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烏羽色の光  作者: 青丹柳
狂い花
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 目の前にある黒色の粉末を見て唸り声を上げた。

 これをもっと有効活用できる方法はないかと頭を悩ませる。いや、本当は思いつくものがいくつかあるのだが、自分の倫理観がそれにブレーキをかけた。


 悩みの発端は九月の始めに見た偽物の晴明だ。


 晴明とよく似た別の人が立っていた、事象を表現するならばそれだけだ。それだけなのに心臓がばくばくするような危険を感じた。晴明は双子ではないと言うし、門の先に居たあれがなんだったのかはわからないままだ。それが不安を募らせる要因になっていた。

 あれから一か月、変な事は起こっていないが何かしらの身を守る手立ては講じておきたい。


(でも・・・)


 ぐるぐると同じ思考を繰り返しながら歩いていれば、あっという間に内侍所へ着いてしまった。粉末を薬包紙に包むと懐にしまう。こういう時はとりあえず働くに限る。


「おはようござい・・・うわっ!!」


 開放された妻戸をくぐると、伊予たちがわっと出てきたので驚いた。後ろから甲斐がちょこちょこと付いてきている。


「聞いてください!」

「甲斐が!」

稚児(ややこ)ができたと!」


 驚いて甲斐を見れば、結婚報告をしたとき以上に照れたように腹に手を当て俯いている。

 おめでとうと声を掛ければ、はにかみながら礼を言う。少し前まで少女のものだと思っていた顔は、いつの間にかしっかりとした女性の顔に変わっていた。


 伊予が、わたしと甲斐の顔を交互に見ながら腹に抱き着いてくる。


「今なら同い年の幼馴染になれますよ!」


 言わんとすることはわかるが、苦笑してしまう。


(偽物だからありえないんだよなぁ)


 晴明はいつまでこの偽物の結婚生活を続ける気なのだろうか。一度だけ離縁の話をしたが、利点がないという理由で立ち消えた。また、わたしとしても何かと騒動に巻き込まれる彼らが心配だという気持ちがあって、しばらくはこのままで良いかと思っている。


 でも、それは一時的なものだ。


 晴明がどういう家柄かは知らないが貴族ならば跡継ぎは必要だろうし、師であり父代わりの忠行は孫を欲しがっていたし、好きな人もいると言っていた。ずっとこのまま、というのは良くない。


(好きな人、って誰なんだろう)


 ぼうっと考えながらはたきを持つと、腹に抱き着いたままの伊予がぽつりと言った。


「でも産休に入っちゃうのは寂しいね・・・」


 その言葉に甲斐は申し訳なさそうに頭をさげる。よく見れば顔色も悪いようで、悪阻が始まってから体調を崩しているそうだ。初産だし大変だろう。

 通常は予定日のひと月前くらいまで働くようだが、事情があれば早めに休めるらしい。驚いたことに男性側にも産休が認められるそうで、子が生まれてから七日間は出仕しないそうだ。さすが国家機関と言うべきか、案外福利厚生は整っているようだった。


「急だけど、明日からお休みなんです」


 代わりの人がすぐに来るそうですから、という言葉にうなずいた。兎にも角にも彼女を安静にさせねば。

 甲斐のはたきを取り上げると、転ばないように手を取って恭しくリードしながら内裏をゆっくり歩く。飛香舎のほうから黄色い悲鳴が聞こえてきた。





 終業後、大内裏の端のほうまでやって来た。

 むわっとした空気の中、厳つくてムキムキしたおじさんたちが忙しそうに動き回っている。その中でひと際目立つ白髪の男性を呼び止めた。


「なんだい、お嬢ちゃん。あれはまだできていないよ」


 要望が難しすぎるんだよ、という文句に苦笑する。

 ここは木工寮(もくりょう)。土木建築から鉄製品の加工まで幅広く担当する部署だ。初めてもらった禄に含まれていた、鉄の加工をお願いしていたので進捗を確認しに来た。


(給料が現物支給って)


 この時代の経済はいわゆる現物貨幣のようだ。

 鉄の他に絹なども支給されたが、そのあたりの活用方法は不明なので全て晴明に押し付け、いや献上した。彼のほうが身分が上なのは確実なので、女孺の禄をもらっても困るだろうがそこは知らない。歴史の授業では荘園の話なども聞いていたが、もちろん女孺の禄には全く関係しない。

 明確に欲しいと思ったのは鉄だけだ。


「ああ、でもこっちは作ってみたぞ」


 その言葉に目を輝かせて手を出せば、どしっと重い物を乗せられた。

 

「おお~ありがとうございます!」


 ぱらりぱらりと開く、これは鉄扇だ。女房達がよく持っているものより一回り小さめだが、重いのでこのくらいのサイズが限界だろう。鉄の色に合わせて房も黒でそろえられており、お洒落な調度品にも見える。

 扇の弧の部分に刃物を付けてもらうか迷ったが、うまく扱えないだろうと判断してあきらめた。護身用として刃を受けたり、少人数を打ちのめすくらいには役に立つだろう。


「もうひとつの方はまだかかりそうですか?」

「当たり前だろ」


 おじさんは手ぬぐいを頭に巻き直しながら不思議そうに言う。


「大体、ありゃなんだ?用途も全然わからねぇ」

「ええ・・・まあ母国の装飾品、みたいなものです」


 バブル期のお姉さんよろしく鉄扇を振りながら誤魔化せば、奇異の目で見られてしまった。扇を持つとどうしてもやりたくなってしまう。

 ではもうひとつの依頼もよろしくお願いします、と頭を下げて木工寮を出た。


(杞憂だといいんだけど)


 こんな準備は無駄になってほしい。

 そう思いながらも、嫌な予感がひしひしとしていた。



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