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烏羽色の光  作者: 青丹柳
天花
123/126

123

――― みしっみしっ


「・・・遅いね」

「・・・ああ」


――― みしっみしっみしっ


「・・・~~っ実頼!!うろうろするなって!!」

「仕方がないでしょう、座っていると心が落ち着かんのです!」


 最初は触れないつもりだったようだが黙っていられなくなった成明にくすくすと笑う。

 実頼の心の騒めきと落ち着かなさの理由は成明だってわかっている。ここに居る全員が同じ気持ちなのだから。


「昨日の昼には無事に都へ着いたと文が届いているんだ、落ち着け!」

「わかっていますとも!!」


 薄々と予感はあったが、あの二人はやはり播磨でも例に漏れず騒動に巻き込まれたらしい。


(正しくは、騒動を起こした、かな?)


 心配する気持ちももちろんあるが、あの異母兄が付いているのだ。万一彼女の身に何かあれば手段を選ばず必ず守るだろうから深刻には捉えていなかった。

 彼女はどのような冒険をしてきたのだろう。時に眉を顰め、時に口を尖らせ、時にはにかみながら語られる彼女のおとぎ話のような心躍る冒険譚が早く聞きたい。

 いや、それはもとより彼女に早く会いたい、声を聞きたい。

 実頼の事を笑えない。そわそわして仕方がないので何か話をしていないと心を落ち着けられそうになく、最近聞いた播磨の噂について話し始めた。


「ねえ、あの話本当かな?空を―――」

「お久しぶりです!」


 その声が響いた途端、朱雀院の中が春の陽だまりのような暖かい光でいっぱいになったような気がした。







「呼んでください!」

「嫌だ!」

「何でですか、いいでしょう、ほら!!」

「い!や!だ!不敬罪を適用するぞ!!」


 強情っぱりの成明がむすっとそっぽを向くので、立ち上がってそちらの方向へ移動すると手を振ってアピールした。が、速攻で反対側に頭を振られてしまう。


「だって兄の妻なんですから全然間違ってないでしょう。さあ、御義姉様と呼んでください!」


 予想通り成明は断固拒否の姿勢を崩さない。いや、予想以上に拒否されるので少しだけ傷ついた。これ以上言っても今は呼んでくれないだろうから時間をかけて懐柔しようか。

 そう思った時。


「義姉上」


 すごい勢いで振り向くと、にこっといつも通りの上品な笑みを浮かべる寛明と目が合った。


「!!!」

「あはは、すごい顔してるよ」


(は、破壊力・・・)


 この年で弟ができるなんて、という感動で言葉が出てこない。

 可愛い弟は少しだけ首を傾げると、あざとく呟いた。


「うーん、なんだか背徳的な響きがあっていいね」

「お前・・・」


 成明の胡乱な目が懐かしい。そうそう、朱雀院ではこういうやり取りが十八番だった。

 姉らしく、にこにこと微笑みかける寛明の頭でも撫でようかとにじり寄ると、あまりにも目がギラついていたからか途中で晴明に止められる。変質者を見るような目はやめてほしい。

 もう一回、もう一回、と寛明に強請っていると、違う方向からか細い声が聞こえた。


「・・・義姉さ、ん」

「!!!」


 感動のあまり成明に飛びつこうとするわたしと、それを止める晴明。何故か唇を尖らせてそっぽを向く成明とくすくす笑う寛明。

 元々この時代での家族のようなものだと思っていたけれど、義理とは言え本当に家族なのだと知って嬉しくないはずがない。

 晴明の膝の上で狂喜乱舞するわたしを見ながら、義理の父と言っても過言ではない実頼が呆れたような声を出した。


「普通はもっと気にすべきところがあるのでは?帝との縁戚関係は内裏で最も強力な武器になるのですから」


 その言葉に、寛明と成明、特に成明の表情が冷や水を浴びせられたように固まった。

 彼はその重すぎる立場に思うところがあるようだから、複雑な気持ちになるのも仕方がない。でも―――


「わたしにとってはただの可愛い弟達ですから」


 わたしは血筋より実力で成果を出します!と元気よく力こぶしを見せると実頼が卒倒しかけた。人前で二の腕を見せるものではないらしい。

 さっさと腕を仕舞いなさいというお小言を聞きながら成明の顔を伺うと、さっきの凍り付いたような表情は消え失せ代わりに桃色の頬を膨らませてなんだかぷんすかしている。


(百面相?)


「いいから播磨の話を聞かせろ!どうせまた暴れてきたんだろう」

「また人をゴジラみたいに言う・・・」


 どの話からしてあげようか。

 期待に満ちた目でわたしを見る弟たちが喜びそうな話題はなんだろう。そう考えながら口を開いた。







――― すぅ・・・すぅ・・・


「やはり疲れていたんだろうな」


 置畳の上で寝転がり唇を薄く開けて心地よさそうに眠る義姉を眺めていれば自然と目尻が下がる。

 彼女がどんな反応を返すのか不安で自分達の関係性を詳らかにしていなかったし、晴明はもとより身分など気にも留めない類の者だ。

 自明はそういったこちらの事情も知らずに明け透けに話したようだから最初は余計な事をと憤ったが、彼女の喜びはしゃぐ様を見ていると何故もっと早くに言わなかったのだろうと後悔した。身分に関係なく縁が続いている事をこんなに喜んでくれるなんて。

 いつまでもこの幸せそうな寝顔を見ていたいと思っていたが、さっと濃紺の袖が翻ってその顔を隠してしまった。


「相変わらずだな、本当に」


 寛明も隣で苦笑している。その後ろで実頼が立ち上がるのが見えた。あの面倒見のいい実頼の事だ、風邪をひかぬように掛ける衣でも取りに行ったのだろう。


「しかし自明の思惑が斜め上過ぎて、結局俺にはよくわからなかったな」


 晴明からの文で予め大まかな顛末は聞いていたものの、まさかあの自明がそんな想いを持っていたなんて。


「僕は何となく気持ちがわかるよ」


 くすっと笑う寛明を振り向くと目を細めて晴明を見ていた。


「自明は昔から晴明の事を気に入っていたからね。それに彼自身結婚前のあの騒動もあったし・・・彼なりに晴明の婚姻を心配したんだと思うよ。何と言ってもあの晴明だよ?女性どころか人間に興味を持つとは思えないから、進んで妻を娶ったなんて普通は誰も信じないよ」

「それにしたって無理に離縁させようなど・・・怖いもの知らずだぞ」


 思わず本音が漏れてぶるりと身震いした。

 尤も彼は都を離れて久しいので実際の彼ら夫婦の関係を把握できていなかった可能性が高く、俺や寛明が適当な女を政略的に娶らせたと思ったのかもしれない。


 当の本人は涼しい顔をして袖の下の寝顔をつっついている。


「・・・本当に、晴明は一貫してるね」


 常に彼女に触れていないと禁断症状でも出るのだろうか。見る度に彼女への執着が重くなっており、人知れず同情する。

 無表情にその顔面を撫でまわす異母兄をじっとり見た。


「よく()()したな」


 すっと切れ長の黒紫の目がこちらを映す。


「殺める寸前でした」


 まああれでも異母兄ですし、何より万一妻が勘付けば心を塞ぐかもしれませんので。

 くくっと笑いながら言うが、表情と内容の温度感が合っていない。


「それに」

「・・・それに?」


 数か月ぶりに見る狂気の笑みに、何を言うつもりかと身構えた。


「妻が私との子を望んでいると打ち明けたので不問に」


 成程、晴明に対する心の内を知る機会となった故、既の所で命を繋いだか。

 とん、とん、とん、と足音が近付いて、実頼が彼女に衣を掛けながら恐る恐る問うた。


「しかし自明様は播磨に戻られてからお加減を悪くされていると聞きましたが」

「ああ、それは狐の女の執着を受けてでしょう。会いに行ったようですから。人ならざる者の執着は並みの者では耐えられずに心身を蝕まれる事もあります」


 淡々と言うが、全員の視線が彼女の寝顔があるだろう辺りの袖に集まる。


「神経の図太さからして、兄上のそれは恐らく一時的なものでしょう」


 興味がなさそうにそう嘯くが、違う、そうじゃない。

 誰もが一言も発さずに袖を凝視したままだったので、やっと全員の案じている内容が伝わったらしい。にたりと歪んだ笑みを浮かべて、袖の向こうの彼女の顔に何かした。小さな呻き声が上がる。


「憂う必要はありません。妻にはそのような事が無きよう調()()しています。それでいて、大事に大事に囲って、幾重にも枷を繋いで、その全てに干渉し守っているのですから、何と妻想いの良き夫でしょう」


 安心して良いのか、更に不安を感じるべきなのか、どちらか決めかねて全員が困惑の表情を浮かべる。

 朱雀院内の空気が固まった、その時。


「・・・う・・ぐぇ・・・ぶっ!!・・・なんですか、やめてくらはい」


 寝起きだからか若干舌が回らない様子の声が上がったので、緊張した空気があっという間にほどけた。


「いつの間にか寝てしまいました・・・何です?何の話をしてたんですか?・・・もしかして、鼾かいてました?」


 顔に掛けられた袖を押し退けたことで全員が自分を凝視している事に気付き、ゆっくり身を起こしながら気まずそうに聞いてくる。

 有りの侭話すのは憚られたので、こほんと咳払いしてから温めていた話題を満を持して口にした。




「実はお前たちが播磨へ行っている間に、内裏で少し困ったことが起きてな―――」



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