05
「親族、そう、遠い昔に生き別れた妹などではだめでしょうか?」
あまりにも当人が嫌そうなので助け舟をだした。状況に大差はないかもしれないが、彼にもお付き合いしている方がいるかもしれない。せめてもの配慮となるように。
しかし成明が即座に首を横に振った。
「師である忠行はこいつが赤ん坊の頃から知っている
彼も把握していない親族を突然引き取ってみろ、怪しまれる」
それに二人とも既婚だと何かと動きやすかろう。そう呟く成明の目は複雑そうだった。
現代でも既婚だとビジネスにおいて信頼を得やすいきらいがある。いつの時代もコミュニケーションの基本はそう変わらないのかもしれない。
「そ、それでは彼女は遠い異国の者ということでいかがでしょう」
実頼の案はこうだ。
わたしが乗っていた船が遭難して、異国から流れ着く。見慣れない出で立ちから、妖の類かと思った沿岸を治める者から調査の依頼を受け、晴明が向かう。そこで一目見て見初め、矢も盾もたまらず京に連れ帰った、というものだった。
わたし含め、その場の全員が胡乱な目をして実頼を見る。ここ数時間しか接したことがないわたしでもわかる。おおよそ彼が取りそうもない行動だろう。親族案とどっこいどっこいの怪しさだ。このくたびれた壮年のおじさんは見かけによらずロマンチストなのかもしれない。
こほんと咳払いをして成明が仕切りなおす。
「やはり夫婦案のほうがよかろう、これよりこの者は晴明の妻だ
実頼の言う通り、素性は異国出身の女というのが妥当なところだろうな」
経緯については少し考えよう、と濁した。
彼は反論しなかったが、眉間には深い深い皺が刻まれその双眸は閉じられている。強い拒絶の意思が感じられた。
先が思いやられる――・・・。
こうしてわたしの波乱万丈な平安時代生活が幕を開けた。
*
(暇だなあ・・・)
食事をとり終わるとあっという間に膳は片づけられ、ひとりぽつんと残されてしまった。
時間を潰そうにも、携帯電話もテレビも、ラジオすら使えない。現代人にはなかなかに厳しい環境だ。外に出て良いのかもわからないし、家主の許可なく家の中を歩き回るのも憚られる。
ふと部屋の隅に置かれた自分の荷物が目に入った。
”彼”との海外旅行に備えてありとあらゆるものを詰めた荷物。
キャパシティを超える出来事ばかりですっかり頭の片隅に追いやられていたけど、昨日の事を思い出して心の奥がじくりと痛んだ。
不幸中の幸いと言うべきか、海外の離島で十日間も過ごす予定だったので、本当に色々なものを持ってきたのは助けになるかもしれない。
昨夜はもう夜も遅いということで、わたしの取り扱いを決めただけで一旦解散したため、保護と引き換えに課される仕事についての詳細はまだわからない。とりあえず今できることをしよう。
「よいしょ」
現代人としては何をするにしても電気が大事だ。スーツケースの奥底からソーラーパネル付き大容量バッテリーを引っ張り出した。元はキャンプ用に持っていたものだ。太陽光から蓄電できるので、手持ちの電子機器をこの時代でも使用できる。
(でも、この容量は空港の荷物検査に引っかかっていたかもね)
そんなことも見落とすなんて、自分の浮かれ具合に悲しくなる。いや、今はそんな事を考えても仕方ないだろう。振り払うように首を振ると、日当たりのよい場所を見極めパネルを設置し充電を開始した。
次は何をしようかな、と屋内に戻りかけた時、高い声に呼び止められた。
「おい!!」
振り向くと小学校低学年くらいの男の子が立っている。現代で神職が着ているような着物の、ミニチュア版を着たその姿はえらく可愛らしい。
顔は全く似ていないが、もしかして晴明の子だろうか。そうすると重婚となるのか。元の奥様には何て説明したのだろう。どう対応するべきか悩み、ただただ男の子を見る。
彼のほうはわたしの姿を頭からつま先まで値踏みするように見たあと、フンと鼻を鳴らした。どうやら取るに足らないものだと思われたようだ。
「来い!!」
態度の大きさは大人並み。
わたしの手を掴むとぐいと引っ張った。大人の力で踏ん張って抵抗することはできるが――・・・。
「まあまあ、おやめください!」
先ほど食事を用意してくれた女性が止めに走ってきた。だが、彼はそれを予想していたようだ。サッと手をあげて選手宣誓のように声を張り上げる。
「陰陽寮からのお呼び出しです!」
あたかもそれが正当な理由であるような態度だが、陰陽寮というのは何なのか。
そもそも、晴明はあの有名な陰陽師の安部晴明なのだろうか。もし同一人物なら、陰陽寮とやらにも関係はありそうだが。
家主が帰ってくる気配はない。
「わかりました
すぐ準備するのでお待ちいただけますか?」
さすがに身支度の時間はくれるようだ。大人しく手を放してくれた。