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烏羽色の光  作者: 青丹柳
狂い花
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 馬って可愛い。つぶらな瞳がこちらを見ているとつい撫でたくなる。

 とことこと隣まで歩いて来た白馬の背には蓋付き籠が括りつけられており、中からは鈴のような音が小さく聞こえた。神祇官が手綱を引いてきた馬なので神具でも入っているのだろうか。

 馬は現代の牧場で見たものより一回り大きく、太くがっしりした足をしていた。日本古来の馬は見たことがなかったが、山が多いがためにこのように進化したのかもしれない。

 鼻の上を優しく掻いてやると目を細め、ブルルと顔をこちらに摺り寄せてくるのでその頭にぎゅっと抱き着いた。ずっと馬と戯れていたい。


「何やってるのよ、さっさと行くわよ」


 坂道の途中で立ち止まったわたしに、前方から催促の声がかかった。


「・・・見鬼の才比べとやらはどこでやるんですか」


 始まったら即降参したいのに、何故か山道を登らされている。

 牛車を下りて、陰陽寮の天幕から死角になる道から山に入った。どこまでも続くような緩やかな坂道を何度か折り返しながら登っている。勾配を抑えながら続くこの道はまるで登山鉄道だ。


「慌てないでください、この先に適した場所があるのです」


 場所など関係ないだろうと言いたいが、口に出す元気もなかった。


(デスクワーク人間には山登りが辛い・・・)


 女孺の仕事も動き回るので多少鍛えられたが、あくまで整地された平たい内裏をちょこまか動いているだけなので山登りと比べるまでもない。

 他三人は苦も無く歩いているのがなんだか悔しかった。

 ちらと白馬を見れば荷を積んでいるのにしっかり鞍がついている。馬に乗らせてもらえないだろうか。


 始まる前に降参しようかと思い始めた時、急に目の前が開けた。


 小さな広場のようになっており、一辺は切り立っている。下を見れば牛車が停まった川の上に広場が張り出しているが見えた。苦労して登ったと思ったが、緩やかな坂だったので大した高さはない。反対側はごつごつした岩肌がむき出しになっている。

 わたし達が進んできた道の先はむき出しの急斜面が広がっていたが、その手前に何か小さいものが動いたように見えた。


(子供?)


 二人の小さい子供が鏡のように左右対称に屈んでこちらの様子を伺っている。両方とも童子水干姿だが、袍もその下も真っ黒で京内では見ない色合いだった。二人の顔は瓜二つで双子のように見える。

 少年だけは子供らをちらと見たが、三人とも何の反応も示さない。


(近くの村の子?)


 何も人が住んでいるのは京の町だけではないのだから、ここらにも村か何かがあるのだろう。

 三人は籠の中身を検めているが、わたしはする事も無いので屈んで子供に近づいた。


「ねえ」


 わずかばかり目を見開いてこちらを見上げる瞳は、やたらと黒目の範囲が大きい。見ようによっては小動物の瞳のようで可愛いが、人の顔だと違和感が際立つ。

 いや人の顔についてとやかく言うのは失礼だと思い直し、何してるの、と問えば広場の先に広がる斜面を指さした。斜面はそのまま下の川まで続いているが、その途中に鹿がいた。ぴょんぴょんと軽く飛び上がりながら急な斜面を下りていき、川の水を飲んでいる。


「鹿見てたんだ。可愛いねえ」

「うん」


 二人とも示し合わせたように同じタイミングでこくんと頷き、はにかんで笑う。少し人見知りをしているのか半身を捩らせてもじもじとしている。


(可愛い)


 どこから来たのか聞こうか、そう思った時急に肩を掴まれた。振り向けば少年が険しい顔をしてわたしを見て首を横に振っている。


「うん?」

「それは――・・・」


 その時、少年と二人の子供が同時に川と反対側、山側の岩肌を振り返った。視線は一点に収束している。

 そこには鈍色(にびいろ)の狩衣を纏った青年が立っていた。烏帽子も冠もなく、簡単に一括りにした黒髪が静かに揺れる。年は二十代後半くらいか、落ち着いて理知的な目をしている。

 だが彼の在りようは普通ではなかった。衣の鈍色は喪服に使われる色、忌み色だと聞く。日常着で使われるのは見たことがなかったが、目の前の子供の衣の色といいこの近辺では色使いが京と違うのだろうか。


 何よりも目を引いたのは、彼の背にある黒い羽だった。

 宗教画の天使のような立派なものではなくとってつけたようなもの、幼稚園のお遊戯会で子供がつけるような。間違いない、これは。


(変質者だ)


「ひぃっ!!羽がっ・・・鬼!!」


 神祇官が籠を抱えたまま素っ頓狂な声を上げて、転がりながらこちらに走ってきた。


「いや、あれはただの飾りですよ」

「えっ、でも」

「彼の体重をどんなに少なく見積もっても、あの大きさの羽では飛行に必要な揚力が得られません」


 変質者と言っても変な恰好だけなら問題ない、こちらに害意があるかどうかが重要だ。

 何故か春子はきょろきょろしながら突っ立ったままだったので、手を引いてこちらに引き寄せ立ち塞がるように一歩前に出た。


 背後には子供二人に少年と神祇官、そして春子。

 万一目の前の男が襲い掛かってきたら全員守り切れるだろうか。懐にそっと手を入れる。


 変質者を凝視すれば、少し困ったように首を傾げておりその仕草は常識を持った大人のものに見えた。だからこそ背中の羽だけがちぐはぐで異様さを醸し出している。


「・・―――してもら・・ま―――ね?」

「え?」


 変質者が何か言った瞬間、ちょうど山の下から強い風が吹き上げたせいで、何を言ったのか聞こえなかった。

 

――― スラッ


 冷たい音と一緒に銀色に輝く何かが弧を描くのが見える。抜刀したのだと気づいた時、最悪の事態であると認識できた。


(袖に隠れて帯刀しているのが見えなかった)


 抜刀したものの、変質者は一歩も動かない。

 お互いに睨みあいながら、後ろの五人に囁いた。


「神祇官のお兄さん、春子さんと弟さんを連れて川に飛び込んでください」


 籠を逆さにして空気を入れれば多少浮きになるはずだ。

 そう言うと意外にも少年が抗議の声を上げた。


「私が対処できます!」

「近衛府がいないのに?刀に何で対抗するんですか?」


 先ほど聞いた話では、捜索は陰陽寮が行い討伐は近衛府だと言う事だった。つまり、陰陽寮にしても神祇官にしても実際の戦闘はできないはずだ。鬼などというファンシーな呼び方をしているが、結局それはただのならず者だろう。暴力に対抗できる術がなければどうしようもない。

 河原の向こうに居る近衛府を今から呼んでも間に合わない。戦闘力になれない彼らは一刻も逃がさなければ。

 少年が黙ったので、神祇官の青年のほうに目を向けた。


「川の色が深い青の部分を選んで飛び込んでください。その後はできるだけ離れて」

「その子達は・・・?」


 子供二人はここから飛び込むには小さすぎる。

 わたしが連れて逃げるといって神祇官の背を押すと、少年が何かを言いかけたが、しかし声になる前に神祇官に抱え込まれて川の方へ消えた。


 変質者と睨みあったまま耳をすませば、下から大きな水音がする。それでも変質者は全く動かない。


(とりあえず半分逃がせた)


 懐から重くて硬い鉄の塊を取り出して撃鉄を上げる。中心線が変質者の足元を通るように構え、左手の掌底でグリップを包み込むように握った。変質者は訝し気な顔をしているが、無理もない。この世にはまだ存在しないものを突き付けられても戸惑うだけだろう。


「二人とも付いてきてね」


 視界の端で二人が頷くのが見えたので、構えたまま少しずつ白馬の方へ移動する。


(このまま何も起きませんように・・・!!)


 足元に引っ付く二人を蹴とばさないように慎重に移動を続け、そして半分ほど進んだ時唐突に変質者が動いた。こちらに向かって大股で近づいてくる。

 ひゅっと浅く息をして、一瞬子供たちを見て、一瞬だけ目をつぶって、最後に引き金を引いた。


――― バキュンッ

――― バサバサバサッ


 銃声が山中に轟く。

 変質者の足元の土が抉れ土ぼこりが上がると同時に、山に居た鳥たちが一斉に飛び立った。横から馬の嘶きも聞こえる。


(馬、ごめん!)


 至近距離の銃声で逃げ出したかと焦ったが、白馬は驚いたように前足を上げたもののその場に留まってくれていた。

 今の発砲で相手がどんな顔をしているか確認する暇もない。

 足元の二人を根性で一気に抱き上げると先に馬上に乗せ、(あぶみ)に足をつっかけると二人を前に抱きかかえて鞍に収まり手綱を握った。


 行きに通った蛇腹道は変質者の脇をすり抜けなければたどり着けないので諦める。

 無事逃げるには目の前の急斜面を駆け下りて、川まで一気に下りるしかないだろう。馬上からみると、一層角度がきつくほぼ崖のように見えてひるんだ。


(鹿が通れるなら馬も通れる!)


 と、どこかの武将が言っていたような気がする。

 名も思い出せない武将を信じて手綱を握りなおした。




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