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烏羽色の光  作者: 青丹柳
花蕾
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04

 板間の手前でスーツケースを転がすと、ポーチから取り出した除菌シートでタイヤを含めて全体を拭う。家の中に持ち込む時には必ずそうしているが、それを監視するように見られているとやりにくいことこの上ない。

 拭きながらそっと屋内を伺うと冷え冷えとした板間が広がっていたが、平安貴族と聞いて想像していたよりもずっとこじんまりとしたシンプルな住居だった。左側に白い土壁の小部屋が見える。周囲は柱と板壁と格子の窓だけのようだった。


「今日からここがあなたの家だ」


 ニヒルな笑みを浮かべているその顔は、お世辞にも歓迎しているようには見えない。月明かりの下で見ると、隈が強調されてより神経質そうに見える。

 わたしだって好き好んで来たわけではないのに、と鬱々としてしまうが、自分は良識のある大人だと自負している。どうぞよろしくお願いしますと頭を下げた。


 板間の奥にスーツケース二つを置くと、所在なげに正座する。

 文机の前に座った彼は、白い土壁のほうを指さした。


「中に畳があるので、今日はそこで休むように」


 明日には万事用意しておく、と言いながら書き物に取り掛かる。その背中からは、これ以上話しかけるなオーラが出ている。

 指ししめされた土壁の部屋をのぞくと、畳と自立する暖簾のようなものがぽつんと置かれていた。畳の上には無造作に着物が数枚散らばっている。


(なるほど、掛布団代わりなんだ)


 馴染み深いふかふかの布団などこの時代には存在しないようだ。

 畳の上にごろりと横になり着物を手繰り寄せると、疲れからかあっという間に深い眠りに落ちていった。








――― チュンチュン


 すずめの鳴き声が遠くに聞こえる。

 だるい体をそっと起こすが、周囲に窓のないこの部屋では様子がわからない。そろりと扉を開くとあまりの眩しさに顔を顰めた。


(あの人はどこで寝たんだろう)


 疲れていたのでその点まで気が回らないまま眠ってしまった。彼も疲れていただろうに、寝床を譲ってもらって悪かったなと反省する。

 一言声をかけねばと辺りを見回してみるがいない。文机は綺麗に片づけられ、主が居た痕跡も消えている。


 庭に下りてみる。

 小さな池があり、家の規模は小さくても全体的に綺麗手入れされているようだった。


(まあわたしの家よりずっとずっと広いんだけど)


 今日が何月何日なのかもわからないが、もしかしたら仕事に出かけたのかもしれない。家の主を探すのを諦め、屋内に戻ろうとした時に背後から突然声を掛けられた。


「お方様!」


 思わず振り返ると、髪をひとつに束ねた女性がわたしを見てにっこり笑っている。肝っ玉母さんといった風情で笑顔に勢いがある。


(おかたさま・・・?)

 

 一体何を指す言葉かわからないが、彼女の目の前にいるわたしにかけられた言葉のようだ。逡巡したが、曖昧に笑顔を浮かべて会釈する対応を選択した。

 彼女は満足そうに頷きながらわたしを屋内へ誘導する。

 

「お食事を準備いたしましたよ」


 促されるまま膳の前に座るのを確認すると、彼女は横に控えた。ちらと顔を伺うと、にこっと笑顔を返される。食べても良いということだろう。正直ものすごく空腹なのでありがたい。いただきますと言ってそっと口をつける。


(食べにくい・・・)


 他人に凝視されながらの食事はすすまない。

 しかもこの食事、味がない。薄味ではなく、完全な無味。調味料らしきものも置かれているので、自分で味付けする形式らしい。わたしの生きていた時代とはかなり違う。


「あの、晴明様は出かけられたんですか?」


 あまりにノロノロと食べていると彼女にも失礼なのでは、と思いごまかしも兼ねて会話を振ってみた。


「ええ、ええ、今日は朝早くから出ていかれましたよ

 お戻りは遅いみたいです」


 待ち遠しいですねえ、と笑みを含んだ最後の言葉に、口に入れていたご飯が気管支に入った。

 あらら、と咳き込むわたしの背を擦りながらさらに続ける。

 

「まさかあの晴明様がご結婚とは!

 あり得ないと思っていたんですが、人生何が起こるかわからないものですね」


(やはりこの”設定”には無理があったのでは!?)


 けんけんと咳をしながら、思う。

 昨夜なし崩し的に決まった話に強く反対すればよかった。











「お断りします」


 不機嫌そうに即答した晴明に、寛明が言い募る。


「そうは言っても、このままじゃ彼女が可哀そうだよ」


 僕たちじゃこの方法はとれないし、と言いにくそうに零した。

 実頼は二人の顔を交互に見ながらおろおろしている。

 わたしはと言えば、頭が真っ白だった。


 衝撃的な事実に一瞬気を失ってしまったあと。何度も何度も確認したが、どうやら今現在が千年以上前であることは間違いなさそうだった。彼らが嘘をついているように見えなかったし、周囲の状況もそうすると合点がいく。

 もっと日本史の勉強をしておけばよかった。あと、仕事の引継ぎが気になる。場違いな考えが浮かんでは消えていった。

 


「俺は兄上の案に賛成です」


 晴明と寛明の押し問答が永遠に続くかと思われた時、ずっと押し黙っていた成明が唐突に口を挟んだ。

 挟まれたほうは一層不機嫌になったが気にしていない。


「晴明、これは絶好の機会だ

 俺たちは最適な駒を手に入れられる」

 

 本人の前で駒とは。

 複雑な事情がありそうだとは感じていた。先ほどの襲撃事件と関連しているのだと容易に想像がつく。


「駒の保管と監視、ちょうどいいじゃないか」


 そこまで言うと、くるりとわたしのほうに向きなおった。


「お前にとっても悪い話じゃないだろう

 身元の保証や生活の保障と引き換えに、ちょっと働いてもらうだけだ」


 わたしに拒否権はあるのだろうか。

 そうっともう一人の渦中の人物の顔を伺うと、苦虫を噛み潰したような顔をしている。今度は否という返しはなかった。



「じゃ、決まりだね

 結婚おめでとう、晴明」


 寛明がにっこり笑うと、言われたほうはすごく嫌そうな顔をしていた。

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