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萩原朔太郎詩集より 「贈物にそへて」

作者: 夕月夜

「贈物にそへて」萩原朔太郎


兵隊どもの列の中には、

性分のわるいものが居たので、

たぶん標的の図星をはづした。

銃殺された男が、

夢のなかで息をふきかへしたときに、

空にはさみしいなみだがながれてゐた。

『これはさういふ種類の煙草です』



引用:青空文庫より



**********



小さな劇場の、小さなスクリーンの前に、僕は一人で座っていた。

映写機がカラカラと乾いた音を立てながら映し出したのは、モノクロの古い映像だった。

所々に空間の断裂を起こしながら、映像は流れていく。

スクリーンの中の兵隊は、列をなして、小走りでどこかへ向かっていく。

周囲には深々と草が生い茂っていた。

草を銃剣でかき分けながら、兵隊どもは行進を続ける。

皆一様に、青白い顔をしていた。兵隊どもの表情を見た僕は、その行軍の行き先を悟った。

静かな行進の様子を見守っていると、一人の男の姿が拡大して映し出された。

殿しんがりを務めている男だ。

その男が突然不自然な動きをしたかと思うと、前を歩いていた男の煙草を箱ごと盗んだ。

煙草を手に入れた男の口元には、薄らと笑みが浮かんでいる。

性分の悪い奴がいたものだ。

僕は、何となく不快に思って目を背けた。

それからすぐに場面が切り替わり、再び兵隊どもの行進を見た。

先頭の兵が草叢の終わりを視界に捉えた時、不意に火薬の爆ぜる音が聞こえ、不気味なまでに揃っていた兵隊どもの足の動きが乱れた。

敵の放った銃弾が、側面から飛来したのだ。

弾丸の数はそこまで多くなかったが、数人の兵士が地面に突っ伏したまま動かなくなった。

対応に追われる兵隊どもは、各々銃を構え、その引き金を引いた。

もちろん、先程の男も同様だ。

醜い銃撃戦がはじまった。あちこちで銃口が火を噴き、悲しく啼いている。

しかしいくら撃っても、兵隊どもは標的の図星を外した。

その間にも次々と仲間の屍が増えていく。

そして、男の目と鼻の先にも銃弾が迫った。

貫かれた。

そう思った瞬間、僕の身体に激痛が走った。痛みは、腹部から生じていた。

反射的に手で腹部を抑えると、生温かくぬたぬたとした感触が手のひらに伝わった。

「え……?」

痛みに霞む視界に映った自分の手は、赤黒く染まっていた。全身に嫌な汗をかいている。

薄れていく意識の中、スクリーンの中であの男が地面に倒れた姿を目にした。やはり、彼も撃たれてしまったようだ。

自分の中から流れ出すドロドロとしたものを感じながら、僕はうすら笑いを浮かべた。

その間にも視界の上端から、段々と闇が降りてくる。

完全に光が無くなった時、僕は微笑みながら意識を手放した。

「はあっ、はあっ…………」

暗闇から意識を覚醒させた僕は、荒い呼吸をして椅子から立ち上がった。握りしめていた手には、気持ちの悪い汗が浮かんでいた。

周りを見渡すと、空虚な椅子が整然と並んでいる。

前面の小さなスクリーンには、モノクロの映像が映し出されていた。

どうやら、悪夢を見ていたようだ。

そう認識した時、僕は安堵のため息を吐きながら椅子に身体を投げ出した。

ぼんやりとした目で映像を眺めていると、入道雲が浮かんだ広々とした空が映し出された。

風に身を任せ、悠々と空を流れる雲からは、悲しい涙が流れている。

直後に映し出された兵隊どもの中に、動いている者は一人もいなかった。

僕は一つの物語の終焉を悟った。

固定された風景の上に、文字が映し出された。

『これはさういふ種類の煙草です』

映写機の動きが止まり、映像が止まると同時に、パッと世界が暗転した。

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