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烏羽色の光  作者: 青丹柳
瑞花
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 冬の晴天は空気が綺麗に澄んでいて、自然と背筋が伸びるので好きだ。

 冷えた空気を肺いっぱいに吸い込んで深呼吸すると、白い息を吐きながら集落の坂を上っていく。


「あ!来たよ!」

「来た来た!」


 道満邸の門のあたりから葉墨と花墨の声が聞こえ、小さくて軽い足音が近づいて来た。


(あっ)


 同時に光栄が後ろに隠れるものだから引っ張り出そうとするのだが、前回と同じくわたしの背と一体化してしまっている。すごく気になるくせに内弁慶だ。

 駆けて来た葉墨と花墨がわたしの両手を引っ張り、わたしとわたしの腰にくっついたままの光栄は邸内の母屋へ導かれた。


「こんにち―――・・・わっ」


 足を踏み入れると、そこには思ったより人が居て驚く。

 今回の依頼者である気の弱そうな笠置、御本尊盗難の被害者である白雲寺の太郎、何故か心配そうな顔をした茨木、そして胡坐を組んで座り右膝に頬杖をつく道満。どうしてなのか、むすっと口を尖らせている。わたし達が来る前に何かひと悶着あったのだろうか。


 庭を背にして横一列に並んだ彼らに、火鉢を挟んで対峙した場所に座るよう案内されたがこれではまるで―――


(就職面接?)


 てっきり道満から鉄を受け取るだけで、あとは子供たちと自由に遊べると思っていたのに今から何が始まるのだろう。

 ただならぬものを感じて神妙に正座した。

 視界の端で、葉墨と花墨に引っ張られて庭へ下りる光栄の姿が見える。彼にとっては強制的にわたしという壁が剝がされてよかったかもしれない。


「いやぁ、先日は本当に世話になったの」


 口火を切ったのは太郎だった。初対面の時は笑みが怖いとも感じたが、穏やかで聞き取りやすいしゃがれ声の調子は忠行に少し似ていて今はもう怖くはない。

 とりあえず会釈はしたものの、次に何を言われるのかと身構えたが次の言葉に拍子抜けした。


「あの時は急いで帰ってしまったから、この爺寂しくてな。もっと喋りたいと思って、今日は付いて来た」


 声から受ける印象に比べると見た目は若々しく見えるので、自分の事を爺と称するのは違和感でしかないが本人がそう言うなら気にしないでおく。

 それよりも、その隣で胡乱な目をして師を見ている道満の様子が妙に気になった。


(ただお喋りしに来ただけ・・・じゃない?)


「ではまず一問目」

「えっ」


 本当に面接のようなものが始まってしまったので目を白黒させるしかない。


「儂は空を飛ぶんじゃが、どう思う?」

「・・・どうと言われましても」


 問いの意味が分からなさすぎる。

 この時代そんな主張をする者は少なくないようなので、個人的な信条からすると疑いたくもあるが本人の主張も尊重して攻撃するようなことはしない。でもどう思うかと言われても困ってしまう。

 助けを求めて他の三人を見れば、笠置は目を逸らすし茨木は眉をハの字に下げただけだし、道満は片手で目を覆っただけだった。

 一体何を得るための質問なのだろう。


(想定問答集がほしい)


「ええーっと、じゃあ・・・どの高度まで?」

「え?」

「え・・・?」


 悩みに悩んだ結果、空を飛ぶことを前提として一歩話題を広げたつもりだったのだが、太郎が変な反応を返したのでこっちも当惑する。誤った回答だっただろうか。


「・・・高度?」

「高度。何フィー・・・いや、何尺くらいまで上がるのかなと思いまして」


 航空業界だと高度の単位はフィートだが、尺も大体同じくらいの長さだったはず。


「生身で飛ぶなら雲の上までは行かないほうがいいです。上に行くほど空気が薄いですし、寒いでしょう」


 ぽかんとした太郎の顔を見れば、面接官の意図に沿わない回答であるのは間違いない。でもそういう時こそ沈黙が怖くなって喋ってしまうのが人間というものだ。


「あ、あと富士山の上は今飛ばないほうがいいですよ」


 確かこの時代の富士山は活火山だ。火山灰の上を飛ぶと金属であってもヤスリを掛けたような状態になる。生身ならどうなることか想像するのも恐ろしい。



「・・・・・・はい、二問目」


(あ、減点されたな)


 就活時代に培った勘がそう言っている。


「神様ってどう思う?」


 その時、道満の顔が剣呑なものに変わり隣の太郎をぎりっと睨んだ。先ほどの問いと大差ない内容に思えるが、どのあたりが道満の怒りの琴線に触れたのだろう。いや、それよりも。


(どこへ就職するための面接なんだこれは)


「そうですね・・・うーん、神様の定義は?」

「え?」

「え・・・?」


 意図せずお笑いの天丼みたいな状態になっている。


「空を飛んだら?月へ行ったら?天気や地震を予知したら神様ですか?」


 だったら千年後には人間は概ね神になっている。実現方法が神通力か科学かの違いはあるけれど。


「神様って、そんなに特別な存在でしょうか。人の世で言うと顔の造りの違い程度の差がある生物なのでは」


 だから、あえて人間と分けては考えません。

 と、かなり雑な回答を差し出した。信心深い人からすれば大激怒ものかもしれないけど、率直に返したつもりだ。

 この試験落ちたな、と思いながら面接官もとい太郎を見れば意外にもにこにこしていた。



「じゃあ最後の問い」


 もう何でも来い状態だ。


「道満の事、どう思う?」


 その質問は想定外だ。


 自然と道満のほうへ顔を向ければ、顔を真っ赤にして口をぱくぱくと動かしそれからぷいとそっぽを向いてしまった。ああ、そうだった、道満は絵に描いたようなあれだ。


「ツンデレ、ですかね」

「え?」

「え・・・?あ、ツンデレというのはですね」


 普段つんけんしているけど偶に優しさの塊を見せる人のことだと説明すれば、今までにこにこ顔だった太郎はついに破顔した。

 腕で大きく丸印を作ってお茶目さをアピールしているが、一体何だったんだ。


「・・・もう子供たちのところへ行ってもいいですか?」


 このまま母屋に居れば、また変な問いを出題されてしまうかもしれない。まだ鉄は受け取っていないけど、一旦子供たちが遊ぶ庭へ出たほうが良いと判断して立ち上がった。







 愉快で堪らないといった様子で笑っている師をギロリと睨んだ。

 師がどうしても彼女と話したいと言うので同席させたのだが、あからさまな問いを投げかける度に頭の血管が切れそうになってしまった。


「どこで見つけて来た?」

「・・・川上から流れて来た」


 その答えに更に腹を抱えて笑う。


「空を飛べると言ったら高度を聞いてきた奴など、今までおらんかった」


 しかも助言までされたぞワハハと笑う師に顔を顰める。

 人間を揶揄うのが大好きな師なので、ああいった質問をして反応を楽しむ姿は多々見てきた。七割くらいはそれはすごい!と恐れ敬う者、三割くらいはじゃあここで飛んでみろという者だった。

 でも彼女は―――


「先日は少ししか話せなかったからどんな女子か気になっていたんだがの、あれは良い」


 自分の考えを持ち、お前の出自にも動じないだろう心意気があり、そして正しくお前の心根をわかっておる。

 その言葉には思わず顔を伏せた。本当に、彼女はいつも予想の斜め上を行く。


「女っ気が全然無いから心配しておったが、お前にも春が来たようでこの爺安心したぞ」


 未だにワハハと笑い続ける師に、頭を抱えてしまう。幼い頃から世話になっているのは間違いないし、師の事は尊敬しているのだが、偶にこういう余計な事にまで首を突っ込んで事態を掻き回すのだけは頂けない。


 限界まで眉を下げた茨木が控えめに進言した。


「太郎坊様、あの娘は・・・安部晴明の妻です」

「まだ仮の妻だ、正式じゃない」


 がばりと顔を上げ思わず訂正したのだが、師があんなに驚くのは初めて見たかもしれない。限界まで目を見開いた後、憐れむような表情に移り変わる。何を言いたいかわかるが、何も言わないでほしい。


「ああ、だから供が賀茂の倅か。なんでお前はそう・・・」


 師は顎を撫でて一時考え込んでいたのだが、出し抜けに殊の外真面目な声で過激な事を囁いたので今度はこちらが驚いた。


「本当に欲しいと思うものならば、奪い取れ。囲いの中に閉じ込めて絶対に手を離すな」


 庭のほうへ目を向ければ、弟たちや集落の子、それから賀茂の子を集めて奇怪な遊びに興じる彼女の姿が見える。棒で毬を叩き上げ、定められた道を一周すると点が入るという規則のようだ。

 冬の日差しの下、楽しそうに転げまわる彼女を見ていると自然と目を細めてしまう。嗚呼、眩しい。


(欲しいと思うなら・・・)


 彼女が欲しいのだろうか。自分でもよくわからない。

 ただ、あの餅のような肌にもう一度触れたい気はする。不意に白雲寺で彼女を抱えていた時の感触が蘇ってくる時があって、そんな時手の届く範囲に彼女が居ればいいのにと思うのだ。



 ふうと息をつくと強張った首や肩を解し、ゆっくりと庭に下りた。



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