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烏羽色の光  作者: 青丹柳
咲き匂う
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「保憲様!無理です、抑えられません!!」


 陰陽寮中庭の一部分を切り取った注連縄が大きく揺れている。そこから下がる紙垂(しで)など、もう飛んでいきそうなほど激しく宙を舞っているが風は一切ない。その周りを囲うように陰陽寮の者たちが立っており、皆一様に顔を歪め額に汗を浮かべていた。


 自分が取るべき最善策は何なのか決めかねて、ただ注連縄の内側を見る。

 中には一組の男女がいた。注連縄の中の音は全く聞こえないのだが、彼らは会話できているだろうか。


(いや、できていないんだろうな)


 女のほうはともかく、男のほうは相当に怒っている。今にも注連縄を内側から破らんとし、実際にそれはあと少しで成功しそうだ。

 対して女のほうは余裕の笑みを浮かべている。口元はほとんど袖に隠されてしまっているが、わずかに見える口角が不自然に吊り上がっていた。


(お願いだから・・・)


 女の手が伸びて、男の頬にそっと添えられた。





「ぉ・・ぃ・・・・おい!!」


 誰かがわたしの体を滅茶滅茶に揺する。

 気持ち悪いからやめて、そう言おうとして先ほどまでの状況を思い出し飛び起きた。


「気が付いたかよ!!」

 目がちかちかして、それが誰の声なのかすぐには判別できなかったがシルエットと声で光栄だとわかる。

 視界がはっきりしてくると、彼が顔をくしゃくしゃにしていることに気付いた。


「何が・・・起きたの・・・?」


 わからない、そう言って一層顔をくしゃくしゃにする。

 牛車が陰陽寮に着いたあと、妖姫は自ら牛車を降りて来たそうだ。それを彼の父、保憲がどこかへ案内していったのだが、いくら待ってもわたしが下りてこない。不審に思って覗くと首から血を流して倒れていたという。

 すぐに寮のなかに向けて助けを呼んだが、不気味なほど静まり返り誰も来ない。仕方なく牛飼童に手伝わせて適当な一間に運び込んだ。


 これが彼の話すあらましだった。


(なんで嚙まれたら意識を失っちゃったんだろう)


 外傷性ショック? 原因はよくわからないが、あの妖姫は普通じゃない。それだけはわかった。

 保憲は無事なのだろうか。


 まずは二人を探そうと陰陽寮を歩き回ることにした。

 中は割と広いのですぐに見渡すことができないのだが、それにしてもおかしい。本当に人の気配がない。


「誰か~・・・いませんか~・・・」


 ひとつひとつ御簾や几帳の裏を覗いて回る。

 保憲たちは別の所へ行ったのではと思い始めた時、遠くから微かに何事かを叫ぶ人たちの声が聞こえた。


 引き寄せられるようにそちらへ向かうと中庭のような場所へ出た。

 陰陽寮所属の官たちだろうか。バタバタと庭に降りて何事か叫んでいる。


(・・・?)


 彼らを目で追い、次いでその向こうに保憲の顔が見えた。声をかけようと近寄りかけた時、その手前にある注連縄に気付いて目を見開いた。

 注連縄でぐるっと囲まれた中に妖姫と晴明が立っている。

 風もないのに揺れる注連縄と紙垂。放電する時のようなバチバチッという小さな音と、耳の奥に不快感を残すモスキート音がした。


 頭が痛くなる。


(どういうこと?)


 何が起きているのかわからない。状況を把握しなければ。

 目の前の注連縄のエリアに近づくと、バチバチという音が少し大きくなる。冬場に化学繊維のセーターを脱いだ時みたいだ。こんなにすごい静電気は見たことがないし、摩擦のない空気中に発生するのだろうか。


「晴明様!晴明様!!」


 大声で呼ぶのに、晴明も、妖姫もこちらには全く気付いた様子がなかった。まるで注連縄で切り取られた全く別の世界にいるように。

 映画の中の登場人物達に話しかけている気分だ。


 もっと近づこうとした時、妖姫が晴明に向かって手を伸ばした。彼はそれを心底不快そうに振り払ったのだが、彼女はもう一度手を伸ばして彼の頬を軽く撫でている。


――― もやっ


 なんだろう。心の内に重い何かが落ちた気がした。


(いや、今はそんなこと考えてる場合では)


 静観すべき状況なのか躊躇したが、晴明は明らかにこの状況を歓迎していない。であれば、答えは一つ。注連縄を引き千切ってその中に入ろうとした時、それに気づいた保憲に羽交い絞めにされ注連縄から引きはがされた。


「危ないですから離れて!!」


 でも、というとあれは大丈夫だと言う。どこをどう見れば大丈夫だと思うのか。不快な音はさっきよりも大きくなっている気がする。


「でも閉じ込められてます!」

「大丈夫、あれは・・・!」

「保憲様、もうだめです!」

「忠行様を呼んで参ります!」


 自分も含めて近辺に居た者が口々に喋る。不快な音があるからか、皆声量も大きく叫んでいるに近い。


(ええい!!!)


 直感で、あれが、あの注連縄があるからこんなに混沌とした状態になっているのだと思った。

 だったら――・・・


 懐中を探ると久しく活用できていなかった携帯電話がある。右腕だけ羽交い絞めから抜き出すと、しっかり振りかぶってそれを目の前に投げた。バチバチと電気を感じる注連縄目掛けて。



――― カッ・・・パァンッ



 激しい閃光が走ったかと思うと、次に爆発音がした。多分、基盤もリチウム電池も無事ではないだろう。


(また脳筋って言われちゃうな)


 携帯電話が空中で派手に散ってゆくのをただ眺める。

 切羽詰まった状況になると直感頼りの対応になってしまう性格である、というのはこちらへ来てからわかったことだ。

 先ほどの行動が正しい対応だったのかはわからないが、注連縄の中の晴明が今度はしっかりとこちらを見ていた。



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