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烏羽色の光  作者: 青丹柳
瑞花
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「犯人から文が来たんです。御本尊を返してほしくば・・・呪符を書けと」


(盗難じゃなくて、誘拐?)


 おじさんはぷるぷると震えているが、そういう要求が来ると言うことはこのおじさんはこのお寺の関係者なのだろうか。紙一枚で返してくれるなら適当に書いちゃえばと思わなくもないが、おじさんの反応からしてその方法は選択できないらしい。

 それにしても、犯人はそんな方法で手に入れた呪符が有効だと思えるのだろうか。呪いが成就する前に罰があたりそうだ。


「そんなこと、太郎様は絶対許してくれません!その前に・・・お願いします」

「ああ、わかってる」


(太郎様?)


 渋い顔をした道満が面倒そうに何度も頷く。太郎とは誰なのか聞かないということは知り合いなのだろう。


「呪符の受け渡し場所が指定されてるんですよね?だったら、すぐ捕まえられそうですね」

「ええ、この近くの滝のところまで午の刻の前までに持って来いと」


 あくまで盗難品を探して取り戻すのが目的だったが、犯人と容易に接触できるなら話が早い。

 さすがに光栄を連れていくことはできないので代わりにおじさんに来てもらおう。そう言うと何故か光栄は絶対に自分も行くと言って聞かなかった。


「絶対に何があってもお前から目を離すなって父上に言われたんだ!」

「だめだめ、危ないからここで留守番!」

「じゃあお前も留守番!とにかく絶対に目を離すな、って言うか逃がすなって言われてんだから」


 これではわたしが犯罪者みたいな扱いだ。

 埒が明かない言い合いに呆れた道満の計らいによって、おじさんに光栄を護衛させるから全員で行こうということになった。



 寂れた寺の脇を抜けて、少し歩くと山が開けた場所がありそこから四、五メートルほどの滝が流れている。紅葉と滝の組み合わせはとても美しく深呼吸すれば癒し効果は絶大だったが、何分ここへ来た目的は癒しとは程遠い。

 今度お昼ご飯を持ってピクニックに来たいくらいの、気持ちがいい場所だった。


――― ピーヒョロロロロ


 遥か遠くの空から響くお馴染みの鳴き声が聞こえたので反射的に身構える。小学校の遠足の時、おにぎりを(とんび)に奪われた記憶が蘇ったからだ。

 他の三人も何故か慌てたように空を仰ぎ見ている。道満と光栄は鋭い目線で、おじさんは怯えたように、それぞれ青空の中から鵄を探し出そうとしているように見えた。


(ここには美味しいものはないよ)


 早くどこかへ行ってくれと思いながら、下の方へ目線を戻して辺りを見回しても誰もいない。おじさん曰くここが受け渡し場所だと言うのだが、人っ子一人いない何の変哲もない原っぱだった。


「まだ犯人は来ていないようです。しばらく待ってみましょう」


 おじさんの言葉だけが響く。

 道満と光栄はまだ空の方を気にしているようだった。


 五分。

 十分。

 三十分。


「おかしいなあ・・・来ませんね」


 おじさんがあざとい仕草で首を捻る。


(こんなにワラワラ集まってたら警戒して出てこないのでは?)


「・・・わたしにいい考えがあるんですけど」







 寒い。晩秋なので日差しのある昼間でもそれなりに冷える。はぁと両手に吐息を吹きかけた。さっきから更に三十分はここに居る。

 京都の冬は相当に寒いと聞いたことがあるが、積雪の無い地域で育った身としては本格的な冬がちょっと怖い。


(帰ったらあったかい汁物が飲みたいな)


 できれば甘いもの、御汁粉が飲みたいけれどこの時代で類似したものは見かけないのでまだ無さそう。そろそろ食事面の研究も進めたいところだ。

 二の腕をさすりながら突っ立っているわたしの周囲には誰もおらず、落ち葉だけが舞っている。

 どうせあのまま待っていても犯人は来ないと判断し、他の三人には別のところへ行ってもらった。


――― カサッ


 山全体に落ち葉が溜まっているので、足音を消すことはできない。

 小さい原っぱの端、木々の陰に暗い色の衣を纏った人影が見えた。顔は影でよく見えないが、小太りの男のようだ。やはりこちらの様子を伺っていたのだろう。

 意識せず上がってしまう口角を袖で覆って、ふらりとよろめく。


「きゃあ、お助けを!やはりお役目は果たせませぬ~」


 寺の方向に向かって一目散に駆け出した――のだが、どうにも自分の棒読み感が酷すぎて男がついて来るか不安になり、わざと蹴躓いてみた。


(か弱く震える感じで!)


 なけなしの女子力を奮い立たせてしゃなりと体勢を立て直した時、後頭部のすぐ傍をひゅんと何かが掠っていった。後ろ髪数本がぶわっと舞い上がるのが分かる。

 風を切る音からして、棒状の何かで殴ろうとしているのは明らかだった。


(思ったより形振り構わない奴だこれ)


 一転して袴の裾を持ち上げると、今度は全速力で走り始めた。


「待たんか、このッ・・・!!」


 殴り損ねた男の声が聞こえる。


 あっという間に原っぱを駆け抜け、斜面と斜面に挟まれた狭い獣道に差し掛かると、そこにはぽつんと籠が置かれていた。

 それに覆いかぶさるように飛びつく。男から見れば足が縺れて再度転んだように見えるだろう。籠に両手を突っ込んだ。

 

「もう逃げられんぞォ!さっさと呪符を渡せェ!」


 勝ちを確信した男に籠から取り出した竹筒を向けても、もちろん男の笑みは崩れない。構えた竹は普通よりもかなり直径が大きいが竹は竹、ただの植物を向けられても女手では鈍器にもならないと思うだろうから当然だ。


 その時、男の後ろの斜面から何かが滑り下りる音がして男が振り向いた。


「おい、そこまでだ」

「御本尊、返してくださいぃ」

「悪い奴め!」


(あ、コラ!)


 光栄には隠れていろと言ったのに、おじさんと一緒に斜面から下りて来てしまったので思わず手を払う仕草をしてしまう。


「謀ったな!!!」


 罠に嵌められたことに気付いた男が怒りの形相でわたしを睨む。

 左右の背面を道満とおじさん、ついでに光栄に塞がれているので、予想通りわたしのほうに突進して来た。竹筒をしっかり構えて微笑む。

 ゆっくりとライターを竹筒に差し込んだ。


――― パァァンッ


 森中に爆音が響く。

 竹筒の先端に被せたもう一つの竹が男の鳩尾に命中し、その勢いで男が後ろに吹っ飛んだ。ちょっとよろめいた所ではなく、一メートル以上は飛んだ。


(あれ!?)


 思った以上に威力が出てしまったのでちょっと焦った。家で実験した時は晴明にばれないように規模をかなり小さくしたのが仇になったらしい。

 銃もない爆竹も火炎放射も使えない森の中において、どうにか考えた威嚇方法だったのだが改良の余地がありそうだ。

 慌てて男に駆け寄ると、腹を抑えて呻いているものの軽傷のようだった。ほっとして籠から縄を出し、手早く縛り上げていると道満達も走り寄って来る。


「無事か!?怪我は!?」


 怪我などするはずがない。両手をパンパンとはたきながら立ち上がると、胸を張って言った。


「釣り野伏せ成功です!」


 釣り野伏せは野戦における兵法の一つだ。囮一隊と待ち伏せ二隊に人員を分け、誘い込んだ敵を三方から挟んで落とす。ただ今回は後ろの二隊はただの脅しのようになってしまったが。

 戦国時代に多用された手法らしく、それを雑談の中で説明してくれた日本史の先生に心から感謝した。



「・・・お前は戦闘民族か何かなのか・・・?」


 道満の呆れたような声に合わせるように、遠くの空でもう一度鵄の鳴き声がした。



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