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烏羽色の光  作者: 青丹柳
花蕾
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11

 清涼殿に来るのは大体決まった顔だ。そして、中には完全な人払いが必要な者が数名いる。

 そのうちの一人が御帳台の前に足を崩して楽に座っていた。


「それで、成果は?」


 まだ五日ですよ、という否定の言葉よりも彼の顔色が気になった。彼の事は童の頃から知っている。出会いから現在まで一貫して病的な肌色と濃い隈を顔面に張り付けていた。それが今は少しだけ和らいで、血色がよくなっている気がする。

 興味深げに椅子から身を乗り出し顔を同じ高さに落とす。目線を合わせると、微かに顔を顰められた。


「伴侶とうまくいっているようだな」


 最近彼の身の回りにあった大きな変化と言えば、妻を娶ったことくらいだろう。これを要因と踏んで、からかうように言うと一層顔を顰める。

 何を馬鹿なと言いたげだが、顔色の事を指摘すると自覚があったのか、意外にも素直に肯定した。


「妻が、毎晩私に催眠の術をかけようとするので。そのせいでしょう」

「・・・どんな夫婦だ、それ」



 清涼殿に困惑した帝の声が響いた。











「ねえ、新しい近衛府の方、見た?」


 伊予がワクワクと皆の顔を見回す。その様子から、話したくてたまらないのが見て取れる。

 

 いつもの掃除のあと、図書寮へ紙を受け取りに行くお使いに出てきている。その道すがら、図書寮の向こう側にある右近衛府を見て急に話し始めた。それに信濃がすぐに反応する。


「近衛府なんて山ほど人がいるじゃない」

 

 どの人の話かわかんないよ、というと能登が横から追加情報を挟んできた。


「わたし知ってる!近衛になってひと月で一気に将曹(しょうそう)まで上がった人でしょ」


 でも見目が良い方だと聞いたからあれかもよ、とクフフと笑う。信濃は察したようでクフフと笑い返している。

 この時代の貴族たちはありとあらゆる方法で出世に励んでいたようだが、その一つに男性同士の耽美なお遊びも含まれているそうだ。周囲も頬は染めつつごく普通のことだと捉えているようで、そういう面では現代よりずっとおおらかで良いのかもしれない。

 

 きゃっきゃっと盛り上がる彼女たちをしり目に、袂に忍ばせている組織図を確認する。将曹というのは軍事系部署の主任ぐらいのポジションだった。


(ん?)


 組織図を袂にしまうと、一言も発してない甲斐の様子が気になった。控えめなところもあるが、こういったネタには食いつきがよいはずなのに。

 そっと顔を見ると、青い顔で思いつめたようにうつむいていた。


「どうしたの?具合悪い?」


 返事はない。

 仕方ないお姉さんにまかせなさい、と甲斐の分の荷物も取り上げると威勢よく肩口に担ぎ上げる。そうして歩き始めたのだが、後ろから袖をくんと引っ張られて上体がぐらりと後ろに傾いた。


「甲斐?」

「・・・相談したいことがあるんです」




 二人だけで話したい、と言うので内侍所へ戻ったあと、伊予達三人を見送ってわたしと甲斐だけが居残っている。

 相変わらず甲斐の表情は固く、手を膝の上でぎゅっと握っていた。

 なかなか話し出さないが、こういう相談事は傾聴の姿勢が大事だ。本人が話し出すまで茶をすする。

 一杯飲み終わるかなというところで、甲斐が変なものを差し出してきた。人間のような形に象られた木の板だ。


(なにこれ?)


 人形と言うには平べったい。その腹には全く読めない文字が書かれていた。人形は二枚重ねられて、頭の部分に杭を打たれている。杭を支点として、スライド式ミラーのように二枚の人形が左右に動く。

 

「これ、多分人を呪う時に使うものじゃないでしょうか」

 

 甲斐の話を聞くには、こういう経緯らしい。

 一週間ほど前に宮中からの帰りが遅くなったことがあり、真っ暗な内裏を出るときに二人組の男を見かけたらしい。赤い衣を着た異様な風貌で、彼らがそれを落としたと。

 その時は変な人が変なものを落とした、くらいの認識で終わった。宮中で見かけたら返してあげようと、拾い上げて袂へしまったまま忘れてしまった。

 それが今日の弘徽殿の掃除のときに見てしまったのだ。先ほど話題に挙がっていた将曹が、その脇で全く同じものを落としたのを。

 そして、明るい日の下で改めて確認したそれが、呪具であることに気付いた。


「しかも、それを拾い上げる彼と目が合ってしまったのです」


 お互いしっかりと顔を見合ってしまった。もうわたしは呪い殺されてしまうのです。

 さめざめと泣くのを宥めながら、これはもしかして初の報告案件かと頭を抱えた。


「呪いなんてないよ、安心して」


 そう言ったところで、あまり効果はない。どうしたものか。

 とりあえずその木の人形を預かって、彼女を家まで送ることにした。



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