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烏羽色の光  作者: 青丹柳
天花
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 ここ数日考えに考え抜いた、地面に書かれた設計図を囲む。ああでもないこうでもないと議論していると元の仕事を思い出して心が躍る。

 共通の単位、指標、式があるわけではないので設計図の説明が感覚に頼ったものになるのが不安ではあるが、グリッドを引いてできるだけ具体的に伝わるように工夫した。


「で、機体の横転を操作する補助翼、左右の首振りを操作する方向舵、上昇下降を操作する昇降舵の三つで操縦します。翼はできるだけ長く取りたくて、翼端はこうやって折ってほしいです」

「作れそうではあるんすけど・・・理屈がむ・・・難しいっすね・・・。なんで翼端を折るんすか?」

「翼端渦が・・・えーと、後ろに引っ張って飛ぶのを邪魔してくる力を打ち消すためです」

「じゃあさっきの重さの件の解決方法は――」


 本来であれば休憩時間なのだが、話始めると止まらなくてずっと議論を続けるわたしたちの後ろに立った道満が不満の声を上げた。


「おい、いつまで話してんだ。長えよ!」


 口を尖らせてぶつぶつ言うので元忠や木槌の男たちと顔を見合わせる。確かに白熱しすぎて皆喉がカラカラだ。

 一旦休憩という事にして、やっとおやつに口を付け始めた。


「制作に協力してもらえることになって、すごく助かりました。ありがとうございます」


 設計はまだしも制作については熟練した技術が必要だ。わたし一人では到底実現できない。

 干した木の実を口に入れながらお礼を言うと、元忠が鼻を掻いてちらりと道満を見た。


「まあ道満が協力してやれって言うから・・・礼なら道満に言ってくれや」

「道満様もありがとうございます!それに、連日の付き添いも」


 この難題に取り組めたおかげで、思い悩んでいた夫との今後について一時的に頭から追い出すことに成功した。やはり持つべきものは信頼できる友人と、熱中できる物事だ。


「お前はつくづく変な事が好きだな」


 頬杖をついてつまらなさそうに言う道満は、こういう議論には興味がないらしい。今日もひたすらわたしの周囲をぐるぐるとうろつくだけだ。

 それでも決して離れず見護るようなその視線に、理由も無くそわそわとしてしまう。


「まあ少しは元気になったみたいでよかったんじゃねえの」

「はい!道満様のおかげです・・・って・・・ちょっと!」


 ほくほくと心躍る気持ちのままに微笑むと、面映ゆそうな顔をした道満が懐から取り出した仏具で頬をつついてくる。

 木の実を頬張っているところをつつくのでちょっと痛い。思わず眉を吊り上げたらからからと笑われた。


「ずっとそういう可愛い顔してろ。こないだみたいな湿気た面見せんな」


 面と向かって可愛いと言われ、ぽかんとする。

 答えに窮してじっと道満を見るとそっぽを向かれたが、その耳は真っ赤に染まっていた。自分で言っておいてそんなに照れないでほしい。こちらまで引きずられて頬に熱が集まる。


(元気付けるための軽い冗談だ、多分)


 そうわかっていても、なんとなく甘酸っぱい空気を感じて落ち着かない。こんな時どう答えるのがスマートなのか、コミュニケーション能力が良く見積もって平均程度の自分には到底思いつけない。

 助けを求めるように元忠のほうを向くと、いつの間にか席を立ってしまっており落胆した。


「・・・道満様も可愛いですよ、ツンデレで」


 困った末に、仕返しとばかりに同じ単語を使って冗談を言った。きっとこれで御相子だ。いつものように軽く悪態をつかれて終わるはず。

 そう思って道満を見ると、頬杖をついたままはにかむように甘い笑みを浮かべている。眩しそうに目を細め、まるで恋人を見つめるかのような柔らかい瞳の奥にわたしの顔が映っていた。


(違う、見間違いだ)


 きっとそう。変に意識してしまうからそう見えるだけ。

 目の前の碗を持ち上げると、ぎゅっと目を閉じて中の白湯を飲み干した。







――― ざわざわざわ


 原っぱにたむろする子供達が遠目にこちらを伺っていた。興味津々といった顔だ。

 それはそうだろう、背丈だけ高く簡素な梯子と途切れた斜面を持つ中途半端な滑り台が組み上げられている様子は異様だから。


(滑り台自体が今はまだ存在しないだろうけど)


「貸せ、俺がやる」


 不機嫌を通り越して虚無の表情となった道満がわたしの後ろを指さして本日十回目の文句を言うので、眉を顰めて退けた。


「駄目です!初飛行は設計者の特権なんですから」


 エンジンがない以上飛行機ではなく滑空機となるが、そうなると飛行機とは別の方法で上空へあがる必要がある。

 確か昔見たテレビの映像では、飛行機とロープで繋ぎ引っ張られて浮かんだあとに切り離してから滑空していたが、もちろん飛行機がないので実現不可能だ。

 滑空は位置エネルギーを運動エネルギーに変えていくのだから、つまり最初から高い位置で動き始めるしかない。


「今回は試験飛行ですからちょっとしか飛びませんよ。道満様が思うほど楽しいものじゃないですって」


 そう言うと、道満は元々悪い眼つきを更に険しくさせ語気を荒げた。


「違えよ!!だってこんな・・・危ねえだろ、馬鹿!!」

「この高さじゃ墜落しても骨折くらいだから大丈夫です」

「擦り傷みたいに言うな!」


 がみがみとうるさい道満の声を聞き流し最終調整に入ったのだが、そこへ見覚えのある小さな訪問者が現れた。大目の息子だ。彼の母は先日の洞穴落下事故で大層お怒りだったのに、今日もまたその目を盗んで遊びに来ているらしい。

 例に漏れず、好奇心がきらきらと星のように輝いている。


「なあなあ、なにやっとるん?」

「ふふふ、秘密!離れて見ててね」


 面白い事するんだから、と言うわたしの背後で滑車によって機体が持ち上げられていく。彼らは滑車の扱いに長けているようで、定滑車と動滑車を組み合わせた複合滑車をクレーンのように使っていた。今回滑走のために用意した簡易台は十メートルほどの高さがあるのでこの設備がなければ持ち上げるのが難しかっただろう。


(ドキドキしてきた)


――― がちゃん


 機体が仮留め具に設置された音が響く。

 いよいよだ。


 振り返ると道満が口を堅く引き結んで般若のような顔をするので、宥めるためにぐっと親指を立てて大丈夫だと伝える。しかし逆効果だったようで更に険しい顔をされただけだった。


「よしっ」


 梯子に足をかけてするする登ると、それだけで周囲から歓声があがった。楽しい。わくわくする。

 単座の機体に着席する。ガラスなんて大層な物はないので、剝き出しのコックピット上部から直接乗り込むしかない。もちろん計器類だって何もないので、コックピットと呼ぶのすら烏滸がましいかも。


(滑空機って言うより紙飛行機だなあ)


 ふふふと笑うと、目の前の簡素なレバーを傾け補助翼、方向舵、昇降舵の動きに問題ない事を確認した。あとは飛ぶだけだ。

 身を乗り出して手を振り下へ合図して、それからゆっくりと仮留め具を外す。


――― ガタッ ガタン・・・ガタッ・・・・ガタガタ・・・・ガタガタガタガタッ


 傾斜をなぞるにつれてどんどんと加速していく。

 スキージャンプの踏切り台のように途中で切れた斜面を通過した瞬間。


――― ふわっ


 内臓が持ち上げられたような独特の浮遊感を感じた直後、周囲から大きな歓声が上がった。子供たちの甲高い声援から大きなお兄さんたちの野太い咆哮まで綺麗に重なる。


「うおぉぉう!!やったっすね、姐さん!!!!」

「すごい!!見てみて、お兄ちゃん!!飛んでるよっ」

「わ~いいなあ!!あれって紙鳶(いか)だよね?人が乗れるの??」


 当初の予定通り進行方向のあたりは人払いされており、落ち着いて滑空しながらできるだけ緩やかに降下する。速度が落ちすぎると失速状態からあっという間に墜落してしまうので慎重に操作をしなければならない。


(緊張する)


 こくりと唾を飲み込むと、斜め前にスリップを繰り返しながら少しずつ高度を落として―――


――― ガダダダンッ


 自分ではうまく接地できたつもりだったが、思ったよりもかなり大きな音と衝撃を受けたのでひやりとする。

 滑空機であっても、通常の飛行機と同じように接地してもすぐには止まることはできないので、簡易的なスポイラーを展開して抵抗を増やしブレーキをかけた。

 最後の難関はこの停止だ。失敗するとオーバーランして原っぱを突き抜け森の木々に激突しかねない。


(お願い、無事に止まって)


 一般的な滑走路と比べるとこの原っぱはかなり悪路なので、衝撃が大きく乗り心地も悪くなるものの抵抗は大きい。なんとか原っぱの中央で停止した。


(うまく飛べた!)


 感動と興奮で頭がぽうっとしてすぐには機体から降りられない。


 慌ただしくいくつかの足音が駆け寄ってくる。わたしの身を案じる声が聞こえてきたので、何らかのトラブルが発生して降りられないのではと心配しているようだ。恍惚とした気分のまま慌ててコックピットから這い出ると、先頭の道満と目が合った。


「・・・っ」


 視線が絡む。

 一瞬鋭い眼光に射抜かれたが、何かを抑えるようにぎゅっと目を閉じるとこちらににじり寄って来て、それから逞しい腕と厚い胸板に包まれた。


「無事でよかった・・・」

「見てくれましたか!?かなり綺麗に飛べてませんでした!?あ、滑空比はいくつでした??機体に損傷はないですよね!?」


 言いたいことが山ほどあって喉で渋滞している。

 興奮冷めやらぬ状態でその腕をバシバシと叩きながら捲し立てると、頬を柔らかく抓られた。さっきとは打って変わって苦笑いに近い笑みが浮かんでいるが腕は叩かれるまま好きにさせてくれた。

 道満の肩越しに、滑空比を出すために最初に接地した地点まで元忠たちが走って引き返しているのが見える。


「わかったわかった・・・わかったから落ち着け」


 あやすように腰のあたりを大きな手の平がぽんぽんと擦るが、とても落ち着けそうにない。

 興奮の行き場がなくてぎゅうと道満の腕を締め上げるとぴくりと震えたものの振り払われることはなく、楽しめたのかと尋ねられた。


「はい、すごく楽しかったです!!今すぐもう一回飛びたくてたまりません!!!」

「やめろ!!」


 俺の心臓がとかなんとかぶつくさ言い続ける道満を後目にこぶしを握り締める。


(やっぱりものづくりって楽しい)



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