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烏羽色の光  作者: 青丹柳
花蕾
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 賀茂祭、平安時代以来の貴族の祭り。起源は欽明天皇の代。飢饉の際に卜部伊吉若日子に占わせたところ賀茂大神の祟りだということで、旧暦4月の中酉の日に行われるようになった祭り。結果、五穀は豊かに実って国民も安泰になったと言われる。


「祭りといえばこれだ」


 成明がにこにこしながら話しているが、そんな楽しそうにしている場合なのだろうか。


 怪しげな人形を落としたという例の将曹については名前はわかった。御春清助という者だったが、急に将曹となったため名前以外にあまり情報が集まっていない状況だ。その急な出世はさる高貴なお方の口添えによるものだという噂があるようだった。

 そこまで調べたところで、御春の動きを監視しているものの相手方にも動きがなくなり、なんとなく穏やかな日々を過ごしている。

 もっと真剣に対応しないのか、と控えめに進言したのだが、手掛かりは掴めたからまあいいんじゃないのというやる気のない反応だった。


(命狙われ慣れしすぎてないか)


 よって、わたしも普通に女孺としてキャリアを積みつつ平安時代の下級女官生活を満喫している。定期的に朱雀院に集まるのは、もはや茶飲みが主目的となりつつある。

 高貴な人ほど暇なのかもしれない。


「祭りといっても、素顔で見られないですからねぇ・・・」

『楽しめない見込みが高いため、欠席予定』

「おい、お前は黙ってろ」


 式神が行間を補って要約してくれた。


 彼らはともかく、わたしは仕事以外の外出では終始顔面露出罪に怯えなければならない。これが外出の大きな障害となっている。渋っていると寛明が大丈夫!と頷いた。


「賀茂祭は牛車から行列を見るんだよ」


 みんな同じ方向を見るんだから御簾を上げてしっかり見れるよ、という言葉に、扇で隠すくらいはしてください!と実頼が口を挟む。それに式神が重ねて、牛車から観覧可能だが扇必須、と口を挟む。文章要約AIは実装しないほうがよかったかもしれない。


 それくらいならまあ、と言いかけて今更だがふと気になった。


「そういえばこの場は顔隠さなくていいんですかね」


 皆がそういえば、という顔をするが、成明が良いと言うので良いということになった。帝が言うんだから良いんだろう。

 寛明が晴明のほうに水を向ける。


「晴明も行くでしょう?」

「妻が行きたいというのであれば」

『出欠は配偶者経由で回答』


 相変わらずの無表情ながら、たまに故意犯的に意地の悪いことを言うことがある。それでわたしが困った顔や憤怒の顔になると歪んだ顔で笑うのだ。

 気乗りしない祭りの出欠回答がわたしに委ねられてしまったので、ギッと睨むといつもの笑みが返ってくる。

 わたしの想像する祭りというのは、浴衣を着て露店を練り歩き美味しいものを食べ歩くものだ。牛車の中から行列をただ見るだけで楽しいのだろうか。


「よし!みんなで行くぞ!」


 しかし成明は回答など求めていなかったようだ。


「命狙われてるのに、大丈夫なんですか?」


 祭りはおそらく大内裏の外だろう。どうしても警備は手薄になるだろうし、危ないのではないだろうか。

 そう言うと、お忍びだから大丈夫だという。

 出会った日の襲撃もお忍び外出だったのでは、と思うのだが本人は気にしていない。


「お忍びより、正式に見物に行ったほうが安心じゃないですか」


 そうすれば警備もちゃんと付くだろうし。それは成明達を心配して言ったのだが、彼は口を尖らせた。そもそもこのお祭りは行列の出発前に宮中の儀というのがあって、そこで帝が送り出した勅使が祭りに参加するらしい。帝は送り出した側なので直接祭りは見ないのだそうだ。故にこっそり見るしかないとのことだった。


 ではせめて二人の乗る牛車を分けたほうが良いと主張し、しぶしぶ受け入れられた。










「わあすごい!」


 目の前を通過する行列に思わず声を上げてしまった。そんなわたしに寛明が行列の内容を細かく教えてくれる。

 乗尻を先頭に騎馬部隊で固められた勅使の列、斎院に連なる女官の列。

 参加前は全く気乗りしなかったが、実物を目にして気づいた。これはテレビでよく見た京都の有名な祭りだ。相当に混雑すると聞くので見に行こうとしたことはないが、まさか本物が見れるとは。


 今、この牛車の中には寛明とわたしだけ。

 危機管理の面から二台の牛車に乗り分けており、片方が寛明とわたし、もう片方が残りの三名となっている。ちなみに、組み分けはわたしが作ったあみだくじで行った。


(ん?女官?)


「寛明様、女官達の列の中に女孺もいるんですか?」

「うん、いるね」


 さっと血の気が引く。

 わたし今日お休みもらってよかったんですかね、と力なく聞くと、いつもの高貴なお方が直々にお休みにしてくれているから大丈夫と笑う。


(どうせなら行列のほうに参加してみたかったなあ)


 せめて知った顔を見つけられないだろうか、と伊予や甲斐達の顔を思い浮かべながら通過する女官達を凝視した。


――― ミシッ


 なかなか見当たらず、思わず膝立ちになってしまう。

 寛明が慌ててわたしの腰を掴んで引っ張った。


「いくらなんでも立ち上がっちゃだめだよ!」


 同僚達を見つけたくて、としゅんとすると一緒に探そうとにっこり笑ってくれる。

 そのたおやかな笑みを見て、そういえば朱雀院に集まるメンバーの中で、唯一柔らかく笑うのが寛明だったなと思った。優し気に、時に困ったように笑いながらみんなの一歩後ろにいる、そんな感じ。

 一歩後ろにいるせいで、一対一で相槌以外の言葉を交わす機会はそう多くなかったのだが、折角なので今日少しでも話せるといいなと思う。


「どんな子?」

「一人は目がくりくりしててかわいい子。もう一人はサラサラ黒髪の塩系美人で――・・・」


 そう説明してる間終始肩を抑えられているのは、さっきの行動でよっぽどお転婆だと思われたからだろうか。


「・・・寛明様、わたしちゃんと座っていられます」

「でも実際さっき飛びあがろうとしてたし」


 蛙みたいに。


「・・・」

「・・・」


 真顔で見つめ合っていたが、どちらも耐えきれなくなって噴き出し、あはははと笑い合った。

 なんだか仲良くなれた気がして嬉しい。


 その時。



――― バサバサバサバサッ



 ハッと後ろを見ると巻き上げていない後部の御簾が激しく揺れ動いている。

 まさか襲撃者かと思い身構えたが、御簾の揺れは次第に収まっていった。


(ただの風?)


 それにしては、人間が御簾の下部を持って前後に激しく揺らしたような動きをしたような。


「怒らせちゃったかな?」


 寛明が困ったように笑った。





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