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烏羽色の光  作者: 青丹柳
狂い花
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 自分が酷い顔をしている自覚はある。

 大内裏を内侍所に向かってゾンビのようにふらふらと歩くと、その異様な様子に行き交う人々がわたしを避けていく。しかし今はそれがありがたかった。この精神状態では誰彼構わず噛みついてしまいそうだ。


 昨日の事を思い出すと頭が痛い。

 わたしは出仕日ではなかったので家で休んでいたら、そこに不機嫌な晴明が引き返して来た。理由は本人の言より、多分保憲に預けた文だろうと思う。


(取り次いだ人がわたしだって、絶対言わないでって言ったのに)


 保憲もひどいが、晴明もひどい。

 ちょっと文を取り次いだくらいであんなに怒るだろうか。しかも一旦出仕したのにわざわざ引き返してまで文句を言いに来たのだ。恐らく文の内容が思わしくなかったため、とばっちりでわたしが怒られたのではないかと睨んでいる。

 だがしかし、そこは何度となく晴明と喧嘩のようなものを経験してきた身。何故ここまで怒られるんだと憤りつつ、今までよりもずっと落ち着いて対応できていた。塗籠にバリケードを作って、牛車の中に間仕切り用の御簾を下ろして、常時般若顔をしている程度の反撃しかしていない。


(我ながら喧嘩慣れしてきたな)


 当の晴明はどこ吹く風でいつも通りなのが悔しいところだ。

 悩んでも仕方ない、寝不足の体をうんと伸ばして今日も仕事をがんばることにする。もうすぐ内侍所に着くというところで、腕をくんと引かれた。


「?」

「よろしいでしょうか」


 それは変声期前の透き通った少年の声。

 わたしの袖を引っ張っていたのは以前猫目の彼女の後ろに立っていた少年だった。彼もまたきりっとした猫目を持ち、その美しい瞳がわたしを見上げている。先日と同じ総角姿で、全体的に平安時代というより奈良時代に近い雰囲気があった。


「こちらへ」


 有無を言わさず引っ張って行こうとするので慌てて足を踏ん張る。


「え?いや、今から仕事が・・・」

「今日は臨時のお休みということにしてあります」


 しれっと言うが本当かどうかはわからない。出仕札を見に行こうとしたのだが、存外に強い力で引っ張るので結局なし崩し的に彼の後ろに付いていくことになってしまった。


 変な事に巻き込まれそうな予感がする。

 猫目の子はどうしたんだろう。今日は一緒にいないようだが、この強制連行に無関係だとは思えない。

 左兵衛府、雅院、主水司を順に通り過ぎていく。


(・・・ここは)


 たどり着いたのは神祇官の官衙だった。

 こんなところに居るのを晴明に見られでもしたら怒られる。文の件と違って、ここには近づくなと事前に言われていたのだからさすがに怒られたとして反論できない。

 足を止めたわたしの背を少年が押した。


「ちょ、ちょっと」

「これに着替えてください」


 官衙の中の社のような場所に押し込まれるとぽいと白い物を渡された。


「ちょっと~!!」







「・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・よろしくお願いしますね」


 牛車の中には自分も含めて四人乗っている。通常サイズの牛車では四人も乗ればぎゅうぎゅう詰めだが、この牛車は大型で六人くらいまでなら乗れそうだ。

 目の前に居るのは巫女姿の猫目の彼女と総角の少年、隣に居るのは浄衣の気の弱そうな青年。知らない人だ。そしてわたしも浄衣を着せられていた。烏帽子に入れる髷が結えず元結いで緩く括ったのみなので中途半端な男装だ。車内は、間違っても和気あいあいという雰囲気ではなかった。


「どこへ何をしに行くんですか?」


 青年の挨拶には会釈だけ返し、三人に尋ねると少年が答えた。


「山へ鬼退治に」


 正気を疑う内容に目頭を押さえるしかない。


「鬼が島じゃないんですね」


 思わず漏らしたこの言葉には三人とも首を傾げた。


(桃太郎の成立時期はもっと後だったっけ?)


 竹取物語はあったはずなので、てっきり桃太郎も大丈夫だと思っていた。平安時代以降に成立する話題には触れないようにしたいが、辞書もない現状ではなかなか難しい。


「でも、なんでわたしも連れて来られたんですか?」


 彼らは神祇官繋がりのようなので鬼と戦っていても違和感がないとして、ただの女孺がいるのはどう考えても場違いだ。

 猫目の少年が言う。


「春子姉様と見鬼の才を競って頂きたく」


 猫目の彼女が大きく頷いた。彼女の名前は春子と言って少年の姉のようだ。先日の心読みのリベンジと言ったところだろうが、内容がおかしかった。


「わたしには見鬼の才などありません」


 少年は目を細めて、またまたご謙遜をと囁いた。

 何を持って謙遜だと思ったのかわからないが、鬼などはなから存在すら信じてない。

 だが、競いたいと言う理由はわかる。晴明関連だろう。彼女はどうしてもわたしを打ち負かしたいらしい。


(適当なところで、見えませーん負けましたと言って帰るしかない)


 大人も大変だとため息をついた時、隣の青年が物見窓を開けてそろそろ着きますと声を上げた。彼の立ち位置が不明だが、着ているものから神祇官の中でもそれなりの位置に居るものではなかろうか。猫目の姉弟よりも地位が上のように見えるが、果たしてこれは神祇官として正規の遠征か。


 牛車が止まったのはどこかの河原だった。大きめの石がゴロゴロしており、美しい淡水色の川面のところどころ濃い青が見える。水深にむらがあるようだ。

 牛車からひょいと飛び降りると伸びをした。


「・・・んん??」


 今、見えてはいけないものが見えたような。

 河原沿いのずっと向こうに見覚えのある天幕がある。あれは、神泉苑で見た―――・・・・


「・・・あの、陰陽寮も居るみたいなんですが」


 ぎぎぎとぎこちなく振り向くと少年は何でもない事のように頷いた。


「陰陽寮と近衛府の人間が居ます

 この鬼退治は彼らに回されている仕事ですので当然です」


 術による鬼の捜索と追い込みを陰陽寮が、実際の退治は近衛府が行うという。

 それではわたしたちは他部署の業務に横槍を入れることになるのではないか、そう言うと少年は首を横に振った。


「鬼を見つけたらお知らせしてあげればいいのです。いわばお手伝いです」

「・・・」


(晴明様にばれたら何を言われるかわかったもんじゃない)


 晴明は来ていないという可能性に賭けたいが、春子らの目的を考えれば絶対来ているだろう。彼女は陰陽寮よりも早く鬼を見つけ晴明に認めてもらいたいのではないだろうか。勝手にやっておいていただきたい。



 わたしはすぐに降参して牛車に隠れていよう、絶対に。



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