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烏羽色の光  作者: 青丹柳
咲き匂う
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「いよいよ明日引っ越しだね」

「うん」


 ここ最近の話題はずっと甲斐の結婚話だ。

 照れたように頬に手を置く甲斐の手首には梅模様の組紐が巻かれていた。


 今日は内裏全体の掃き掃除という仕事が割り振られており、十二時方向にある玄輝門(げんきもん)から時計回りに始まり現在十一時方向まで終えたところだ。

 内裏に植わっている木々はまだ青々として葉が落ちないので、掃き掃除もそこまで苦ではない。ただし秋になると相当な頻度で掃き掃除の当番が回ってきそうだ。


 一通り引っ越し話が終わると、次の話題は大体決まっている。

 もじもじと甲斐がわたしの袖を引っ張って、先輩既婚者にあれやこれや質問してくるのだ。


 実際は既婚とは言えないので騙しているようで申し訳ない気持ちはあるが、わたしの知識が及ぶ範囲で助言をするのがいつもの流れだ。


(大体が少女漫画とドラマの知識だけど)


「何々?今日はどんな心配事?」

「・・・そのぅ・・・口吸いってどうしたらいいですか?」


 今回はいつもより生々しかった。

 甲斐だけでなく、全員が固唾を飲んでこちらを見ている。現代には手本になるようなものが五万とあるが、この時代の彼女達にとっては先達の言葉だけが手本となるのだろう。


(ここは大人として彼女らに正しい知識を授けなくては!)


 どう答えたものか悩んだ挙句、まずそこへ至るための正しいプロセスから説明すべきという考えに行きつき、少女漫画を題材に話をすることにした。

 ちらと見上げれば、今居る場所は飛香舎(ひぎょうしゃ)だ。ここの女御(にょうご)や女房たちは意地の悪い部類ではないので、ちょっと舎脇で話すくらいは許されるだろう。しかも今日の掃き掃除はほぼ終わったようなものなのだから、終業までかなり余裕がある。


「例を挙げて話すね。あるところに―――」





「で、二人見つめあってお互いの気持ちを伝えてから、口吸いをしたの。そこへ恋敵の女性が来るんだけど」


――― ゴォォン ゴォォン


「あ、鐘・・・」


 本題に行く前にストーリーのほうで盛り上がってしまい、終業の鐘が鳴ってしまった。ぎりぎり口吸いの話までたどり着けたのでよしとしよう。


「お相手の男性がなんであの時冷たかったのか、まだ理由がわかりません!」

「続きが気になります!」

「恋敵はその後どうしたのですか!?」

「まだ終わりじゃないですよね??」


(そういう空気になってからね、って言いたかったんだけど伝わってるんだろうか)


 漫画やドラマなどない時代なので娯楽に飢えているのだろうか、口吸いそのもののよりもストーリーのほうの食いつきが良い。こんなに受けるなら、しばらく少女漫画を題材に色々話してもいいなと思いながら投げだされた五本の箒を持ち上げた。


「はいはい、続きはまた明日ね~」


 落胆の声を背に、片づけに行くよと歩き始めた時。


「お待ちなさい!!!」


 飛香舎の御簾の中から鋭い声に呼び止められた。








「お前は健やかそのものでいいよな・・・」

「そうでもありません」


 すいと視線を逸らす晴明のその顔は、隈も薄まり顔色も良くなっている。一時期大変に機嫌が悪かった時は隈も顔色もひどいものだったが、その原因が解消された結果らしい。

 割れ鍋に綴じ蓋的ではあるが、彼ら夫婦は割と仲が良いように見える。晴明がからかい半分で構いすぎているきらいがあるが、彼女も決して嫌がっているようには見えない。

 対して自分は今、微妙な状況なのである。


「夫婦円満の秘訣ってなんだろうなあ」

「妻を愛でる事でしょうね」

「・・・言うじゃないか」


 愛でようにも棘がなあというと、その言葉をどう捉えたのだか彼は訳知り顔で頷いた。私も棘をひとつずつ手折っているところです、という返事にどういう意味かと身を乗り出した時。

 後涼殿(こうりょうでん)がやけに騒がしいことに気付いた。


 後涼殿は自分付きの女房が控える場所だが、后達の住まうその先の飛香舎や凝華舎(ぎょうかしゃ)へ向かう際の通り道でもある。今日もそこを通らねばならないという愚痴をこぼしていたのだが、一体何の騒動だろうか。

 御帳台から出ると、清涼殿と後涼殿をつなぐ渡殿に女性達が立往生しているのが見えた。あれは飛香舎の女房達だ。


「どうした?」


 声を掛けると同時に、下がろうとした晴明の腕をしっかりと掴む。面倒事の対処には欠かせない人物だ。当人は至極嫌そうな顔をしているが、逃がしてなるものか。


 女房達は慌てて扇で顔を隠すと訴えた。


「飛香舎の女御様が、女孺一人を引き入れて人払いを・・・」


 よく見れば、飛香舎の手前に女孺達が立ちすくんでいる。そのうちの一人がこちらを振り向いた瞬間、何を察したのか晴明が走り出した。



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