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烏羽色の光  作者: 青丹柳
狂い花
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「・・・じゃあ、とりあえず今日はこれでいきましょう」


 刺々した空気の中、分担を決めると各々が道具を持って担当区域に向けて歩き出した。皆一緒に掃除する場合は道具を分けて持てるが、この方式だとすべての道具を自分で持たねばならない。

 籠に詰めた掃除用具をどっこいしょと持ち上げると飛香舎に向けて歩き始めた。背に射殺すような視線が刺さる。


(今日もばっちり嫌われている)


 なんとなく理由は分かった気がする。

 わたしが晴明の妻だからではないだろうか。かなり憶測が入っているものの、昨日、晴明と話している彼女の顔は恋する乙女そのものだった。


 晴明が彼女とくっついてくれないと、彼女とは今後も仲良くなれないかもしれない。


(困ったな)


 甲斐と御春のように恋のキューピッド役をできれば良いのだが、如何せん猫目の彼女に近づけないのが痛い。どうしたものかと考えながら歩き出した。



「疲れた~・・・」


 一人で建物全体の掃除をこなすのは本当に大変だった。更に内裏には班員数以上の建物があるため、一人一殿では済まない。何よりいつもはお喋りしながらの作業を、黙々と一人でこなすと疲労度合いが段違いだ。

 なお必然的に一つの建物に留まる時間が長かったため、飛香舎ではお菓子やらお茶やらの接待を受けちょっとだけ息抜きになった。


「私も疲れましたよ・・・」


 物置に道具をしまいに来たら、ちょうど伊予のほうも仕事を終えたようで道具を抱えたボロボロな姿で現れる。後ろから信濃と能登もふらふらやって来た。

 物置の前でみんなでしゃがみ込む。


「「「やっぱりみんなで一緒に掃除するほうがいい!!」」」

「だよねぇ」


 猫目の子は嫌がるだろうが、当初の通り皆で仕事する方向に戻すことはできないだろうか。喧嘩対策は別途考えなければならないが。


「あの子は、まだ仕事中?」


 能登が首を横に振る。


「もう行っちゃいました・・・」


 全員でため息を着いた。


「もしかして、昨日みたいに神祇官の官衙にいるかもしれないです」


 確かにその可能性はある。

 伊予のその言葉に頷き、二人で確認に行くことになった。会えなかったら明日の朝に相談だが、業務開始直前に揉めたくないのでできれば今日調整しておきたい。

 伊予は目に見えてぶすくれており、ストレスが溜まっているのは間違いなかった。肩をちょいちょいと揉んであげるとはっとしたように微笑む。


(会社ではこういう争いにはあんまり巻き込まれなかったんだよねえ・・・)


 人間なので組織内でも多少の小競り合いはあったが、良くも悪くも多忙な職場だと言い争うより目先の問題への対処が優先され自然とうやむやになっていた。こういう場面の調停スキルのなさは今後の課題だ。





 伊予と共にとぼとぼと神祇官の官衙へ向かうと、驚いたことに向こうから声をかけられた。


「そこの二人、止まりなさい!」


 振り返れば猫目の子が立っている。ただし一人ではない。童水干に総角(あげまき)と呼ばれる髪結い姿の少年が後ろに控えていた。彼も猫目の可愛い顔をしており、彼女とよく似た顔立ちなので血縁関係があるのだろう。


(某英語塾の広告に出てきそう)


 猫目の彼女自身は昨日見たのと同じ、巫女装束のようなものを着ている。


「あの明日の仕・・・」

「あたしの力をわざわざ見に来るなんていい度胸だわ!」


 早速本題を切り出そうとしたら、言葉を重ねられた。

 何のことかわからず伊予と顔を見合わせるが、そんなことはお構いなしにビシッと指を突き付けられる。


「あたしの噂を聞きつけて、浅ましくも偵察に来たのね!」


 もしかしてわたし達以外の誰かに言っているのかときょろきょろしたが、指の先にはわたししかいなかった。困惑の表情を浮かべるほかない。


「そんなにあたしの実力が知りたきゃ見せてあげる。心読みをね!」


 何を言い出すのか。言っている内容も怪しければ、通りかかった同僚を捕まえてやることでもない。

 暴走を止めてくれないかと、後ろの親族らしき少年に目線を送ってみるが何の反応もない。いや、少し遠い目をしているような気がするのは、これが日常茶飯事だからだろうか。


 大内裏の往来で騒ぐものだから、注目を集めてしまっている。

 聞こえないように小さくため息をついた。


「じゃあちょっとだけ見せていただき・・・ましょうか」


 彼女は大きく頷くと、わたしの顔面に手の平をかざしてきた。


「あの・・・?」

「今からあなたが心に浮かべた事を読み取ってあげる」


 手の平から読み取ると言う事だろうか。さっさと終わらせるしかないと目をつぶって念じた。


(ファミチキください)


 どうせ読み取れっこないと、あえて意地の悪い内容を思い浮かべてみたがどうだろうか。そっと目を開ければ自信満々な猫目がこちらを見ていた。その表情からすると、このネットスラングを理解したらしい。

 少しわくわくしてくる。


 彼女は再び大きく頷くと、何故か後ろの少年に耳打ちしてわたしを指さした。

 彼女と違って少年はかなり険しい顔をしており、大きく横に首を振る。その瞬間、彼女の顔が泣きそうなものに変わった。


(どういう事?)


 彼女の”心読み”なるものに、後ろの少年は関係しているのだろうか。

 長い長い沈黙のあと、彼女が小さな声で言った。


「今日は・・・その・・・調子が悪いみたい・・・」


 そう言った瞬間、聴衆からブーイングが上がる。あれだけ派手に叫んでいたものだから、往き交う者が皆足を止めて成り行きを見ていたのだ。

 彼女は今にも泣きだしそうだし、後ろの少年はバツが悪そうに下を向いていた。


(・・・仕方ないな)


 巻き込まれ事故には違いないが、このままでは寝覚めが悪い。


「ではわたしが代わりに!

 誰か心を読んでほしい方いませんか?」


 伊予がぎょっとして袖を引っ張るが、にっこり笑みを返してやる。

 聴衆の中から、黒い袍のおじさんが手を挙げた。殿上人だ。大内裏のこんな端にいるとは、相当暇人らしい。


 懐から紙を二枚取り出した。一枚は簡易的な封筒の形に折り、もう一枚は封筒にぴったり収める形にちぎる。両方をおじさんに渡し言った。


「わたしは修行中の身ですので空で読み取れないのです

 短冊に文字で心の内を書いていただきます」


 封筒を指さす。


「書き終わったら、その袋の中に収めてわたしに渡してください。わたしは袋の外から読み取ります」


 おじさんが、筆!と言うと誰かが慌てて近くの侍従厨に走って取りに行った。筆を受け取って短冊に書く間、こっそり右手を袂の中でごそごそ動かすがそれに気づく者はいない。


 おじさんは念入りに短冊と封筒を確認した上で、短冊を封筒にしまって渡してくれた。


「それでは」


 封筒の外側を撫でながら目をつぶる。

 すぅぅ・・・と息を吸ってもったいを付けてから告げた。


「”七日で二回も盗人に入られて困っている”という心の声が聞こえました」


 じっとおじさんを見ると、目玉が零れ落ちそうなほど見開いている。余程当てられたのが想定外だったらしい。ぶんぶんと首を縦に振って当たっていることを認めると聴衆から拍手が起きた。

 にっこり笑って、言葉を重ねる。


「修行中の身ですが、それでもよろしければ盗人を遠ざける特別なお札を拵えて差し上げましょうか?」





「あれ、あの子は?」


 おじさんにお札を渡してから聴衆にお辞儀をすると、所在なさげに立っている伊予のもとへ戻ったのだが、肝心の猫目の彼女が影も形もない。


「お札書いてる間にどっか行っちゃった・・・」

「ごめん・・・」


 何をしに来たのだかわからない結果になってしまい、肩を落とした。

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