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烏羽色の光  作者: 青丹柳
天花
105/126

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「あなた達、呪われていますよ」


 どこぞの占い師よろしく、重々しく伝えるとさすがに牛車の中が静まった。


「ああ、見えます。貴船神社の丑の刻参りで誰かがあなたたちを呪っている。可哀想に、このままだと長くはないでしょうね・・・」


 本当はよく知らないけど、確か丑の刻参りは貴船神社だったはず。

 都の人間は総じてこの手の話に弱い。


「う、嘘よ!!誰がそんなこと・・・!!」

「女性です。美しい女性があなたを呪っています」


 丑の刻参りの元となった伝説では、呪っていたのは嫉妬に狂った女性だったと思う。想い人の相手の女性を呪い殺し、男性の親族を呪い殺し、ついには誰彼構わず殺してしまうという話だ。

 何か思い当たることがあるのか、反論の声がどんどんと小さくなっていく。


(脅すのはこれくらいにしておこうか)


 もう少し反発があるかと思ったが、攻撃的な人間ほど反撃された時に弱い。

 じゃああとは小箱を返してもらうだけ、と牛車へ手を突っ込もうとした時、もう一つの声が響いた。


「い、いい加減なことを言わないでよ!!!呪われているというのだったら、証拠を見せなさい!」


 御簾の向こうに目を凝らすと、牛車の中には二人の女性が乗っているようだ。さっきまで勢いよく喋っていたのが大目の御方様ということだから、こっちは私設の女房か、はたまた同僚の御方様か。

 証拠を見せろと言われることは予想していたので、まずはもったいぶって首を傾げた。


「呪いそのものの証明は難しいのですが・・・」


 そうですねえ、とちらりと小箱へ目を遣る。


「その小箱の中に、好きなものを詰めてください。わたしには呪いをも見透かす特別な目があるので、開けずとも中身がわかります」


 どうですか、試してみます?と問うと、半ば売り言葉に買い言葉で試してやると返ってきた。


 彼女たちが箱の中に何かを詰める間、手持無沙汰なので後ろを振り返ってみる。

 心配そうな為家とその御方様、そして何故か不服そうな道満に、ぐっと親指を立てて安心させた。元忠はまだ戻ってきていない。


「・・・できましたわ」


 強張ったその声を聞くと、御簾の前まで近寄った。


「開けないけど触れる必要があるので、箱をこちらへ」


 わたしが開けていないことをよく見ていてくださいね、と言うと渋々箱を差し出してくるので、受け取った形のまま額にくっつけ薄目を閉じた。

 為家や道満達だけでなく、道行く人々の視線も感じる。往来の真ん中に停まっている牛車は悪目立ちしてしまうから、当然と言えば当然だ。

 国衙の役人の、とか、都からの、とか周囲のざわめきからふと気づいた。


(こんなところで騒動を起こしていたら、晴明様に見つかるのでは?)


 勿体付けて時間をかけていたのだが、慌てて巻いていく。

 すっと目を細め、淡々と告げた。


「中身は・・・橘が三つですね」


 牛車の中からは何の返事もない。それが正否を示していたが、あえて群衆に向けて箱を開けて見せた。


――― ぱかっ


 この時代には珍しく、蓋を被せる形ではなく本体と蓋を軸が貫いているドアタイプの箱を開けて見せると、どっと歓声があがる。

 中には橘が三つ入っていた。


「ほら、見えていたでしょう?」


 にこにこしながら橘を御簾の奥に押し込み、箱だけ回収する。さっき初めて食べたばかりの橘がもっと美味しければ素知らぬ顔で箱ごと頂いたのだけど、残念ながら酸っぱすぎる。

 為家に箱を渡せばうるうるした目でお礼を言われたので、えへんと胸を張って見せた。もうすっかり溜飲が下がっていたが、寄ってくる道満を見て思い出したように牛車のほうを振り向き、付け足す。


「呪いを解きたければこの人に依頼するといいですよ。わたしの師匠なんです」


 道満の顔をびしっと指さすと、なんとも言えない顔をして頬を掻いている。

 口元に手の平を添えて、小さな声で道満へ囁いた。


「通常料金の三倍はふっかけてください」

「・・・お前、本当にいい根性してるよな」





 顛末を聞いた元忠が憤慨して彼女らが居る国司館へ乗り込もうとするので、為家とその御方様とわたしで必死に引き留めるはめになった。十分に懲らしめたと思うし、箱も取り戻せたし、何より国衙の中でこの噂が広まると、夫である国司達の耳にも入るかもしれない。


(それはまずい)


 まだこの件を晴明に打ち明けていないのに流れで耳に入ろうものなら、屋敷からどころか二度と塗籠から出られないかもしれない。


 なんとか元忠を宥めたところで、白湯を持った松小母さんがにこにこしながら母屋へ入って来た。元忠に向けてにこにこしているのかと思いきや、その表情のままわたしの手を握って甲斐甲斐しく白湯を持たせる。先日の態度との落差があり過ぎてお礼を言うのも忘れてしまった。


「あ、あの・・・?」

「あんた、見直したよ」 


 ぽんぽんと肩を叩いてくるが、わけがわからないまま疑問符を浮かべているとウインクをして去っていく。

 こんなに態度を軟化させるなんて、わたしは何かしたのだっけ。


「松小母さんは国司の御方様達がよう好かんから」


 市場にもよく行ってるから、十中八九さっきの騒動を見ていたのだろうという言葉に顔を顰めた。

 数少ない知り合いにすら見られていたとなると、ますます危ない。今後はもっと気を付けないと。


 まあ今回は万事解決、と景気よく白湯をぐびっと流し込んだ時、ずっと黙っていた道満が口を開いた。


「おい、コラ」

「・・・ん?」


 どこから取り出したのか、バチのような仏具で頬をぐりぐりと押し遣られる。痛くはないが、頬に変な模様の跡がつきそうだ。


「ここは内裏とは全く違う。しかも国衙の近くとは言え、外の市場だ。ああいう場所は危ないんだから勝手に騒動の中に飛び込むなっつってんだ」

「大丈夫、わたしは自分でどうにかできますから」


 相手は内裏に近い人間だったのだし、荒くれ者とはわけが違う。

 いい大人が説教される案件ではないと圧力に逆らって頬を膨らませると、仏具で額をつんと押されて上体がわずかによろめいた。


「今回はたまたま品行方正な御貴族様だったからどうにかなったんだ。ああいう時は俺を頼れ」


 胡坐の上に頬杖をつき、ぶすっとした顔で明後日の方向へ視線を向けると、仏具をくるくると回して手遊びしている。

 おそらく心配してくれたのだろうということはわかったので、ここは素直に頷いた。


「じゃあお言葉に甘えて・・・国衙の外で悪い人と争うことになって、いい回避方法も浮かばなくて、それでわたしの攻撃も通らなさそうだったら、その時は頼りますね」

「限定的すぎるんだよ、お前!」


 ますます不貞腐れて声を荒げる道満を、まあまあと宥めてから為家が聞いてくる。


「でもどうやって箱の中身がわかったんですか?やっぱり本当に不思議な力をお持ちなんじゃ・・・」


 キラキラした目でこちらを見る為家に胸を張って答えた。


「箱の隙間から見ました!」

「・・・」

「・・・」

「・・・そんなこったろうと思った」


 夢を壊して悪いが、現実とはそんなものだ。

 あの箱は蓋と箱本体が軸で繋がりドアのように開けるタイプだったので、蓋を開けた時に本体に引っかからないよう軸の周りにわずかな隙間が作られていた。

 わたしはただそこから覗き込んだだけだ。


「もし今日みたいなことがあったら、その箱をうまく使うんですよ!」


 あの様子だと、何かにつけて嫌がらせを受けてるのではないかと推測される若い夫婦によくよく言い聞かせる。為家とその御方様は二人ともコクコクと頷いたのでほっとした。









「~♪」


(今日はいい仕事した)


 袴の裾を少しだけたくし上げてスキップしながら進むわたしの後ろを道満がだるそうに付いてくる。面倒に思うのだったら送ってくれなくてもいいのに。

 頭上の太陽はまだ随分と高い位置にいるが、もう国司館へ帰るところだ。屋敷内を散歩していることになっているので、あまり長く出歩くと筑後にも怪しまれてしまう。


「おい、足出すな」


 内裏に居る人間よりもしきたりや作法に随分緩い道満だが、意外にも着こなしには一家言あるらしい。顔をしかめ、袴の裾を指さす。

 そう言われても、くるぶしより少し上までしか出ていない。こんなの足を出しているうちには入らない。


「わたし、十五、六の頃・・・」


――― がばっ


「こーんな感じで、毎日足を出してたんですよ」

「馬ッッッッッ鹿野郎!!!!」


 袴の裾を膝上まで一気にたくし上げてけらけら笑うと、道満の顔がぐるんと勢いよく向こうを向いた。唯一確認できる頭部の肌、耳の端っこが真っ赤に染まっている。


(ちょっと露出狂っぽかったかな)


 すぐに反省して袴の裾を下ろした。

 それにしても道満はわたしと同じくらいの年齢のはずだが、中学生男子と話しているようだ。純真と言うか、初心というか。


「庶民だってそこまで足出さねえよ!」


 どんな格好だそれは、とぶつくさ言いながら器用にも後ろ向きに歩いてくる。苦笑しながらもう裾を下ろしたから大丈夫だと言うと、ぎこちなくふり返った。


「わたしが育った時代では、このくらい足を出すのも普通だったので」

「・・・時代?」

「あ!・・・いや、国?」

「・・・」


 うっかり口を滑らせたことに慌てて、きょろきょろと視線をさ迷わせる。すっと目を細めてわたしの顔を覗き込む道満の表情は、わたしの隠し事を探ろうとする時の晴明の顔によく似ていた。

 何か話題を変えるために手頃なネタはないだろうかと焦っていると、ふと自分の腕が目に入る。


(これだ)


「手首の紋、覚えてますか?」


 袖をつつつとめくり上げて紋を見せると、道満の眉は不愉快そうに顰められた。お互い良い思い出があるものでもないのだから仕方ない。

 しかしあれからちょっとだけわかったことがある。成明の協力によってわかったそれを得意げに披露した。


「あのバチッとなる変な現象は、特定の条件下だと起きないんです」


 一つ、どちらかからに寄らず、同性や子供と触れた時。

 二つ、わたしから異性に触れた時。

 三つ、異性からの接触でも、異性側が目をつぶるなどしてわたしを視界に入れていない状態で触れた時。


「だから、ほら」


――― するり


 よく光栄にするように、手の甲で道満の頬を撫でる。目を瞠って驚いた顔をした道満が嫌がっているのかと思いすぐに手を引っ込めようとしたのだが、しかし気持ち良さそうに目を細めてぐりぐりと頬を擦りつけてきた。

 説明した通り、あの不快な静電気のようなものは発生しない。


「何にも起きないでしょう?障害発生条件を確定させるの得意なんです」


 ドヤ顔で威張ったのだが、道満の反応は薄かった。わたしの手首を握りしめ熱心に頬擦りしていて、いつもの呆れたような態度が返ってこない。


「お前、体温高いよな」


――― どくん


 心臓が不自然に脈の打ち方を変えた。わたしを見る伏し目がちなその目は熱に浮かされたようだ。

 夢の中でわたしを抱きしめた、架空の道満と姿が重なる。


「温かくて、柔い。餅みたいだ」

「そ、そんなに肉ついてないですから!!」


 なんだか悪い事をしているような、裏切り者になったような、後ろめたい気持ちで腹の中が一杯になった。

 自分の立場では、さすがにこの時代でも千年後でもこれはアウト寄りだろう。既婚者をからかうのはやめてほしい。

 慌てて手を引き抜いた。


「もうここまでで大丈夫です、送ってくれてありがとうございました!また明日!!」


 できるだけいつも通りに見えるよう、元気よく手を振ると国司館まで一気に走り出す。

 背中に道満の強い視線が刺さっているような気がして、息が切れても足が縺れかけても、少しも立ち止まることはできなかった。



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