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烏羽色の光  作者: 青丹柳
花蕾
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02

 女が身じろぐ。

 その双眸は未だ閉じられたままだが、寛明と実頼はそわそわとその様子を伺っている。寛明は思い切り殴りつけた罪悪感から、実頼は自分の身を救ってくれた女性に対する気遣いのようだった。甲斐甲斐しくも、水に浸した手ぬぐいを硬く絞ったものを後頭部に当て冷やしている。


「兄上が非力でよかったです、本当に」


 碗の中の水を一気に飲み干した成明が言う。その眼差しは二人よりも幾分険しい。救われたとはいえ、この女も敵ではないかと疑っているのだろう。よかったです、というのは事情聴取ができる生け捕りができてよかったです、という意味のようだ。

 無理もないと、改めて女を眺める。


 上半身の胴部分は体の形に添い、首部分まで詰まった真っ黒な衣。肩から手首にかけての袖部分は衣に包まれているものの、同色の糸が花の形に複雑に編まれた布地であり地の白肌がはっきり見える。腰から下については同布が円錐状に広がっている。更に腰の切り替え部分から見たこともない乳白色の艶のある極薄い布地が重ねられ、袖の布地に施されたのと同じような花模様が縫い付けられている。今は脱がせてあるが、くつは踵の部分に鋭い棘がついており前方向にかなり傾斜がついたものを履いていた。

 端的に表現するなら奇怪極まりない出で立ちである。


 成明がじっとこちらを見ている。この女についての見解を述べよということらしい。


「怪しいですね、どう見ても」


 簡潔すぎる回答が不満なようだ。焦れたように質問をぶつけてきた。


「妖の類ではないのか?手のひらから放出していた奇怪な空気を浴びた男は悶絶していたぞ

 この女が昏倒したのは、実はお前が妖に効く術を使ったからではないのか?」


 そんなものは使っていない。

 あの気弱な寛明がまさかあの場に飛び出すとは思わず、反応するのが一歩遅れた。だから何もしていない。ただ、寛明が行動を起こさなくても、結局自分が似たような対応をとっていただろう。

 これ以上の見解を述べるにはもっと情報を得なくては。

 

 畳に転がる女からすいと視線をずらすと、部屋の隅に置かれたものが目に入る。


 回収した女のものと思われる大きな櫃ふたつと袋だ。こちらも奇怪極まりなかった。特に櫃のほうは見たこともない硬い材質でできており、とても重い。何が入っているのやら、開けて中身を確認することは叶わなかった。

 それならばと袋のほうを開けてみる。

 布切れ、手ぬぐいのようなものか?革の包み、手のひらに収まる札と紙切れや見たこともない銭が押し込められているので財布のようだ。小袋、何に使うのかもわからないきらきらしたものがぎゅうと詰められている。小さな筒、これは先ほど男に向けられていたもののようだが悶絶した仕組みはわからない。

 袋の中からものを取り出す度、成明が身を乗り出すので鬱陶しい。

 

 結局、ほとんどの物は何なのかわからなかった。


(これが最後か)


 袋の底に残った長方形の板のようなものを持ち上げて驚く。

 薄暗い部屋の中で、板の片面が淡い光を放つ。その光の中に文字が浮かび上がっていた。害の有無を見極めかねて眺めていると、ふと板の輝きが消えた。


「これは一体・・・」


 成明の呟きに呼応するように、女の眼が開いた。









 ずきずきと頭が痛む。あの二人組を撃退したあと、頭に衝撃を感じて・・・その後何が起きたのだっけ。事態を把握しなければとそっと目を開けると、眼前に男性の顔が二つ。

 ひっと息を呑んだところで二人が顔を綻ばせた。


「お目覚めのようです、主上!」

 

 男性がそう声を上げると、傍に置いてあった碗をわたしのほうへ差し出す。中身は水のようだ。飲めということらしい。もう片方の男性もにこにことこちらを見ている。

 よく見ると、最初に碗を差し出した男性の左袖は切り裂かれており、布をきつく巻かれて止血されている。ということは、先ほど追われていた男性の片方だろう。そうすると、にこにこ顔は転んだほうだろうか。


(こんな顔だったかな?)


 心の中で首をひねりつつ、碗の中身をこっそりと舐める。水で間違いなさそうだ。

 後頭部に添えられていた冷えた布を見るに、手当てをしてくれていたようだ。それなのに疑うようなことをして申し訳なく思うが仕方がない。

 なぜなら、自分が置かれた状況が本当によくわからないからだ。


 まず目の前の男性二人の服が異様だった。和服、と言っても、通常わたしが目にするものとは大きく違っている。時代劇で見るようなものでもなく、もっとずっと昔、源氏物語絵巻の中から抜き出してきたような。

 それに周囲の状況も異様だった。室内灯はなく、部屋の隅に置かれた高台の上でちらちらと火が燃えているだけ。視線を下げると、板張りの床の上に大きな畳がひとつだけ置かれている。わたしはそこに寝かされているようだ。

 どうもわたしの生活様式とは大きくかけ離れているように思えた。


 都内でこんな大昔の生活を再現する人がいるのだろうか。そんな人が騒々しい高速道路沿いなんて場所に住んでいるだろうか。

 言い知れぬ不安が胸の中で膨らむのを無視するように一気に水を飲み干すと、努めて明るい声をだした。


「お水ありがとうございました!

 わたし、警察に電話して近くの交番へ行こうと思います!お世話になりました」



 交通事故に遭った後迷子になってしまったみたいなんです、と聞かれてもいないのに言い訳しながらそそくさと立ち上がった瞬間、すっと首に冷たい金属が添えられたのがわかった。


「動くな」


 先ほどの二人は引きつった顔でこちらを見ている。どうやら室内には別の人間も居たらしい。

 感触からしておそらく刃物を突き付けられているのだろう。冷や汗が止まらない。ここは大人しく指示に従うしかない。


「何者だ?誰の命令で来た?()()()()()()()()()?」


 矢継ぎ早に質問される。刺激しないようにできるだけ答えたいが、あいにく答えられそうなのは最初の質問だけだった。


「わたし・・・は・・・」


 舌がもつれる。どうにか答えようと喉から声を絞り出す瞬間、背後で何かが動いた。同時に首に当てられていた金属が離れていく気配がする。

 恐る恐る振り向くと、先ほどまで背にしていた灯りの届かない暗い壁際に二人の男が立っていた。




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