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烏羽色の光  作者: 青丹柳
瑞花
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「いいところに!・・・って何で逃げるの!?」


 大内裏の主たる執務エリアである八省院脇を通りかかった時、どうやって連絡を取ろうか困っていた光栄がちょうど目の前を横切ったので呼び止めた。八省院内の承光堂にも陰陽寮の官が居るので、大方御使いにでも来ていたのだろう。

 こちらをさっと視認すると一目散に逃げようとするから慌てて後を追う。


――― がしっ


 小さな肩に後ろから飛びついた。


「つーかまーえた!」

「やめろっ!絶対面倒なことに巻き込むつもりだろ!」

「ふっふっふ、勘が鋭いねえ」


 じたばた腕を振り回す光栄の肩をとんとんと叩いて落ち着かせようとすると、首を捻ってこちらを睨んでくる。でも子供特有の小さくてふくふくとした唇を引き結んで睨む姿が可愛らしくて何の圧も感じない。


「明日また道満様のところへいっしょに行ってくれない?」


 実は昨日内侍所のほうへ道満から文が届いていた。

 愛宕山の依頼の報酬を渡すから取りに来るようにということだったのだが、先日の晴明の反応からしてわたし一人で行くのはどうにも気が引ける。正当な用事があるのだし、やましい事は何もないのだけど。

 そこで一度一緒に行ったことがある光栄に同行を頼みたかったのだが、晴明や保憲を通して頼むとそれはそれでまた面倒な事になると思い、どうにか光栄と直接連絡を取る方法がないか悩んでいたのだ。


(気にしすぎ・・・かなぁ)


 どこまで夫に気を遣って、どこからなら自由にしていいのかまだまだ模索中だ。時代的な背景もあるし、各夫婦間で個人差もあるだろう。もしかしたらこんな気遣い自体不要なのかもしれない。


「父上に言われたからこの前の依頼は受けたけど、晴明様の手助けをするなんて嫌だ!」


 そういえば、保憲はともかくその御方様と光栄は晴明の事をどうにも良く思っていないようだった。先日の愛宕山での報告においても、年下ということで対面している時は一応敬った態度だったが、心中複雑だったらしい。


「晴明様はどうでもいいの、わたしのお願いだから。それでもだめ?」

「・・・・・・だめってわけじゃないけど」


 少しずるい言い方だったか。でもどうしても一緒に行ってもらいたいので更に重ねて言った。


「それに、前はバタバタしていて葉墨や花墨と遊べなかったでしょう。明日は報酬の受け取りだけだからみんなと遊ぼう!」

「・・・・・・そこまで言うなら行ってやってもいいよ」


 わたしは気づいていた。この可愛い内弁慶が本当は同じ年頃の集落の子達と遊びたそうにしていたことを。

 大人の小狡い誘導に乗せられてしまった光栄には申し訳ないが、これで身の潔白が証明できそうで安堵した。


「この事、晴明様には言わないでね」

「えっなんで??」

「なんでも!」


 前もって言えば重い重いお小言を頂戴するか、最悪行かせてもらえない可能性がなきにしもあらず。あくまで何かあった時にだけ後日光栄に証言してもらう算段だった。多分何もないとは思っているけれど。


 大人には色々あるのよ、と腕を組んで訳知り顔で何度も頷くと、首を捻りながらも承諾はしてくれたようだ。ああ、よかった。


「じゃあそういうことだから――あっ」


 組んだ腕をばさりと広げた時に、袂から丸くて厚みの無いものがコロコロと飛び出した。


「ん?何だこれ?」


 光栄がひょいと拾い上げたものは先日、芳に真贋の鑑定を託された鏡だ。

 結局、これはわたしの手元に残った。


『ごめんなさい!真贋を見ているうちに鏡面がものすごく曇ってしまったの・・・ものとしてはただの鏡で、他の小間物と同じように箱に収納しておくだけでいいそうだよ』


 申し訳ない、と絹の端切れに包んだそれを差し出したのだが、芳は一瞥しただけでにこりと笑って手の平をこちらに向けて言った。


『いいんですのよ。普通の鏡であればそれは差し上げますわ』


 普通の鏡とは言っても恐らく高級な品だ。なのに、芳の言い方はまるでおかしな力を持った怪しい品だけを求めているかのようにも聞こえた。

 ありがとうと気軽にもらえるような物でないのはわかる。困ってしまって無理矢理返却しようとしたのだが、受け取ってもらえず仕方なしに袂に入れて持っていたのだ。


「これ、どうしたんだ?」


 幼い容貌に似つかわしくない険しい表情をするので、どきりとする。

 同僚にもらったと伝えると訝し気な顔に変わった。


「もらったって・・・これはおいそれと手に入るものじゃないよ」


 悪い物でもないけど、こういうものは金と人脈と運がないと手に入らない。

 その言葉に考え込む。怪しくて高価なものを集める好事家はいつの時代にもいるものだが、確かにその三要素がないと探し出して手に入れるのは難しいかもしれない。それをぽんとくれるのだからやはり違和感を覚える。

 一介の女嬬が簡単に手に入れられるのだろうか。貴族の家系ではあるだろうけど、決して上流貴族ではないはずだ。


 二人して何とは無しに考え込んでいると、不意に後ろから声を掛けられて飛び上がるほど驚いた。


「光栄様!保憲様がまだ戻らないのかって心配してますよ」


 漏刻担当が息を切らして走ってくる。どうやら光栄を探していたらしい。

 わたしの姿を見止めると、嬉しそうににっこり笑ってご丁寧に付け足してくれた。


「あ!御方様!!ちょうど今、晴明様もいらっしゃってますよ!!」


 まるでわたしが晴明を探しているかのように報告してくれるのだが、全然探していない。用事もないのに会いに行ったりはしない。

 戸惑いつつもそう告げると、あからさまにしょんぼりとした顔をされるのでこちらが意地悪したような気持になってしまった。以前はそんな事なかったと思うのだが、彼はいつの間にか晴明と仲良くなったのだろうか。


 首を傾げつつ、陰陽寮のあれこれに巻き込まれる前にとそそくさと退散した。







「結局駄目だったわ・・・悩んで損してしまいました」


 まああれはあくまで小道具なので、有っても無くても影響はないでしょう。


 そう呟いてふうと大きなため息をつくと、後ろの公卿風の男に向き直った。男はそわそわと落ち着かなげに立っていて、その様子がどうにも私を苛つかせる。

 廃墟同然の豊楽院(ぶらくいん)には何の気配も感じられなかった。日が沈んでしまった今この時間、こんな薄気味悪いところへ望んで来る者などいないだろう。


「いいですか、もうあまり時間がありません」


 急かすように言えば、男は真っ青な顔をして俯く。

 この期に及んで悩むなど、なんと思い切りの悪い男か。そう思ったが、言い換えれば私よりはまだ正常な思考を保っているのかもしれない。

 思い悩むあまり、自滅へ繋がる道を進みつつある事は自覚している。だけど藻掻かないと、このままじっと運命を待っていたら呑まれて結局自分を失ってしまいそうだ。


「計画通りに進められれば万事問題ないですわ。あなたももうずっと前に心を決めたでしょう」


 宥める様に囁くと、ようやく男が頷いた。


(そのためには、利用できるものは何でも利用しなくては)



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