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烏羽色の光  作者: 青丹柳
花の浮橋
125/126

125

――― ピッピッピッ


 規則正しい電子音が耳に障る。

 同時に奇妙な懐かしさも覚えていた。


(なん・・・だっけ・・・)


「――さん、お見――・・・よ!・・・かった――」


 誰かがわたしに話しかけているようだが、絶妙にノイズが入ったように聞こえて内容はさっぱりわからない。

 ああ、左側頭部がガンガンと痛くてロキソニンが飲みたい。


――― さわっ


 誰かがわたしの両手を握る。体温や手の平の形が違うので、左右で違う人物が握っているようだ。握った状態で力強く揺すられるので顔を顰める。

 加えて頬も撫でられたのだが、その手は酷く冷たくてぎょっとした。

 周りに立つ複数の人物は、何やら一生懸命わたしに呼び掛けているようだった。


(やめて、起こさないで。もっと寝ていたい)


 嫌々をするように可動範囲で小さく首を振る。

 そうしたら、周りが明確に息を呑んだ気がした。一瞬時が止まったようだったのに、わっと群がられて更に大きな動作で手や頬に刺激を与えられる。


(ああ、もう!)


 一回起き上がって文句を言ってからもう一度寝よう。


「うぅー・・・ん」


 気怠さを抑えつけて、ゆっくりと瞼を開いていく。

 眩しくて焦点の合わないぼんやりとした視界には、真っ白な天井と真っ白なカーテン、それから覗き込むいくつかの顔が―――

 がばりと身を起こした。

 ここは紛れもなく病院の一室だ、と思うのだが。


「・・・ッ!?えっ、ここ・・・天国?皆どうして・・・亡くなったはず、なのに」


 動揺のあまり片言の日本語になってしまう。


(わたし、帰って来たの?みんなも一緒に来たってこと?)


 わたしが横になるベッドを囲んでいたのは、もう一生会えないと思っていた朱雀院の四人だった。 

 眩しさに目が慣れて一旦明瞭になったはずの視界がぐずぐずと滲んでいく。

 掠れた声でどうしてと呟くと、最初に現代に戻ろうとした際に用意した文の中の座標からたどり着いたと言う。そういえば四人の文にだけ事故現場あたりのGPS座標を書いたんだっけ。

 皆顔つきも昔とほとんど変わらないが、少しだけ雰囲気が違うので当然と言えば当然だが肉体としては別人なのだろう。


「日付と座標しかなくて西暦何年か書かないから、俺達は毎年事故現場を探すはめになったんだぞ!!」

「おかげで死神扱いされちゃって」

「事故が起きやすいポイントは把握できましたけどね」


 溢れる涙を止められなくて、目をごしごしと擦りながらぐるりと懐かしい顔を見回し、寛明の肩に飛びついた。


「えっ最初に僕??嬉しいなあ」

「ここ病院ですよね!?人間ドック受けてください、今すぐ!!!」


 ガクガクと揺すりながら力の限り説得する。あははと笑いながらされるがままの寛明は、見たところどこも悪くはなさそうだ。洋装なのが激しく違和感を放っているが、昔と違わずどこか品のある雰囲気を湛えている。

 だけど齢三十で急逝したショックは忘れられない。まだまだ皆と一緒に過ごせると思っていたから、あんなに早く亡くなるなんて受け止める覚悟ができていなかった。わたしがどれだけ泣き暮らしたと思っているのか。

 生まれ変わったのか、わたしのように移動してきたのかわからないが、今世では百まで生きてほしいと言うと、横からさすがに難しいだろうという茶々が入れられる。


「成明様!!!!」


 茶々を入れた本人は自分に飛び火するとは思っていなかったようで、肩を掴むと目を丸くしている。

 構わずこちらもガクガクと揺すってやった。


「成明様も早死にしすぎなんですよ!!人間ドック、早く!!!」


 成明もまた四十二歳で急逝した。在位中に内裏で亡くなったものだから、寛明の時と同様に覚悟ができておらず大泣きして何もかも手につかなかったのを覚えている。

 わたしの剣幕に成明がぽりぽりと頬を掻くと、照れくさそうな顔をしてピンッと額を指で弾かれた。


「お前さっきまで意識不明だったのに、起きたら起きたで騒がしいったらないな」


 わたしもどうやって戻って来たのかわからないが、意識としてはさっき死んだばっかりだ。

 ちょうど走馬灯としてあれこれ思い出しながら目を閉じたところだったのだから、言いたい事は山ほどある。まだまだ言い足りないぞと実頼に向きなおった。


「実頼様、わたし良い娘でしたか?」


 おしぼりでデコピンされた額を冷やしてくれるマメさは昔と変わらない。

 質問には訝し気な顔をされたが、ぶっきらぼうにそうですなと返された。


「栄養のあるものを全て食べさせようとする余り、想像を絶する料理を毎回拵えるその才能には恐れ入っておりました」

「・・・へへへ」


 寛明と成明を早くに見送ったので、残った晴明と実頼には絶対に長生きしてほしかったのだ。

 特に実頼はそもそもの年齢がわたし達よりもずっと上ということもあり、滋養強壮にいい食べ物や体に良いと明確に判断できるものを手に入れる度せっせと食べさせた。

 とりあえず良いものを全部詰め込め精神で味は二の次だったので、食べさせられる側としては苦痛だっただろうなと今ならわかる。


「・・・私は齢七十で逝きましたが、あの時代では大往生でした。きっと娘の御蔭でしょうな」


 その言葉に目を潤ませて微笑むと、最後の一人に目を向けた。


「置いて逝ってしまってごめんなさい」


(それから、最期の願いを叶えてくれてありがとうございます)


 目を細めて冷たくわたしを見下ろすその顔貌は、記憶と寸分違わない。

 相変わらず薄い反応ではあるが、終生連れ添ったのだから今更気にはならなかった。


 わたしの命の灯が消えた日、唯一の心残りは晴明の事だった。

 塗籠の中でわたしを抱き起す晴明の瞳には、明らかに今後の人生に対する絶望が見て取れた。そんな顔をせず、残りの生も全うしてほしいのに。

 とはいえわたしに出来ることはもう少ない。


『お願いがあります。事故に遭う瞬間のわたしを最初に出会ったあの時のあの路地に呼んでくれませんか』


 本当にできるかなんて重要じゃない。

 実現に向けて尽力することで晴明にも活き活きと前向きに余生を過ごしてほしくて。

 でもわたしがここに居て彼らの事もしっかり覚えているということは、本当に不可思議ではあるけれどそれは成功したのかもしれない。


「?なんですか」


 じっと無言でわたしの顔を見つめ続ける晴明に困惑していると、成明がにやにやしながら口を挟んだ。


「そういえば現代では晴明は道満に妻を寝取られたことになってるんだぞ。悔しくて言葉もないんじゃないか」

「ええ!?わたし浮気なんてしなかったです!」


 誰だそんな噓話書いたのは。

 晴明も道満もあの時代のフリー素材みたいなものだから、おおかた誰かの創作物だろう。


「あれ、浮気と言えば・・・さっきの方について聞いておかなくて良いですか」


 実頼と成明、寛明が顔を見合わせている。


(浮気と言えば、ってまるで浮気からわたしが連想できるかのように言わないで!)


 むっとした顔でそっぽを向いた時、ものすごく気になる情報が耳に飛び込んできた。


「さっき"彼氏だから会わせろ"って主張する男性が来て、晴明が追い払っちゃったんだけど・・・心当たりある?」

「え・・・?」

「スーツを着ていて、いかにもサラリーマンって感じの同年代の男。大きなスーツケースを持っていたな」

「押しが強くていけ好かない若造でしたねぇ」


 一旦一生を終えた身としては遠い昔過ぎてはっきり思い出せないが、思い当たることがないでもない。

 きっとそれは―――


「あの・・・それ思い当たる人います。ここ数十分の話ですか?ちょっと追いかけようかな」


 ベッドから足を下ろそうとすると、さすがに止められた。医師の許可なく歩き回れないよという指摘はその通りなので追いかけるのは諦める。


「ねえ、もしかしてあれ本当に彼氏?すごーく生意気そうだったよ?」

「あれが??あんなチャラそうな男がいいのか?絶対遊んでるに決まってる!!やめとけやめとけ」

「あれは事故物件です」


 皆ひどい言いようなので思わず笑ってしまう。大丈夫、彼氏にはなってもらえなかったくちだ。


「違いますよ!わたしが勝手に好きだっただけです。でも事故に遭う前に振られて・・・一緒に旅行に行く約束をしていたからキャンセルの連絡と、懐かしくてちょっと顔が見たいなと思っただけです」


 事故の直前のメンタルではこんなに明け透けに話せなかっただろうが、体感で言えば数十年前の話だ。

 遠い昔の甘酸っぱい思い出に過ぎない。


 へへへと照れ笑いしていると、表情を強張らせた成明が目配せをしてきた。


(ん?)


 成明の視線を巡ると、さっきから押し黙っていた晴明が視線だけで人を殺せそうな顔をして私を見ている。


「・・・その眼力で睨むのはやめてもらえません?」


 また気を失ってしまいそうだ。

 その時看護師さんが入ってきて、目を覚まされたのなら検査しますから今日はもう面会は終わりですと告げた。










(あ、忘れてた!!連絡手段ないんだ・・・)


 退院手続きを進める途中で、急遽退院日が一日前倒しになった。

 元々の退院日には皆が迎えに来てくれることになっていたのだが、退院日変更を伝える手段がない。私用、社給携帯共々失っている上に、彼らの連絡先も聞いていなかった。病院にさえ来てもらえれば連絡には困らないと思っていたのだ。


(失敗した・・・!)


 仕方がないので、現状最善の策として看護師さんに事情を話して伝言を頼んでおいた。

 礼を言うと、病院の外へ足を踏み出す。


――― ウィーン


 自動ドアを抜けると、初夏間近の爽やかな夕風が全身を擽る。同時に雑踏の声、車のクラクション、爆音でリピート再生される広告、電車の騒音が遠くに聞こえて現代に戻ってきたのだと実感した。

 喜ばしいことなのに、戻ったら戻ったであの不便で厳かな平安の時代が恋しくなるのだから勝手なものだ。


(さて、駅はどっちだっけ)


 病院のロータリーの端に沿って歩き出した時、するりと黒い車が横付けされたので乗り降りの邪魔かもしれないと小走りで避ける。

 数メートル先でもういいだろうと速度を緩めたのだが、もう一度さっきの黒い車が横付けしてきたのでさすがにぎょっとした。


(何!?変な人・・・?)


 こんなところで知り合いに会う確率も限りなくゼロだし、なによりわたしの周囲に車を持っている友人はいない。

 車の方は見ないようにして歩を速めた時、クラクションが一度鳴らされた。こちら側に面した窓がスルスルスルと下りて、よく見知った顔が中から覗く。


「乗れ」

「・・・晴明様?」


 何故いるのかとか、何故退院日の変更がわかったのかとか、色々頭に浮かんだものの、ロータリーの入り口側から新たな車が進入してきたので慌てて乗り込んだ。






 窓の外を流れる空が、夕焼けから夕闇へ変わっていく。


 牛車の軋むような移動音にすっかり慣れていたから、車は静かすぎて落ち着かない。こんなに静かなものだったっけ。それともこれは高級車で、だから特別静かなのだろうか。


(車の種類はよくわからない) 


 さっきから何を話しかけても生返事なので、コミュニケーションはとっくに放棄している。

 横浜駅で下ろしてほしいとだけ伝えると、あとは只管窓の外を眺めていた。


 助手席の窓ガラスに、薄っすらと晴明の横顔が映る。相変わらずの整った顔貌はあの時代に見慣れたものにそっくりだが、きっとあの時代と同一人物ではない、もしそうだとしたら人間ではなくなってしまう。

 どっちにしろファンシーな発想ではあるが、きっと生まれ変わりのようなものだと推測する。


(ってことは、関係性という点においてはリセットされてると思っていいんだよね)


 ある程度覚えていることがあるにしても、皆初めましてだ。

 先日皆と再会した時は懐かしさのあまり昔のように接してしまったが、ほぼ初対面だと思って一から関係性を構築していくべきだろう。晴明が終始生返事なのも、ほぼ他人として認識されているからかもしれない。

 死にたてほやほやのわたしとしては、うっかり馴れ馴れしく話しかけてしまいそうで気を付けなければ。


 そう思いながら、代わり映えしない外の景色に眠気を誘発されて首元を少しだけ寛げた。


(ちょっとだけ・・・)




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