12
「で、なんでこうなった?」
成明たちの前の床に転がるのは、目の前には無残にも折れた木の板の人形。
甲斐を送り届けた後、晴明と合流して人形の話を報告した。日付、人数や衣の特徴から、人形を落としたのはわたしがこの世界に来た夜に見た襲撃者ではないかと思われた。そこですぐに朱雀院に集まることになったのだが、そう言われるのは覚悟していた。
人形を引き取ろうとした時、甲斐がわたしへも呪いが降りかかるのではと心配して渋ってしまったのだ。それで、呪いなんてない、平気だと安心させるために思わず。
「どうやって折ったんだ」
「両端を持って膝で蹴り上げました」
「・・・」
無法者を見るような目はやめてください。
一応、体調はどうなのかと気遣ってくれたが、所詮呪いなどノーシーボ効果がもたらすものだと思っているので何の問題もない。
現代なら証拠隠滅罪的なものに問われそうだけど、この時代じゃどうせ指紋すらも取れないし。そう思っていたら晴明が風呂敷のようなものにさっさと人形を包んでしまった。
「わかったことがあります
これは寛明様と成明様、両方を狙ったものです」
二人が顔を曇らせる。
「二人ともか?」
ええ、そう書いてあります。そういって、風呂敷を指さす。
わたしには読めなかったが、崩し文字なのかもしれない。
寛明の在位中から、長きに渡って二人とも不定期に命を狙われていたようだ。状況からどちらを狙っているのか判然とせず、標的がわからないままだったがこれではっきりした。
明日以降はその将曹を探ろう、という話までして今日は解散となった。
「晴明様」
実頼がチラと晴明を見て促すと、彼も頷く。
(?)
車宿まで案内されると、朱雀院の周囲は警備の兵が焚く松明の灯りが点々としていた。初めてここへ来た夜はどこにも兵の姿など見えなかったが、さすがに用心を重ねている。
よっこいしょと牛車にの乗ると、晴明に加えて実頼も乗ってきた。
「実頼様も同じ方向なんですか?」
以前は別の牛車で帰ったはず、と思って聞いてみれば、晴明と実頼はこれから仕事があるという。
その夜はわたしだけ家に帰され、牛車は夜の京に消えていった。
(千年前の社畜、か)
さすが霞が関、とつぶやいてみたものの、少しだけ疎外感を覚えて寂しくなった。
誰もいない静かな家の中を突っ切って、庭に出た。
庭に置きっぱなしになっていた大型バッテリーを持ち上げる。太陽光からの充電が完了しているのを確認すると板間に引っ張り上げた。
この世界に慣れるのに精いっぱいで、ただただ普通に生活してきたが、自分のアドバンテージをもっと活用しなければならないと思う。今後きな臭い事に巻き込まれる可能性も高いのだから、なおさら。
(とは言っても、インターネットに接続できないと、できることがほとんどないんだよなあ)
衛星が飛んでいないのでGPSも使えない。この状況で最大限できることは何だろう。
スーツケースをがばっと開けて中身を吟味する。色々雑多に詰め込まれているが、ぱっと目を引くものはない。
できること、できること。
「・・・」
ふと、晴明の顔が浮かんだ。安部晴明、陰陽師。陰陽師が使役するのは、式神?
(!)
自分の荷物の中から、私用の携帯電話と社給の携帯電話、それからノートパソコンを取り出す。
晴明は、おそらく今夜は帰ってこないだろう。
あちらも働いているのだから、わたしだってしっかり働く。よし、と気合を入れてノートパソコンを起動した。
*
(徹夜してしまった・・・)
社畜の必須スキル、徹夜耐性があってよかった。
疲労感はあるものの、同時に達成感もある。両手に持つ白とピンクの携帯電話を握りしめた。
結局、晴明は戻ってこなかった。
昨夜の成果について話したいが、宮中で会えるだろうか。ピンクの携帯電話だけを持ち上げたが、晴明に会える可能性も考えて両方とも懐にしまった。
まだ動作に不安もあるが、細かいテストに時間もかけていられない。運用しながら修正していこう。
日が昇る少し前に屋敷へ出勤してきた筑後に衣を整えてもらう。なんとかそれっぽい形に着ることはできても、まだ一人で完璧に着ることができない。
見送る筑後に手を振って、牛車に乗り込んだ。
(呪いでも鬼でもなんでも来い!)
いわゆる徹夜ハイ、という状態である自覚はある。