萩原朔太郎詩集より 「贈物にそへて」
「贈物にそへて」萩原朔太郎
兵隊どもの列の中には、
性分のわるいものが居たので、
たぶん標的の図星をはづした。
銃殺された男が、
夢のなかで息をふきかへしたときに、
空にはさみしいなみだがながれてゐた。
『これはさういふ種類の煙草です』
引用:青空文庫より
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小さな劇場の、小さなスクリーンの前に、僕は一人で座っていた。
映写機がカラカラと乾いた音を立てながら映し出したのは、モノクロの古い映像だった。
所々に空間の断裂を起こしながら、映像は流れていく。
スクリーンの中の兵隊は、列をなして、小走りでどこかへ向かっていく。
周囲には深々と草が生い茂っていた。
草を銃剣でかき分けながら、兵隊どもは行進を続ける。
皆一様に、青白い顔をしていた。兵隊どもの表情を見た僕は、その行軍の行き先を悟った。
静かな行進の様子を見守っていると、一人の男の姿が拡大して映し出された。
殿しんがりを務めている男だ。
その男が突然不自然な動きをしたかと思うと、前を歩いていた男の煙草を箱ごと盗んだ。
煙草を手に入れた男の口元には、薄らと笑みが浮かんでいる。
性分の悪い奴がいたものだ。
僕は、何となく不快に思って目を背けた。
それからすぐに場面が切り替わり、再び兵隊どもの行進を見た。
先頭の兵が草叢の終わりを視界に捉えた時、不意に火薬の爆ぜる音が聞こえ、不気味なまでに揃っていた兵隊どもの足の動きが乱れた。
敵の放った銃弾が、側面から飛来したのだ。
弾丸の数はそこまで多くなかったが、数人の兵士が地面に突っ伏したまま動かなくなった。
対応に追われる兵隊どもは、各々銃を構え、その引き金を引いた。
もちろん、先程の男も同様だ。
醜い銃撃戦がはじまった。あちこちで銃口が火を噴き、悲しく啼いている。
しかしいくら撃っても、兵隊どもは標的の図星を外した。
その間にも次々と仲間の屍が増えていく。
そして、男の目と鼻の先にも銃弾が迫った。
貫かれた。
そう思った瞬間、僕の身体に激痛が走った。痛みは、腹部から生じていた。
反射的に手で腹部を抑えると、生温かくぬたぬたとした感触が手のひらに伝わった。
「え……?」
痛みに霞む視界に映った自分の手は、赤黒く染まっていた。全身に嫌な汗をかいている。
薄れていく意識の中、スクリーンの中であの男が地面に倒れた姿を目にした。やはり、彼も撃たれてしまったようだ。
自分の中から流れ出すドロドロとしたものを感じながら、僕はうすら笑いを浮かべた。
その間にも視界の上端から、段々と闇が降りてくる。
完全に光が無くなった時、僕は微笑みながら意識を手放した。
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「はあっ、はあっ…………」
暗闇から意識を覚醒させた僕は、荒い呼吸をして椅子から立ち上がった。握りしめていた手には、気持ちの悪い汗が浮かんでいた。
周りを見渡すと、空虚な椅子が整然と並んでいる。
前面の小さなスクリーンには、モノクロの映像が映し出されていた。
どうやら、悪夢を見ていたようだ。
そう認識した時、僕は安堵のため息を吐きながら椅子に身体を投げ出した。
ぼんやりとした目で映像を眺めていると、入道雲が浮かんだ広々とした空が映し出された。
風に身を任せ、悠々と空を流れる雲からは、悲しい涙が流れている。
直後に映し出された兵隊どもの中に、動いている者は一人もいなかった。
僕は一つの物語の終焉を悟った。
固定された風景の上に、文字が映し出された。
『これはさういふ種類の煙草です』
映写機の動きが止まり、映像が止まると同時に、パッと世界が暗転した。