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烏羽色の光  作者: 青丹柳
花蕾
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13

 わたしが出仕すると、甲斐は明らかにほっとした表情を浮かべた。

 それでもまだ呪いに怯えているようで、七殿五舎の掃除に向かう間もわたしの陰に隠れるように行動していた。昨日の晴明の話だと、あの呪具の狙いは寛明と成明ということだったので甲斐は完全なとばっちりなのだが、それを説明することはできない。


(いや、でも待てよ)


 呪いなんて気持ちの問題なのだから、実質無害なのでは。

 一瞬安心しかけたが、最初の夜の襲撃者が物理攻撃していたことを思い出しげっそりした。呪いはともかく刃物で切られたら死につながる。


 犯人の動機はなんなんだろう。

 帝が狙われるというのは然もありなんだが、譲位した先帝まで狙うだろうか。引退した人まで狙うというのはなんだか違和感がある。


(帝が消えたあとの後継者争いの種を潰す、とも捉えられるけど)


 ぐるぐると考え事をしていると、いつものルーチンワークはあっという間に完了した。



「ねえ、誰かこの文を右近衛府の将曹様に持って行ってくれない?」


 内侍所に戻ると、掌侍が文のついた枝を掲げている。

 右近衛府の将曹と聞いて、一も二もなく手を挙げると文を受け取った。絶好の情報収集チャンスだ。弘徽殿からだから大切にね、と念を押される。

 伊予たちも着いてきたそうだったが、一人で大丈夫だからと押し切って出た。


 はりきって宜秋門(ぎしゅうもん)を通り抜け、右近衛府に向かう。 

 文を持ってきましたと告げると、建物前の門番は簡単に通してくれた。ついでに聞いてみる。


「将曹様宛てなのですが、どちらにいらっしゃるのでしょう?」

「どの将曹様ですか?」


 将曹というのは役職であり主任クラスなのだとすると、当然たくさんいるだろう。答えにつまってしまった。

 甲斐を連れてくればせめて顔で判別できただろうに、と考えてますますまずいことに気付いた。まずこの文の宛先の将曹は例の件と同一人物なのか。


「あ、やっぱり・・・自分で探しますわ」


 おほほと愛想笑いして右近衛府に足を踏み入れた。


(ええい、ままよ)


 宛先がわからない以上一度内侍所に戻ることになりそうだが、文の運搬という大義名分があるうちにできるだけ情報収集しておこう。

 場所柄女性がいるのが珍しいのか、じろじろと見られるのが少々居心地悪い。文の運搬であることを主張するため枝を掲げながら歩いた。


(ロッカーとかに例の人形置いてないかな)


 一般的にロッカーのようなものは人気の少ない奥のほうではなかろうか。こそこそ辺りを伺いながら奥のほうへ進んでいく。

 あわよくば、そのロッカーに名前が書いてあるといいんだけど。

 当りをつけた建物にするりと入ってみた。つんと鼻の奥をつくにおいがする。簡素な厨子棚が壁に沿って整然と並んでいるだけで他には何もない。思惑通りの場所に見えた。


(学校の武道場のにおい)


 つまりはすえた汗のにおいだが、学生時代を思い出して懐かしくなった。いつの時代も男性が大量に集まると同じ匂いがするようだ。


 さて、と袖を振り上げて両手をわきわきさせた時、背後でミシッと板が鳴く音がして固まった。

 


「・・・」

「・・・」


「・・・こんなところで何をしているんです、晴明様」



 勢いよく振り向いたのち、背後の人物が誰であるか認識して脱力した。


 彼のほうは驚いた素振りがないので、途中で見かけて追ってきたのかもしれない。とりあえず見られても問題ない人だったので家探しを再開する。厨子棚の観音開きの戸をがちゃがちゃ開けながら、文の運搬中だと簡単に状況を説明する。

 誰かが来る前にあの人形が見つかるといいんですけどね、と言いながら晴明のほうを向いた時。


――― あいつのう・・さ・・・たか?


(誰かこっちに来る!)


 文の運搬中に迷っちゃいました、で誤魔化せるだろうか。かなり奥のほうに来てしまっているので怪しまれるかもしれない。それに、晴明がいることについてうまい説明が思い浮かばない。

 突き当りの蔀戸が上部のみ開け放されているのが見える。あそこから出るしかない。


 焦って晴明の前に立った。


「早くあっちから逃げまし・・・ぉえ゛」


――― トン


 肩に何かが軽く触れ押される。目線の高さが下がる。尾てい骨に衝撃。


(・・・え?)


 眼前に、プールから上がりたてのような血色の悪い唇。左手に、筋張っていてひんやりとした指が絡んでくる。


(・・・ええ??)


 もう片方の手が背に添えられ、晴明のほうにぐいと抱き寄せられて密着する形になった。微かに額に息がかかってこそばゆい。

 直後に、戸をくぐって数名の男性が入ってきたようだ。


「本当だって、上官から聞いたから間違いな・・・」

「・・・」

「・・・」


 今、彼らはどんな顔をしているのやら。

 わたしからは晴明が邪魔になって全く見えないが、場の空気が凍ったことだけはわかった。



「無粋ですね、取り込み中ですよ」



 この状態では、目の前の青白い喉仏が、上下に動くさまをただ眺めるしかない。

 返事は聞こえなかったが、ガタガタッと彼らが慌てて出ていく音がした。誤魔化しかたが力業過ぎる。


 でも助かった、とほっと息をつくと起き上がろうとした。


「・・・?あの?」


 晴明が全く体勢を変えないので起き上がれない。途惑いを表すと、まだ彼らが戸口にいると耳打ちされた。

 わざとらしく吐息で話すので、耳がぞわぞわする。


(まさか、面白がってないですよね)


 じとりと見上げたものの、耐えるしかなかった。



 上体を中途半端に反らした状態で、その後十分以上腹筋を鍛えるはめになってしまった。




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