはならない。

 なら、なんで……。


『ソシャゲ周回の進捗はどうだい?』

「ん? うわっ!!」


 ふいに声がした方向に顔を向けると、そこには天井の角に浮かび上がる邪神の顔!

 思わず手にしていたスマホが宙に舞う。危ない! そこにはわたしの前世から引き継がれていたソシャゲのデータが……!

 慌ててスマホを取ろうとしたら、天井へとスマホが吸い込まれていく。

 手にしたのは天井からふわりと降りてきたカミサマだった。


『キミたちはこんなゲームに人生の一部を使う。もっと有意義なことをすべきだと、カミサマは思うなぁ』

「返してよ!」

『相変わらずキミは不敬だけど、カミサマとしてはひろーい心で受け止めないとね! はいどーぞ』


 わたしはカミサマからスマホを受け取る。

 なにもされてないよね? なんかチート技能で全武器全キャラ勢ぞろいとか、ないよね?


『さすがのカミサマでもそこまでの遊びはしないよー! みみっちぃからね!』

「……本当に一言多い。で、何か用ですか」


 片身を分けた我が子を優しく撫でるように受け止め、カミサマをにらみつける。

 このカミサマがいると、大抵ろくなことにはならないからだ。


『酷いなー。誰が前世のソシャゲデータをこっちにまで運んできたと思ってるんだい?』

「……それは感謝してるけど」

『でしょー? だったらもっと崇めてほしいなー』

「だったらわたしを幸せにしてほしいですけどね!」

『ダーメ! カミサマはキミがどう動くか楽しみで転生させたんだし』


 やっぱり人を自分のおもちゃだと思い込んでいる節がある。

 まぁ実際神様らしいし、遊び感覚で命を弄んでいるから間違いではないんだけど。腹立つ。


『さて、迷える子羊は何がお悩みかな?』

「いつの間にお悩み相談所になったの」

『今だよ今! カミサマさんの神様相談所! よくない?』


 よくないです。

 できるだけ関わらないようにしてほしい。マジで。ろくな目に合わないから。


『今日の1通目はね、ふむふむ。友だちの距離感に悩んでおり、ゲームの世界に転生して誰ルートになるか分からないから自分が死ぬんじゃないかって困ってる、だってー!』

「思いっきり考えてること盗み見てるじゃん!!!」


 心の不法侵入罪で訴えてやろうか。

 それはともかく。主な悩みはその2つ。


 ひとつは尊花さんやまゆさんの距離感に困っていること。

 これは前世から培ってきた疑心暗鬼によるものだから、ぶっちゃけしょうがない。

 陰キャだし、器用なことはできないのである。


 ふたつ目は何かの手違いでわたしがデッドエンドにならないか。

 原作となったギャルゲー『ライクオアラブ』ではデッドエンドの類はなかった。

 だがこの世界がファンディスクをメインとしたものであれば、その法則には当てはまらない。

 メインヒロインとして頭角を現してきた悪友ポジの馬場鈴鹿。

 メインヒロインであるはずなのに、一向に主人公と絡む気配がない弥生まゆ。

 そして、ほとんど接することのなかった櫻井響など。とにかく不確定要素が多すぎる。

 何かの手違いでバッドエンドを踏みかねないということだ。


『まぁどうとでもなるんじゃない? ハイ次』

「そんな雑でいいの?!」

『だってこれは「キミの物語」なんだから、他人の心配しても意味ないでしょ』

「全部自分のことですけど……」

『知らなーい! 2通目ー』


 こいつ……。

 確かに自分のことではないけど、そう割り切れたら苦労はしない。

 自分のことじゃないから、他人が気になって仕方ないのだ。


『最近、自分の見た目と中身が違うように感じます。友だちにそう言われてへこんでしまいました。以来少しだけ。ほんの少しだけ彼女に対して隔たりを感じているのです。どうしたらいいのでしょうか?』

「それ……」

『カミサマはなんでもお見通し。「相沢美鈴」と「キミ」、市川尊花にはどう認知されているのだろうか。そういうことでしょー?』


 正直、図星だった。

 陰キャは結局相手からどう見られているか怖いだけ。もっと言えば、人間はみんなそうなのかもしれない。

 アイドルをやめて一般人として振る舞っても、付きまとうのはアイドルとしての「相沢美鈴」。

 それまで培ってきたもので、「わたし」ではないのだ。


『ぶっちゃけこれも気にする必要ないと思うけどね』

「……え?」

『さっきも言ったけど、「これはキミの物語なんだからね」。あ、これ今日の神託ねー』

「……わたしの、物語?」

『じゃーまっ、そんな感じで閉店ガラガラ~』

「あっ、ちょ!」


 パン、とカミサマが両手をたたいた瞬間に、そこにいたはずの彼女はいなくなっていた。

 相変わらず気まぐれで、人をただのおもちゃとしか思ってない邪神。

 だけど、彼女の言っていたことはものの見事に正論だった。


「……わたしの、物語」


 正論はどこまで行っても人を傷つける。

 問題が欠片も解決してないまま、謎だけが残る。

 考え方を変えればいいだけの話かもしれない。

 気にしても仕方がないのは分かっているんだけど、どうしても気になる。


「わたしは、尊花さんにどう見られたいんだろう」


 いつの間にかスリープ状態に入っていた手元のスマホを見る。

 そこには、どこまでも淀んだ黒い自分の顔が写っていた。

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