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烏羽色の光  作者: 青丹柳
咲き匂う
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「今日さ」


 夕暮れを背に内裏を歩く。宜陽殿(ぎようでん)からの帰り道、相変わらず不愛想な弟弟子に話しかけるのだが綺麗に無視された。いつもなら多少の反応はあるのだが、今日は朝からすこぶる機嫌が悪い。先ほども何人もの殿上人を射殺(いころ)さんばかりの眼光で黙らせていたので相当に悪い。


(ふむ)


 独り言のように、軽い口調で語りかける。


「父さんがさ」


 孫はまだかと君の御方様を責っ付いて困らせていたよ。

 

 予想通り、今日初めて晴明がこちらを見た。

 先日の事件でよくわかったことだが、彼の興味を引くには御方様関連でないとだめらしい。逆に考えれば、御方様に関する話題であればからかい放題であるとも言える。


「飽きられないためにはさ、(ねや)での睦言も大事だよ」


 にやにやと先輩風を吹かせてみたのだが、まあ内容が内容なので適当にあしらわれるだろうと思った。彼はこういった冗談を好まない。しかし思いの外深刻そうな顔で放たれた言葉に笑顔が固まる。


「閨に閉じ込めるしかないかもしれません」


 断じてそんなことは言っていない。

 機嫌が悪い時にからかってはいけない種類の人間だったようだ。







「陰陽寮からの推薦だぞ」


 ほれと書を見せつける成明を胡乱な目で見返すが、この状況は覆りそうにない。


 今夜もこの朱雀院にいるのはいつものメンバーだが、珍しいのはその頻度だ。昨日の夜も集まったのに今夜も集まっているのは、緊急の連絡があると成明が呼んだからだった。


「だいたい、ぎょーこーって何ですか?」

「帝が公式に内裏の外へ出ることだよ」


 寛明が茶を出しながら説明してくれる。

 時と場合によって行先は変わるが、今回は神泉苑という帝の庭園が行先だそうだ。行幸とはいわば出張だろうが、大層な名前がついているので遠出なのかと思いきや、神泉苑は朱雀院から割と近い場所にある。東京-品川間以下の近距離出張でこんなに大騒動とは社長も大変だ。

 成明からはわたしもこれに参加するように、という話をされたのだがその内容に納得できない。


「なんで内侍司としての参加じゃなくて、陰陽寮からの参加なんですか!」


 有体に言えば、他部署のイベントに他部署員として参加しろということだ。人手不足ならともかく、そういうわけでもないという。そんなの――・・・


「部外者を受け入れる現場の人からしたら絶対迷惑ですって」


 仕事内容もよくわかっていない部外者を繁忙期に突っ込むのは、現代だって御法度だ。断固拒否の姿勢で異議を唱えたが、成明はにやりと笑った。


「満場一致で臨時人員として指名されたそうだ」


 ひらひらと目の前に突き出された書には、確かにそれらしきことは書いてあった。成明が笑いながら、思い当たることがあるんじゃないのかと言う。


(確かに・・・)


 今日の陰陽寮の様子からして、面白半分で話題の人物を呼んでしまおうという話になったのかもしれない。

 火柱事件は実演して見せたし、携帯電話爆発事件も成明の耳に入っているのだろう。なんといっても帝だ。そういったことも把握した上で、わざわざ丁寧に説明してくれたのかもしれない。


 これ以上、社長命令に逆らうのは難しいと悟って不承不承頷いた。


「晴明もいるし、大丈夫だろう」


 成明の言葉に晴明を見ると、心持ちこちらを睨んでいるような晴明と目が合う。


(まだ怒ってる・・・)


 こんなに怒っているなら、もはや短冊を見たとかそういうレベルではなく完全に別要因だろう。仕事のほうで何かあったのかもしれない。それならそれでよかったと思うことにして、気になったことを口にだした。


「晴明様も陰陽寮所属じゃないですよね?」

「ん~、まあお前と同じく臨時人員だ」


 はっきりしない物言いではあるが、陰陽寮に師がいるのであればわたしよりずっとまともな人選ではある。もしかしたらわたしは晴明のついでに呼ばれたのかもしれない。


 じゃあそういうことだから、と成明が締めてその場は解散になった。



 全員で車宿に移動して、不思議な事に気付く。

 晴明が内裏に向かうほうの牛車、つまり成明と実頼の牛車の前に立っているのだ。


「しばらく帰られない」


 行幸の準備がある。

 そう言う晴明の言葉を聞きながら、そういえば以前も似たようなことがあったなと思った。

 出張準備で家にも帰られない夫には大変申し訳ないが、少しだけほっとするのは妻失格だろうか。


(だって、今日機嫌悪いから・・・)


 正直ここで皆と別れたあと、晴明邸に戻るのが憂鬱だったのだ。筑後は通いなので、湯浴みの準備まで済ませると帰ってしまう。今日は二人きりというのがなんとなく気が重かった。

 気取られないよう平常心を心がけて頷いたのだが、顔に出ていたのか。


 両頬に晴明の冷たい手のひらが添えられ、撫で上げられた。


「嬉しそうだな」

「いえ、滅相もありません!」


 目を細めて顔を覗き込む晴明に、視線が泳ぐのは止められなかったが、活きの良い返事はできたと思う。


「・・・」

「・・・?」


 そのまま、何か言いたげな黒紫の瞳が揺れるのをただ見返していたのだが、はっと気づいた。

 

「あ、お気になさらず」

「おう、続けていいぞ」

「お若いですねぇ」


 興味津々な六つの目が至近距離でこちらを観察している。

 急いで一歩身を引いて晴明から離れた。皆がどう思っているのやら不安だが、別に変な事はしてないはず。おやすみなさいませ、と三人に手を振って会話を打ち切った。

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