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烏羽色の光  作者: 青丹柳
狂い花
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 殿上人の黒い袍によく似た格好をした目の前の男は、下卑た笑い声を上げた。本当に殿上人かと思って塗籠に隠れようと慌てたが、よく見れば袍ではなく狩衣だったのでただの似た衣らしい。


「ですんで、呪詛をお願いしたいんですよォ」


 男の依頼は、散々出世に助力してくれた糟糠の妻を邪魔になったから呪い殺してほしいというものだった。

 こんな絵に書いたような屑いるんだなと思いながら隣の道満を見れば、彼も同じように思ったのか思い切り渋い顔をしている。


 どうしてこんな状態になっているかと言えば、朝食後にぼーっとしていたからだ。


 一応は客のように扱われていたが、特にする事もないし何か手伝うことがないか聞いてみようと思った矢先に、道満と変な男が母屋へやって来た。退室する間もなく本題に入るものだから、流れでそのままわたしも話を聞いている。

 男は道満に向かって、あなたのような高名な陰陽師に依頼をしたいのですと言った。


(道満って、もしかして・・・)


 道満の姿を改めてじっと見る。

 射干玉の黒髪、目つきは鋭く、背丈は百八十センチほどだろうか。顔立ちは整っているが、如何せん目つきの悪さが仇となってかなりやんちゃな印象を受ける。年の頃はわたしよりも同じくらいか少し下だろう。

 黒い狩衣の下に朱色の単衣を着ており、狩衣の袖括紐も朱色で、どうにも悪役のようなカラーリングだ。黒い狩衣はここらで流行っているのだろうが、内裏では見ない色合わせだった。

 彼はあの蘆屋道満なのだろうか。


「先ほどから申し上げておりますが、私は夫婦間の呪詛はお受けしていないのです」


 依頼人の前だからか、昨晩よりも大分丁寧な言葉遣いをしているが、その口調には隠しきれない苛つきが含まれていた。しかし男は食い下がる。


「そこを何とか!」


(・・・うーん)


 このままでは押し問答が延々と続きそうなので、勢いよく挙手した。


「わたしが、あなたの依頼が正当なものか判断して差し上げます。正当なものだったら、御師匠様は依頼を受けることも考えてくれると思います」


 ハァ!?と素っ頓狂な声を上げて振り向いた道満の肩をぽんぽんと叩くと、彼の脇に置かれていた文箱からお札のようなサイズの紙を拝借した。一緒にしまわれていた筆と墨でぐちゃぐちゃと真っ黒に塗りつぶす。

 徐に下を向いてこっそりとピアスをはずすと末端で揺れる球体を親指と人差し指の間に挟み、黒く塗りつぶした札と一緒に頭の上に掲げた。


「あなたの依頼が正当なものなら何も起きません、不当ならこの札は燃えます。わたしには神の意思を具現化する力があるのです」


 集中するように目を閉じたふりをして薄目で球体の位置を調整する。後ろから差し込む日光を一点に収束させるように。

 場を持たせるために適当に呪文を唱えるが、もちろん本物など知らないのでアルファベットをAからZまでゆっくりと読み上げた。


――― ボッ


 ゆるやかに札が燃え始める。

 にやにやしながら燃える札を差し出せば、男はひいと情けない声を上げて尻を床についたまま後ずさった。


「念のためあなたの衣でも試してみます?」


 鼻先に燃える札を押し付けると男は母屋を飛び出していった。

 ふうと札に息を吹きかけて火を消すと、道満を振り返る。


「余計な手助けでした?」

「・・・くっくっく・・・はっはっはっは!」


(受けてる)


 とりあえずえへんと胸を張っておいた。

 どういう方法で燃やしたのかきっと気になるだろう。レンズを使って太陽の光を可燃物の一点に収束させて起こす収れん火災の原理だと説明した。この世界にはまだレンズの役割を果たす物がなさそうなので理解できないかもしれないが、窓際に金魚鉢や水が入ったペットボトルを置くことでたまに発生する火災だ。


 ひとしきり大笑いした道満が息を整えて言った。


「それを神の意志かのように言ったのか?神経の図太い女だな」

「ありがとうございます!よく褒められます」

「褒めてねえよ」


 朝から良い事をしたとスキップで母屋を出ようとすると思いがけず呼び止められた。


「あとで集落を案内してやるから、俺の仕事が終わるまで庭で遊んでろ」


(遊んでろって・・・子供じゃないんだから)







「いばらぎ様」

「いばらきです」


 頬を引きつらせて本日三回目の訂正する茨木に申し訳ないと思うのだが、某県名と同じで濁点の有無が咄嗟に思い出せない。


「その子達はご近所の子ですか?」


 茨木は萌黄色の狩衣姿だ。髪型は変わらず簡単に一括りにしており、長い髪が揺れている。今日はあのお遊戯会の羽は背中に付いていない。

 薪を運ぶ彼の周りには小さな子供が五人、うろちょろしていた。その中には双子もいる。彼らは茨木の後ろから顔を出して、一様にわたしの様子を伺っていた。客が珍しいのだろう、近づいてみたいがちょっと勇気がないという顔をしている。

 茨木は何故だか子供たちを自分の後ろに押しやって、まるでわたしに関わらせたくないようだ。


(よほど要注意人物だと思われてるのか・・・)


 少しだけ傷ついたが、ここでは身元不詳の不審者なのだから当たり前の事だ。

 自分から近づくのは諦めて屈んでにっこり笑えば、茨木の堤防を越えて一人の男の子が走って来た。その手には小さな花が握られており、ずいと差し出される。


「ありがとう!」


 お近づきの印と思っていいのだろうか。うきうきと受け取ろうとして気付いた。


(指が六本)


 多指症というものがあると聞いたことがある。現代では小さい頃に手術する人がほとんどらしいので実際に見たことはなかったが、この子はそうなのだろう。

 花を受け取ると耳の上に挿した。

 男の子はぱっと手を後ろに隠したが、まだ目の前でもじもじしている。


「僕の指、変でしょ」


 あえてこちらにそう問いかけるというのは、今までたくさん嫌な思いをしてきたんだろう。心無い言葉をかけられる前に、自分から打ち明けてしまうという一種の防衛本能だ。

 こういう時、初対面の大人同士のコミュニケーションではできるだけ触れないものだが、うんと考えて口を開いた。


「変じゃない。あなたの設計図には指が六本と書かれているだけよ」


 五本と書かれている人もいれば、六本と書かれている人もいるというだけ、と言えば男の子ははにかんで笑った。

 それを見ていた茨木の後ろの子供たちがわっと寄ってくる。僕はね、わたしはね、と次々に話す内容から、双子以外は皆事情を抱えた子供たちのようだった。


 茨木はその様子をそわそわと見ているが、今度は止めることはない。子供たちに揉みくちゃにされていると、ふいに影が落ちた。


「おう、お前ら」


 仰ぎ見れば道満が後ろに立っていた。あっという間に子供に囲まれて大人気状態だ。


(なんだかイメージと違う・・・)


 現代では基本的に正義の晴明と悪の道満という位置づけになっているが、実際に見る道満は口調や態度が悪いもののそんなに悪い人に見えない。

 そもそも本当に蘆屋道満なのかという点から自信がなくなってきた。実在の人物だったのかもよく知らないし。


「仕事終わったんですか?」


 屈んだまま子供たちとの戯れを眺めていれば、ついて来いと言うので背中を追う。子供たちは茨木のほうへ戻っていった。


「どう思った?」


 何とは言わないが、子供たちのことだろう。


「目や鼻の位置が個々で違うのと同じですね」


 医者ではないので役立つコメントなんてできないが、これは本心だ。道満はフンと鼻を鳴らして言った。


「あいつらは皆故郷を追われてこの集落まで流れ着いたんだ。鬼と呼ばれて」


 その言葉にはっとした。先日の鬼退治というのはもしかして―――

 わたしの青ざめた顔から何を考えたのか伝わったらしい。首を振って否定した。


「いや、陰陽寮は形だけの鬼退治だ。たまに臆病者から陳情されて来ることがあるが、お互い本気で攻撃し合わない」


 心底ほっとした。

 少なからず面識があった晴明や保憲、陰陽寮の官達が非人道的な行いをしていなかったことに。


 道満の屋敷を出ると集落全体が見えた。道満の屋敷が山の頂上近くにあり、そこから斜面に広がる棚田のように家々が点在している。それはどこか郷愁を誘う風景だった。


(雪が積もったりすると、なおさら綺麗だろうなあ)


「ここ、いいところですね」


 三歩ほど先をすたすたと歩く道満に言うと、くるりと振り返って予想外の事を言った。


「そうだ。だから春まで居ればいい」

「春まで?」

「朝餉の時言ってたろ。関東に行くにも山陰に行くにも冬はやめとけ、死ぬぞ」


 だから春まで、という道満の口調はぶっきらぼうだが、もしかしなくてもこちらを心配してくれた結果の言葉だろうか。

 どうするんだという圧に負けて頷けば、満足そうに頷き返してさっさと屋敷に戻って行ってしまった。



 えらく可愛らしい性格に見えるので、やはり蘆屋道満ではないかもしれない。



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