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烏羽色の光  作者: 青丹柳
花蕾
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「さっき誰かこっちの牛車に来ました?」


 牛車の側面の物見窓をスライドして開き、ほぼ隙間なく停まっている隣の牛車のそれをノックする。すぐに開いて、実頼があらわれた。


「いえ、私たちは誰も外に出ていないですよ」


 大体この状況じゃ牛車から出られないですし、と不思議そうな実頼を見てそうだよなあと思った。

 このお祭りは高貴な方たちに大変人気があるようで、祭り見物のための牛車が大渋滞しているのだ。道幅は現在の京都よりも大分広いとは言え、こんなに秩序なく詰まっていると祭りを見物しているのだか立往生してるのだかわからなくなる。

 毎年こうなら交通整理要員の一人や二人用意しておいてほしい。


(うーん、やっぱり風か)


 首をひねりつつ、そうですよねと言って物見窓を閉めた。



 その後は特に気になるようなこともなく、行列が流れていくのを楽しく見物する。

 寛明による行列の衣装解説は面白かった。内裏においても色々な衣を見かけはするが、それがどんなものなのか深く考えたこともなかった。みな同じ衣を着ているように見える武官たちだが実は所属によって文様が違うとか、頭に被っている冠は正装時のみのもので、普段はみんな烏帽子だとか、帝だけは常に冠を被っているとか。


 そういえば、と寛明の烏帽子を見上げた。


「烏帽子取られることは、全裸になるより恥ずかしいって本当ですか?」

「え・・・全裸のほうが恥ずかしいよ・・・」


 何かの授業でそう聞いたのだが、さすがにそこは現代人と変わりなかったようだ。

 やっぱりそうですよねあははと笑うと、一体誰に聞いたのかと若干引きつり笑いを浮かべていた。質問ついでにずっと気になっていたことを確かめてみたい。

 寛明の烏帽子に手を伸ばす。


「その下どうなってるんですか?」

「あ!ちょっ・・やめ・・・・」


 晴明が烏帽子をとったところは毎日見ている。だがそれは湯浴み後の姿なので、烏帽子の中で髪の毛をどのように結い上げているのか見たことがない。

 指をわきわきさせながら寛明ににじりよると、反対に寛明は後退した。


「全裸より恥ずかしくないんでしょう、ちょっとだけです」

「全裸の次くらいに恥ずかしいんです!」


 牛車の中は狭い。最初から逃げ場はほぼないようなものだ。牛車内のことなので咎める周囲の者もいない。

 茶飲み友達とはいえ、先帝にこんなことをすると処罰されそうだが、なんとなく寛明なら許してくれそうな気がして思わず調子に乗ってしまった。

 気分は江戸時代の悪代官だ。


――― パサッ



 御簾をめくる音がして振り返ると、夫と目が合った。










「いや~これ出番なかったですね」


 何かあった時のために色々詰め込んだ籠を膝の上で揺する。ノートパソコン、催涙スプレー、制汗スプレー、ライター、裁縫セット、ドローン、自撮り棒、Bluetoothスピーカーにトラベル救急セットが入っているが、どれも取り出されることはなかった。


「でも何にもなくてよかったですよね」


 ね、という念押しの呼びかけが牛車の中でこだまするが返事はない。仕方がないので、あははと自分で乾いた笑いをあげて誤魔化す。


(やってしまった・・・)


 ついつい調子に乗った結果、不敬をはたらいていると思われても仕方がないシーンを見られてしまった。結果、現在牛車内で針の筵状態だ。


 あの後、居住まいを直した寛明がちゃんとフォローはしてくれた。衣装の話で盛り上がって少し戯れていただけだと、そう言ってくれたのだが、晴明は何も言わず寛明を隣の牛車に案内した。そして晴明自身はこちらの牛車に乗り込み動かすよう指示する。周囲にごった返していた牛車はいつの間にか少なくなっており、もう十分に進路が確保できそうだった。

 予定されていた通りの行動である。晴明邸に帰る晴明と自分、朱雀院に帰る寛明とそこに一泊予定の成明、実頼の三人に別れる手筈だった。


 とはいえ三人に挨拶もせずに離れるのはどうなのだろう、と思うのだがとても言い出せる空気ではない。


 物見窓を数センチだけそっと開けて見る。

 朱雀院に向かう牛車も動き出しており、こちらの牛車と1メートルほどの距離をあけて並走している。方向的に途中まで同じ道を進むはずだ。


(向こうの窓が開けば挨拶できるんだけど)


「気になるか?」


 心なしか、いつもよりもじっとりした晴明の声に振り向くのを躊躇う。挨拶できなかったので、と小さな声で言うと、背後で微かに衣擦れの音がした。

 その音に振り向こうとして、おかしいことに気付いた。


(あっちの牛車、方向が違う・・・?)


 朱雀院に向かう牛車が離れていくのが見えるのだが、本来ならまだ並走するはずだ。

 なぜ、と思い物見窓に全開にしてみたが、そのままあちらの牛車は離れていった。

 今日は通りに牛車が多いので裏道でも通るのか、と思っていたら後方から馬に乗った近衛兵が数名の歩兵を引き連れて窓の前を通り過ぎていく。


「御春清助・・・!」


 朱雀院の牛車を追っている、そんな気がした。



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