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烏羽色の光  作者: 青丹柳
花蕾
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 真っ暗で左右どころか上下も判別のつかない闇を進む。運の悪いことに今日は曇っているのか、月も星も見えないのだ。パキッと枝を踏むたびにビクリと震えてしまうが、進むしかない。

 おそらくここは朱雀院のずっと北の山だと思う。朱雀院へ向かうはずの牛車を追ってここまで来たのだが、この山に着いた時点で晴明からは牛車で待つように言われた。反論する間もなく彼は闇の中に消えてしまったのだが、それに従わなかったのは自分にも何かできることがあると思ったから。


 わたしだって役に立ちたい、と思うくらいにはあの三人のことを心配している。


 よいしょ、と背中の籠を背負いなおすと、首から下げた式神の起動を確認した。ほとんど夜目はきかないが、きっと危険があれば警告してくれるはずだ。晴明のほうの式神もちゃんと動作してるとよいが。


(三人は無事だろうか)


 山の麓で牛車は乗り捨てられ、中には誰もいなかった。近くに腰を抜かした牛飼童がおり、怪しげな者に追われて主人たちはどこかへ逃げてしまったという。追われていた方向からしてこの山に逃げ込んだと考えるのが自然だ。


『直進300メートル先に極僅かな光源。おおよそ4分後に到達。』


 音量を最小値にした式神の音声が流れる。


――― 何かいる


 ごくりと生唾を飲み込んで足を踏み出した。











 目の前の男の行動に驚いていた。

 差し出されたのは木の板を簡素な人形に切り取ったもの。例の女孺が膝で叩き折ったものに酷似している。

 彼は何かしらを奏上しようとしているようだが、先ほどまで我々と鬼ごっこに興じていたためか、激しく息切れしていて言葉がよく聞き取れない。


「こち・・・皇・・后・・・から・・・害・・・せん」


 彼の両側に部下らしき者が二名おり、更に離れてもう数名立っている気配がする。その二名はそれぞれ手に変なものを持っていた。

 それは、彼が持っている木の板の人形よりずっと立体的な木像で、丁寧に磨かれつるり光っている。こちらも人を模したもののようだった。


 兎にも角にもしゃべれるようになるまで待つか、と思った時後ろの茂みがわずかに揺れた。あっと言う間もなく彼の部下二人が昏倒する。


(なんだ!?)


 新たな敵が出て来たかと身構えたが、よく見ればあの女孺が彼らの後ろに立っており、両手につやつやした木像を握っていた。

 右の者の手から抜き取った木像を左の者にぶつけ、左の者の手から抜き取った木像を右の者にぶつけたようだ。勢いよくぶつけたせいだろう、それぞれの木像の下部、腹や足部分がぽきりと折れてしまっている。


「皆様ご無事ですか!!」

「お前はなんでいつも筋肉で解決しようとするんだ・・・」


 女孺よりも武官に推挙したほうがよかったのではないかと真剣に考えてしまった。


 こっちに走ってくると、俺の後ろに寛明と実頼の無事を見とめほっとしたようだ。そして御春清助と俺の間に入ると威嚇の表情になった。


「ち、違う!!違うんだ!!!」


 顔を上げた彼の顔が遠い松明の灯りに照らされて、初めてよく見えた。玉のような汗を落としながら必死に口を開く彼には、こちらを害そうという気配はないように思えた。彼も、周囲の部下も抜刀していないことからも、とりあえずはその直感が正しいと思われる。


 最初に会った晩に見た、奇怪な筒を掲げて威嚇する女孺を制し、話を聞くため地面にどっかりを腰を下ろした。









「つまり・・・」

『要約すると、彼は帝の暗殺を依頼されたものの承服しかねると判断し、反対に帝の力となるためここまで追ってきた』

「おい、俺の台詞を取るな!」


 文章要約AIの精度はまだまだかもしれない。なぜなら、御春清助はもっと重要なことを言っていたがその部分が省かれてしまっているからだ。


 彼にそれを依頼したのは弘徽殿の高貴なお方とのことだった。つまりそれは―――・・・


「まさか母にまで命を狙われるとは・・・」


 寛明が頭を抱えているが、成明は意外にも平然としている。彼らは同母兄弟だと聞くので、寛明の母なら成明の母でもあるはずだが、もしかしたら彼のほうは何かしら掴んでいたのかもしれない。

 じっとその横顔を見ていると、こちらの視線に気づいたのか成明が振り向いた。


「こいつを将曹にと推薦したのは母らしいと聞いて、引っかかっていたんだ」


 そんな下位の除目(じもく)に興味を持つ人じゃないからな、というその顔はどう捉えてよいか悩む表情だった。


 御春清助の話を聞くところによると、彼は寛明と成明を殺すように指示されるとともに位を引き上げられたのだという。ただ、解せないのはその指示の内容だ。

 その命を奪った時の血しぶきをあの立体的な木像に吸わせろという。そうすれば二人とも蘇ると言っていたのだと。またそれは大内裏の外でなければならないらしい。先ほど彼が成明に見せていた薄い板の人形はその執行者へ呪力を授けるためのものだと言われたそうだ。


(すぐ蘇るなら殺す意味ないじゃん)


 非合理的なその行動の理由は彼も知らないようで、首を横に振る。

 内裏で甲斐に目撃されていたのは、どうにかこの危機を帝に伝えられないかと思いうろうろしていたから。確かに彼の位階では、彼から帝へ直接連絡をとる方法はないので仕方ないのかもしれない。


「じゃあ、もう解決ですかね?」


 木像折っちゃいましたし、というと御春清助がいや、と否定する。

 彼らの母は京外のならず者を雇い、現帝と先帝以外にあともう一人の命を狙っていると言った。それを聞いた成明がはっと顔を上げる。


「晴明はどこに行った?」



 彼の言わんとすることを察して、一も二もなく駆けだした。



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