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烏羽色の光  作者: 青丹柳
咲き匂う
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「へえ、これ面白いですねえ」

「そうでしょう、そうでしょう!

 これは水を使って時間を計るんですよ、すごいでしょう!漏刻って言うんです」


 水がちょろちょろと流れる不思議なオブジェを右から左から眺めていると、衣冠姿の青年がうきうきと説明してくれた。

 水は階段状になったいくつかの水槽を流れていくのだが、一番下の水槽には浮きがついた目盛りが入っている。その目盛りに矢印が付いており、そこから時刻を読み取るのだそうだ。

 水を使っているからか風流な仕掛けに見えるが、如何せん大きすぎる。よくここまで運んできたなと感心してしまったが、彼が言うにはこれは持ち運び用だそうなので、内裏にはもっと大きいのがあるのだろう。


(ここから千年かけて腕時計サイズになるのか)


 人間ってすごいなあ。

 のんきに考えていると、後ろから視線を感じた。漏刻の説明をしてくれた目の前の青年と同じ衣冠姿の青年が五名ほど立っており、明らかにこちらの様子を伺っている。


「・・・あの、後ろの方たちは?」


 うきうき青年に聞くと、皆陰陽寮所属の官だという。行幸とはいえ全員で来ることはできず、ほとんどは大内裏のほうで通常勤務となっており、一部がこの神泉苑に来る予定らしい。彼らは行幸参加組という。

 そういえば今いる場所は陰陽寮の天幕だから、当たり前と言えば当たり前だ。少し離れたところに帝の天幕と御帳台も見える。


 自分が引き起こした事件によって少し変な目で見られているという自覚はあるので、ここはあまり関わらないほうがいいと判断し微笑みながら会釈する程度に留めたのだが―――・・・


「晴明様の御弟子様なのですか?」

「失礼ですが、女性ですか?男性ですか?」

「先日陰陽寮にいらしていた時は女孺姿でしたから、女性ですよね?」

「え、先日中庭では男性の衣でしたよね?」

「晴明様の御方様ではないんですか?」


 質問責めからは逃れられなかった。

 ご指名があった割には情報が錯綜しているらしく、彼らの中でわたしは、火柱をあげて結界を破る性別身元不明の術師、と認識されているようだ。

 自分の恰好を見下ろしてみる。行幸時の衣装として先日家に届いたばかりの真っ黒な衣冠を着ており、顔面には日焼け止めとパウダー、眉を書いて薄付きの色付きリップを塗っている程度なので確かにどちらともとれる格好だ。この時代の服装は男女共にゆったりしているので、体系から性別の判断もつきにくいだろう。


(正直に答えてもいいけど)


 人差し指を口にあて、静かにするようにというジェスチャーをすると彼らは黙った。それを確認すると、袂から真っ黒な巾着を取り出し、同時に手のひらを彼らに向ける。何もない事を確認させてから、空中から小さな花を次々に取り出すとそれらを巾着に入れ、そこから彼らに一本ずつ渡す。


「想い人に渡すと恋が叶う幻のお花ですよ」


 にっこり笑うと、目を剥いた彼らから大きな歓声があがった。

 ただの宴会芸なんだけど、毎年の忘年会で使い古した鉄板ネタをこんなにも喜んでもらえるとちょっと照れくさい。


(こういうのを求められている気がしたんだもの・・・)


 ドツボにはまっていく詐欺師の気分だ。

 とはいえ、今回は周囲のこういう反応が予めわかっていたので、できるだけの用意はしてきた。


「何々?何の騒ぎ?」


 声を掛けられた方を見れば、保憲が立っている。そのすぐ後ろに、晴明と忠行も居た。

 てっきり同じように衣冠姿で参加だと思ったのだが、彼ら三人だけはわたしたちと全く違った格好をしていたので驚いた。烏帽子以外全身真っ白だ。

 着ているのは浄衣(じょうえ)というもので、祭祀を仕る時はこのような恰好でないといけないらしい。ということは今回の行幸の目的は祭祀なのだろうか。


「実は、幻のお花をですね・・・」


 言いかけたうきうき青年の足元の地面をだんと鳴らし、目力で余計なことを言わないようにと圧をかける。こういう戯れはあまり偉い人に見られないほうがいいだろう。


 ちょっとお話してただけですおほほと誤魔化していると、目の前が陰った。


「・・・お久しぶりです」


 三日ぶりに見る晴明は、隈が濃くなって顔色も悪くなったような気がする上に、白い衣がよりそれを強調している。よほど出張準備が大変だったんだろうと、少しだけ可哀想になった。

 思わず労いの言葉をかけようかと口を開きかけたのだが、すぐ横でニコニコとこちらを見ている忠行と保憲が目に入ったのでやめておく。下手に口を出して、また義実家よろしく色々突っつかれてはたまらない。


 朱雀院での別れ際でもそうだったが何か言いたげな顔をしていたものの、結局何も言わずに踵を返して帝の天幕のほうへ行ってしまった。


「家に帰ったらいっぱい構ってあげてね」


 そう言って保憲たちも離れていったが、晴明は構ってほしいわけではないと思うのでどう答えたものか。結局礼だけして彼らを見送った。

 美しい庭園の池に架かる朱色の橋を、艶のある真っ白な衣が渡っていく様は神々しくも感じる。周りの空気がそう思わせるのか、単に見慣れない衣だからか、だが彼らの別の一面を見た気がした。


「この行幸の目的はなんでしょうね?」

「ええええ!?ご存じないんですか!?」


 あなたを呼んだのは晴明様なのに説明ありませんでしたか、という言葉に首をひねる。呼んだのは晴明ではなくて陰陽寮だろう。

 うきうき青年たちがのけ反って驚いたので、変な事を言っただろうかと困惑してしまった。

 彼らの説明によると、今回の行幸は御霊会(ごりょうえ)という祭りのためのもので、この祭りは非業の死を遂げた霊の鎮魂を目的としたものだそうだ。仏道、神道、陰陽道それぞれの偉い人が祭祀を行うということなので、晴明も偉い人カウントなのだろうが臨時人員なのに偉い人とはこれ如何に。


(いや、そんなことより)


「わたしたちは何をするんですか?」




「・・・」


(あくびが出そう)


 だがしかし、黒い袍を着た大勢の人たちが注連縄を囲むように立つ私達を凝視しているので、そんなことをしようものならつまみ出されてしまう。

 祭祀の補佐を行い有事の際にはやんごとなき方々をお守りするとのことだが、つまり祭祀の間中立っているだけのお仕事だ。わざわざ他部署からわたしを呼ぶ仕事であるとも思えず、今のところミーハー心で呼び出された説が有力だった。


――― ゴォォォン!!!


 心臓を直接揺らすような銅鑼の音が響き、ぼやけていた意識が一気に覚醒する。

 やっと祭祀が始まるのかと目を開けると、朱色の橋を白い衣を来た晴明らが渡って来た。儀式の場所は池に浮かぶ小島で、中央奥側に用意された帝の席の前に祭祀場がある。彼らは先ほど一度島に渡っていたようだが、わざわざ一度島を出て別場所で待機していたらしい。


 断続的に鳴る銅鑼に皆頭を垂れているが、ふとおかしな事に気付いた。

 現在の陰陽頭は忠行だと聞く。つまり陰陽寮で一番偉いのは忠行のはずなのに、晴明を先頭にして忠行と保憲が控えるよう両後ろに付けている。あれではまるで―――


(晴明様が一番偉いように見える)


 持ち回りでイベント毎に主担当を入れ替えている可能性もあるが、上下関係を厳格にしたがる貴族社会では珍しい。


 祭祀場までたどり着くと、晴明だけが中央に進み忠行と保憲は注連縄の両側に分かれる。帝に向かって礼をしたあとに聞き取れない言語で何かを唱え注連縄の周りを回っていた。

 舞と言うにはひどく静かで、歩いているというにはひどく優雅で、まるで人ではない神聖な何かに見える。


 綺麗、という表現はこの場合正しいのだろうか。


 目が離せなくて、でも不躾に凝視してはいけないほど高貴なものにも見えて、目を閉じるしかない、そう思った時。



 神聖な空間を引き裂く怒号が響いた。



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