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烏羽色の光  作者: 青丹柳
瑞花
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 ゆっくりと緩やかに左右に揺れる牛車の隣から普段聞きなれない馬の足音がするのは、後から来た晴明が乗っていたからだ。京の貴族たちは普段牛車の移動が主だが、馬にも乗ることはできるらしい。そういえば行幸などの際には馬列も居た。


 何と声を掛けたものか。斜め前に広がる黒の直衣の袖を控えめに引いた。


「危ない事はしませんから」


 当り前過ぎたのか、反応はない。


「ちゃんと夕方までには家に戻るようにします」


 残業はない、はず。


「鉄頂いたら半分あげますね」


 物で釣る作戦もだめらしい。


「お土産持って帰ります」


 木の実とか。


「道満様も居るから大丈・・・うッ」


 左右の頬が中指と親指でぎゅっと押されて蛸のような口になる。


「条件は四つ」

「ふぁい」


 蛸口では正常に発音できない。


「光栄も連れていくこと、申の刻までに戻ること、今後求める物があるなら私に言うこと、それから―――」


 申の刻は十五時だ。小学生レベルの門限だが、文句は言わない。

 頬をつままれたまま鼻先がくっつきそうなほど顔が近づく。照れるようなものではなく、眼を付けられているようなそんな迫力がある。


「今後は私以外と約束しないこと、絶対に」


 こくこくと頷けば、とりあえず解放されてほっとした。

 相変わらず不機嫌ではあるが、これで明日から新しい仕事に就ける。新しいことは何だってわくわくするものだ。


(御本尊、さっさと見つけて鉄をもらおう)


 斜め前から腹立たしそうな嘆息が聞こえた。





「なぁんで俺が行かなきゃいけないの」

「まだ就職してないからでは?」


 ぶつくさ言いながら牛車の中に寝転がる光栄は、白い童直衣に紫の指貫姿で少し畏まった格好だ。

 彼は出仕しなければならない大人よりも融通が利くので今回指定されたのだろう。ただ、御守りというには幼すぎる気はした。


(どっちかというとわたしが御守り役・・・?)


 それでもいい、家庭内の平穏を守りながら鉄も得られるし、仕事もできる。晴明の意図はわからないが、危ない場所に光栄を連れて行かないよう気を付けていればいい。


「父上に言われなきゃぜ~ったい来なかったのに」


 手足をバタバタと動かすその様は子供っぽい。

 だが、初めて会った時には小学校低学年くらいだと思ったが、それほど時が経っていないのに一回り大きくなったようだ。

 この年頃の子の成長は早いなあと手の甲で頬を撫でれば不思議そうな顔をされた。


――― がたん


 牛車が集落の麓に止まる。

 よいしょと腰を上げたわたしの横をすり抜けて、ひらりと牛車から降りた光栄が軽やかに坂を上って行ってしまったので焦った。


「ちょっと待って!」


 色んな道具を詰めてきた籠を背負っているので、全速力では走られない。かなり重い。

 道満の屋敷まで上がる斜面は見かけ以上に急だ。霜が降りた道草をしゃくしゃくと踏みながら追う。

 門の手前で立ち止まったところでやっと追いついてみれば、門の中からこちらを凝視する葉墨と花墨が光栄と見つめ合っていた。普段よく回る口がぎゅっと閉じられて、両手の平で直衣の裾をにぎにぎしている。


(・・・もしかして内弁慶?)


「お前、子が居たのか?」


 奥から道満が出てきた。


「晴明様の兄弟子様の御子です。この子が一緒に来ることが手伝ってもいい条件だったので」

「ほぉ」


 じろじろと見られるのが嫌なのか、わたしの後ろに隠れてしまった光栄を引っ張りながら挨拶を促す。


「挨拶したら?お友達になれるかもよ」


 案外同年代の子と接する機会がないのかもしれない。

 梃子でもわたしの背から出たくないようなので、無理に挨拶させるのは早々に諦めた。


「それで、今日はどうするんですか?」

「まずは昨日の相談者と、事情を知る者達から話を聞こう」


 黒い狩衣を翻してさっさと歩き出そうとした道満が、思い直したように屋敷の中に向かって行ってくると叫ぶと、中から茨木が顔を出した。

 手には風呂敷のようなものが握られており、それを道満に手渡す。


「これ、お昼ご飯ですからね」


 一緒に行かないのかと聞けば、今日は留守番だと言う。確かに道満邸は何かと人の出入りが多いので、誰もいないのはまずかろう。


「ぱっと行ってすぐ解決してきます!」


 茨木と、同じく留守番の双子に大きく手を振りながら意気揚々と出発した。





「ふぅ・・・あのー・・・ふぅ・・・目茶苦茶遠くないですか・・・?」


 宮中で履く沓は革だったり紙だったりするため山道を歩くには向かない。それで、袴でぎりぎり隠れるのを良いことにスニーカーを履いてきていたのだが、それでもこの山道はなかなか辛い。

 かれこれ一時間以上は歩いている。ウォーキングの一時間やそこらどうということはないが、こと足場の悪い山道では消耗する体力が桁違いだった。落ち葉がふかふかと積もっているのも、一見クッション性が良さそうでいてその実不安定で歩きにくい。


 最終盤を迎えた山あいの紅葉を楽しむ余裕もなかった。


「なんだよ、だらしねえな」

「そうだそうだ、きりきり歩けよな!」


 木の幹に手をついて荒く息をつく。

 悔しいのは、光栄がぴんぴんしていることだ。子供の方が体が軽くて体力消耗が少ないのか、地の体力の差なのか、光栄は息一つ乱れていないので感心した。

 森の中で少々不釣り合いだが、紅葉がよく映える白い衣がひらひらと舞う。

 

「あと・・・どれくらいですか・・・?」

「もう着くぞ」


 その言葉に顔をあげると、道満が指し示す色づいた木々の向こう側に寂れた寺のようなものが見えた。中学校の修学旅行で見た京内の美しい装飾の寺院とは大分趣が違うが、これはこれで物悲しい美しさがある。

 庇に繋がる階段のところに座る昨日のおじさんが、こちらに気付いてわたわたと走り寄って来た。


「大変なことになったんです!」

「だからそれを調べに・・・」

「いや、もっと大変なことに!!」


 社会人の経験が思い起こされる。


(そういえばトラブルって時間が経つほど炎上するんだったな)


 話を聞くために、一歩前へ出た。




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