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烏羽色の光  作者: 青丹柳
瑞花
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 一月一日、今日は四方節だ。

 新たな一年を迎えるために様々な行事が予定されている。日付を越えてすぐ、その最初の儀式である夜明け前の四方拝の準備を進める中で、異母兄と蔵人頭がとんでもない報告を持ってきた。

 背に冷たく鋭利な視線が刺さっているのがわかる。その理由もわかっている。


(放置していたからこんな事になったと言いたいんだろう・・・)


 何も考えずに放置していたわけではないのだが、今となっては何を言っても言い訳になる。

 目の前に転がる呪いの人形は既視感がある。ただし飛香舎のものとは違いがあり、こちらの人形の脇には播磨と書かれた札が添えられていた。


「追儺をご覧になられた後気付いたら后の姿がなく、代わりにこれがあったそうです。すぐに女蔵人が寝所も含めて隈なく探しましたが、后はどこにも見当たりません。」


 どこぞの不届き者に勾引かされた可能性が高い、という蔵人頭の報告を話半分で聞く。何故なら真実はそうではないと確信する情報を事前に知っていたからだ。后が真に企んでいたのはこういう事だったのか、と今更ながらに愕然としていた。

 多少の妬み嫉みは含まれていたかもしれないが、飛香舎へのあれは囮。真の狙いは自身の拉致騒動への布石だった。

 ちらと異母兄のほうへ目を遣る。こちらの報告のほうが気になった。


「妻が見当たりません。飛香舎にも、内裏にも」


 恐らく巻き込まれたのでしょう、という簡潔な言葉には"何に"という情報が抜けているが、すぐに大体の事情を察せた。彼女はどうあっても騒動に巻き込まれる運命なのかもしれない。自分のせいで彼女に何かあれば悔やんでも悔やみきれない。

 異母兄においては、今すぐにでも爆発しそうな殺気を放っている。その目は早急に全ての諸権限を渡せと言っているが、しかし対応を任せようにも四方拝の儀式には当の異母兄も参加しなければならない。


 后は何故こんな事をしたのか。

 自分にどうしてほしいのか。

 自分はどうすべきなのか。


 四方拝で纏う黄櫨染(こうろぜん)の袍を見ながら途方に暮れた。




 

「・・・なにこれ」


 牛車の前で繰り広げられているのは為家とガラの悪そうなお兄さんがたの押し問答だ。


 今日為家の家族との面通しが叶えば、後は恋人と入れ替わって都からの迎えを待つだけだ。為家が言うには、家長は権威主義的なところがあるから都から来た貴族に無礼な態度を取ったりしないし、有難がって何でも話を聞くということだった。

 だからこんな騒動に巻き込まれるなど想定外だ。牛車の御簾の奥で芳と顔を見合わせた。


「坊ちゃんは都の女に騙されとるんや!」


 これは播州弁というのだろうか。実は千年後に生きていた時に本物の播州弁を聞いたことはなかったのでいまいち確信が持てないのだが、随分と圧が強い喋り方なのはわかる。


――― ガサッ


 突然乱暴に御簾が上げられたので、慌てて芳の上に覆いかぶさって隠した。今後の挿げ替えを考えると絶対に芳の顔を見られるわけにはいかない。


「おい女!さっさといねや!!」

「無礼ですよ!御簾をお下げください!」


 蔵人所の下人だった男以外には計画を話していなかったのか。しかもその下人は居らず、事情を知ったうえで庇ってくれそうな者も居ない。


(ちゃんと情報共有しておいて!)


 全員に全てを話せとは言わない。だがこんな大それた事をやろうとしているのだから、オブラートに包むなり、嘘と本当を折り混ぜるなりして根回ししておかないと。なんて詰めが甘い。

 為家は悪い人ではないのだが、逃走方法といい実家での根回しといい、どうも物事の下準備に難があるようだ。

 焦った為家が牛車の前に立ち塞がりどうにか御簾は下げられたが、押し問答は続いておりこのままだと更に面倒な事になるのは避けられない。


 しばしの逡巡の後、懐にしまってある冷たくて重い感触を指で確かめると、御簾を捲って牛車の外に出た。後ろから芳の引き止める声がするが、絶対に御簾を上げないようにとだけ答える。


「具体的にどう騙されていると思うんですか?」

「え・・・都の女がこんな所に来るのは変やろ!だから、多分、何か坊ちゃん家の財産とか狙ってるはずや!」


 沓を履きながらひょいと為家の前に出ると、見るからに血気盛んな青年が五人並んでいた。大工仕事の途中だったのか、大きな木槌やらのこぎりやらを持っている。


「"都の女"側に何の利があるんですか?都に居るほうがずっと豪奢に暮らせるのに?」

「そ、そりゃ・・・何か理由があって都にいられねえんだろ!」

「何かって?根拠は?」


 なぜなぜ分析よろしく質問を重ねていくと、男たちはもごもごとはっきりしない物言いになり、最後には歯ぎしりしつつも言い返さなくなった。

 為家はあわあわと男たちとわたしの顔を交互に見ながら、どうしていいかわからないという顔をしている。


(為家は次の郡司なんだろうけど、大丈夫かな・・・)


 もっと都で面の皮の厚さとポーカーフェイスを鍛えるべきだったのではと言いたい。

 何はともあれこれで騒動は収まったかと牛車に戻ろうとしたとき、一番端に居た巨大な木槌を持った男が大きく振りかぶるのが見えた。

 ひゅっと重い物が空を切る音がする。


「待て、やめろっ」

「やめてください!!」


 同時に、五人の中でリーダー格と思しき男と為家の悲鳴が響いた。


――― ズガンッ


「・・・え?あ・・・あ?」


 くるくると後方に飛んでいく穴の空いた木槌を見て、振り上げた本人はきょどきょどとしていたが、次いで何が起きたか理解したらしい。木槌を握っていた手には少なくない衝撃が走ったはずだ。

 冷や汗をだらだらと流す男を前にして、実はわたしの背中を流れる冷や汗も相当なものだった。


(思わず撃っちゃったけど、人に当たらなくてよかった・・・!!本当によかった・・・!!)


 ぎりぎり斜線上に人がいないことを確認できたのは引き金を引く直前だったから、それはもうひやひやした。


 木槌を振った男は尻もちをついて、ぽかんとこちらを見上げている。

 誰も言葉を発さない。さわさわと木々の枯れ葉が擦れる音だけが聞こえる。


(どうしようか?)


 このままゴリ押しで通るのもいいけど。

 為家やその恋人の今後のために、一肌脱いであげようか。


――― じゃり


 尻もちをついた男に一歩近づくと、屈んで目線を合わせた。


「そんな木槌じゃ怪我させるくらいしかできません」

「ち、違・・・脅すだけの・・つ、つもりで・・・当たらないように・・・」

「これなら殺せるってわかってもらえましたよね。ちょうどここに面倒な都の女がいるから撃ってみませんか?」


 ちらちらと銃を見せつけてから無理矢理男の腕を引き上げたが、あ、と声を漏らして一旦離した。為家のほうを振り向いて手を出す。


「都の女が触ったものは嫌でしょうからお拭きしますね。手拭いか何かありませんか?」


 為家が震える手で手拭いを差し出した。

 それを受け取ると、丁寧にゆっくりと、かつ慎重に全体を拭きあげる。手拭いで銃身を包んだまま、男の腕を取り上げて無理矢理握らせた。


「この引き金を引くと弾丸が飛び出して、肉に穴を穿つんですよ。あの木槌みたいに」


 言いながら、銃を握る男の腕を自分のほうへ向け固定してから数メートル後ろへ下がる。両手を大きく広げて仰々しく声を掛けた。


「さあ、この頭を狙ってください。腕や足だとさすがに即死はできません。ちゃんと殺せたらあなたの勝ち、万一生きていたらわたしの勝ち」


 男はすっかり青ざめて、どうすればいいのか問うように仲間のほうへ顔を向けようとするので鋭く牽制した。


「誰の指示も仰ぐ必要はないでしょう!さっきだって自分だけで攻撃すると決めたんだから。さあ、早く撃って!ほら!!」


 畳みかけるように何度も何度も繰り返し催促すると、ついに引き金にかかる指がゆるゆると動く。


「だぼが!やめろや!!」

「本当にやめてください!!」


 真っ青を通り越して真っ白な顔色の男には、もう周りの静止も聞こえていないようだ。ただわたしの頭をぼやりと見て、そうして引き金を引いた。


――― ズガンッ


 二度目の銃声が響く。

 ふわっと体が後方に浮かび上がる。目の前を手拭いがふわりと掠めていく。

 すぐに背中全体に叩きつけられるような衝撃が走った。


「き・・・きゃああああああ」


 芳の叫び声と、それから駆け寄ってくるたくさんの足音。

 わたしの視界には空しか見えなかった。



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