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烏羽色の光  作者: 青丹柳
花蕾
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 実頼の手引きにより、清涼殿の西、御湯殿で禊を行う。本来ならばここは成明が湯浴みをする場所だが、急遽こちらを借りることにした。自邸には妻がいる。晴明がこれからしようとしていることを知れば眉を顰めるだろう。


 折った人形を見せて来た時の、活き活きとした妻の顔を思い出して、思わず歪んだ笑みを浮かべてしまった。


 彼女は誰に対しても、呪いなんてない、信じないと言って憚らない。我々とは出自が違うのだから当然かもしれないが、その姿勢は好ましいと感じる。彼女は自分の知識、分析、思考に絶対の自信を持って日々を生きているからだ。

 内裏に巣食う貴族たちときたらどうだ。出掛ける日、酒を飲む日、湯浴みをする日、爪を切る日、髪を切る日、何でも占ってくれと懇願してくる。そしてその通りに生きている。果たしてそれは自分の人生を歩んでいると言えるのだろうか。


 一方で、彼女がわかっていない事もある。



(もう寝ている頃か)


 成り行きで始まった唯の共同生活、妻と言う名目での保護監視。それだけなのに、なぜこんなに気になるのだろう。

 身支度を整えながらずっと考えていたが、答えにはたどり着けなかった。





「・・・」

「・・・」


「お二人ともどうしました、喧嘩でもされたのですか?」


 筑後が夕餉の配膳をしながらうふふと笑う。

 妻は箸を持ったままぶすくれて是と答えた。


「晴明様のせいで、腹筋が六つに割れそうに痛いんです」


 既にこの台詞は十回ほど聞いたが、まだ言い足りないらしい。大仰に自分の腹を撫でて筑後に慰めてもらっている。


 右近衛府に赴いた際にたまたま姿を見掛け、後を追ったのはそれなりの理由がある。近衛府などの(つわもの)が集まる場所は気の荒い者も多く、また女性が悪目立ちしやすい。何を目的に来ていたかは大体想像がついていたので、荒事となる前に外へ誘導するつもりだった。


 ただ、詰所でちょっとした悪戯心を起こしたのが良くなかった。成明の言によると、女性はああいった戯れが好きだとのことだったがお気に召さなかったようだ。


 実は、あの場は逃げる必要も誤魔化す必要もなかった。勅許の書を持っていたのだから、それを見せればよかったのだ。そうしなかった理由は自分でもわからない、出来心と言う他ない。



 右手に残る感触を確かめるように、指を開いて閉じる。

 初めて触れた妻の手は、体温が高く少しだけ汗ばんでいて、つきたての餅のようだった。


 もう一度触れたいと言えば、彼女は怒るだろうか。



 悪戯に対してよほど腹に据えかねているのか、恨みがましげにこちらを見る妻には気付かないふりをして強飯を食んだ。












(ああ、眠い・・・)



 昨夜は徹夜してしまったし、右近衛府ではいらぬ疲労を蓄積させてしまった。湯浴み後の髪の水分を丁寧に拭き上げねばならないが、そうしながらも今にも眠り込みそうだ。


 結局甲斐が持っていた人形と同じものは見つからなかったし、文は晴明が回収していってしまった。

 晴明が――・・・・・・



 右近衛府でのことを詳細に思い出して、一瞬で覚醒し目の前の文机にがんがんと頭をぶつける。


(だめだめ!変なこと思い出さない!)


 そういう悪戯はしそうにないタイプだと思っていたが、案外茶目っ気も持ち合わせていたらしい。あんな形でそれを発揮していただきたくはなかったが。


 あのドタバタがあったせいで、折角の昨夜の成果も伝え損ねてしまった。


 拭き上げたタオルを衣桁にかけると、白土壁の部屋を振り返る。半開きになった戸から光が漏れているのでまだ起きているのだろう。

 何時までも怒っていても仕方がないし大人げないということはわかっている。平常心、平常心、と唱えて塗籠の中に滑り込んだ。



「これは?」

「人工知能を入れた携帯電話です」


 白いほうの社給携帯を晴明のほうに差し出す。


 ちょうど携帯電話を二台持っていたので、晴明の分も用意したのだ。

 一般的に、人工知能を作る場合は膨大な学習用データが必要になる。人間と同じで、そこから考える力を学びとる。そういった学習用データは大容量ストレージに格納されているので、ネットワークへの接続は必須となるのだが今回本当に助かったのは、既にある程度の学習が済んだ人工知能が手元にあったことだ。


「でも、何でもできるわけじゃないです」


 手元にあったのは、議事録自動生成用の文章要約AIと映像情報から短期~長期の将来予測を行うAI。後者はともかく前者はとても役に立ちそうもないが、両方搭載した。つまりできることは映像情報からの予測と文章の要約だけ。

 予測のほうを活かせれば、刃物なので攻撃された時に自身へや最適な避け方など警告できるかもしれない。


(まあ即死するような場合だと役にたたないけど)


「インタフェースは声・・・ええと、声で操作します」


 白いほうは晴明の声に、ピンクのほうは自分の声にだけ反応するように調整した。

 名前は、晴明の職業上違和感のないよう”式神”にした。よくわからない物に神聖な名前を付けるな、とか言われたらどうしようか心配したが、特に異論はないようだった。


「本当は寛明様と成明様に持たせたいですが、充電の問題があるので」


 バッテリーはもって一日だろう。そうすると今板間にある大容量バッテリーから充電する必要があるのだが、二人が毎日ここへ来るのは難しいので断念した。二人とも同じ場所に住んでいるのであればまだやりようがあったが、成明は内裏の清涼殿、寛明は大内裏の外の朱雀院に住んでいるのでそれも難しかった。


 晴明は理解が早い。簡単な説明で概ね理解できたようで、人工知能だけでなく携帯電話の基本操作もすぐに慣れた。

 平安時代の人が携帯電話を操作する姿はなんだかおもしろい。


(さてと)


 成果の共有もできたし、眠気が限界なのでもう寝よう。

 掛布団代わりの衣を顎下まで引き上げる。今日はあっと言う間に眠りに落ちることができ――・・・



「今日はないのか」

「・・・え?」


 閉じかけていた瞼をこじ開けると、晴明が涅槃仏のような姿勢でこちらを見ていた。


「催眠の術」


 子守歌のことかと思い至り、はてそんなに催促されるようなものかと不思議に思った。

 あれは沈黙の気まずさ対策半分、夜更かしのために灯りを消さないことに対する嫌味半分で毎日歌っていたのだが、まさか催眠の術をかけようとしていると思われていたのか。


(お望みであれば)



――― ねんねんころりよ、おころりよ


 いつも通り、先に子守歌の成果がでたのはわたしのほうだった。


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