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烏羽色の光  作者: 青丹柳
天花
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(こんな、こってこてなトラブルってある・・・?)


 晴明と鉢合わせするより面倒な事になったかもしれない。

 相手が相手だけに、ぶん殴って押し通るのも憚られる。どうしたものかと逡巡する表情すら気に入らないらしく、更に木塀に追いやられた。


「留守代の御方様だかなんだか知りゃしないけどね!都の女が大きな顔してこんな所を歩くものじゃないわよ」


 三人いるうち最も恰幅の良い小母さんが、手に持った大きな木匙を威嚇するようにぶんぶん回す。


(馬鹿正直に自己紹介するんじゃなかった~!)


 先日の事件の際も似たような台詞を聞いた記憶がある。播磨の人は都の女に何かされたのか、並々ならぬ敵対心があるように思えた。

 大体本物の都の女は出歩かないものだ、なんて指摘しようものなら火に油を注ぎそうなので黙っておく。


「何とか言いな、この・・・!」


 痺れを切らした小母さんが木匙を大きく振り被る。衝撃を覚悟してできるだけ力を受け流せるように体をわずかにずらした時。


「おい、やめろ!」

「松小母さん、その人はいいんだ!」


 木塀の脇の門内から慌てた声が聞こえてきた。門を潜って誰かが出てくる。


(ん?今の声は・・・)


 どちらも聞き覚えがあるような。

 ぱっと目を向ければ見知った顔があったので、思わず大きな声で叫んだ。


「道満様!と、あの時邪魔してきたやつ!」

「おう」

「俺の覚えられ方・・・」


 この塀の向こうは本来の播磨守が住んでいるという国司館だ。なのに何故道満とあの時の青年が出てくるのか。

 事態が飲み込めず、全員の顔を順に眺めた。







 いつぞやに見た変な夢を思い出して、どうにも道満の顔を正面から見られない。

 しかし目線を合わせず明後日の方向を見て会話するのも失礼過ぎるので、深呼吸をして一旦頭の中から夢の件を追い出した。


「古い友人って道満様の事だったんですね」


 さっき松と呼ばれていた小母さんが、疑念の眼差しと共に出してくれた白湯を恐る恐る口にして言う。都ではお茶を出されることが多かったが、この時代お茶は大変貴重だそうで飲み物と言えば白湯がスタンダードなようだ。

 変なものは入っていない、と信じたい。


 屋内にいるにも関わらず、道満は眩しそうに目を細めてわたしを見ていた。


自明(よりあきら)とは昔から気が合ったんだよ」


 播磨守はそんな名前だったのか。


(また似た名前)


 晴明達より十以上は年上に見えたが、その世代から流行っている名なのだろう。


「お前さん達、知り合いだったんだな」


 鼻を掻きながら元忠が言う。

 芳が起こした事件の時、為家が騙されているとして足止めしようとしてきた五人組のうちのリーダー格だった青年だ。

 そして播磨守の一人息子でもあるという。


「それ・・・」


 彼が目に留めて指さしたのは、播磨守に強制的に預けられた深緑の数珠だった。

 返却する間もなく去っていったので渋々言われた通りに数珠を付けて屋敷外に出ているのだが、そういえば息子である彼に返せばいいのでは。


「あ、これ播磨守から預かったんですが、返せなくて・・・代わりに返却していいですか?」

「いや、それは付けとけ。屋敷の外に出る時にはな」


 何故か元忠ではなく道満が口を挟んだ。

 更に、当の元忠にもあっさり断られる。


「お前さんが親父から預かったんだから、直接返してくれ」


 できればこんな高価そうな物は持ち続けたくなかったのに、仕方なく引き続き数珠を預かることになってしまった。

 播磨守が都から戻るのは数か月後か。


(それまで失くさないように気を付けないと)


「それで、何に悩んでるんですか?」

「いや、悩んでるっつーか・・・ああー親父め!中途半端に気付いてたんだな」


 都にいる男性とは違ってさっぱりとした短髪を、乱暴に掻いて元忠は苦悶の表情を浮かべる。

 彼とて父は播磨守なのだから都へ戻れば貴族の青年のはずだが、国司を歴任している父に付いてほとんど地方で育ってきたからか全く貴族っぽくはない。


「まだ探してるんだな?」

「・・・ああ。いや、本人は認めてねんだが」


 初めて会った時は播州弁だと思ったが、よくよく聞けば色んな地方のイントネーションが混ざった独特の喋り方だ。転勤族の宿命か。

 道満は元忠の悩みについて把握しているらしく、二人の間で会話が完結してしまっている。頬を膨らませて口を挟んだ。


「どういうことです?宝探しをしてるんですか?」


 元忠の言い方では、彼の悩みは他者のそれであるようだ。播磨には父子二人きりで滞在しているそうなので他者とは十中八九、父である播磨守の悩みではないだろうか。

 こんな高価そうな数珠をぽんと預けるような人なので、宝に目がなくて何か珍しいものを蒐集している、とか。

 わたしの顔を見てから、元忠と道満が顔を見合わせた。


「宝じゃない。探してんのは人・・・のようなものなんだが・・・」


 元忠は歯切れの悪い言い方をしてモゴモゴと言い淀むし、道満は腕組みをして考え込んでいる。折角頼み事に応じて来たのに蚊帳の外なのか、という思いがないわけではないが、はたと間違いに気づいた。


(ほぼほぼ初対面のわたしに、明け透けに事情を話すのは憚られるよね・・・)


 道満とは以前からの知り合いのようだから良いとして、わたしは信用に値するかも判断しかねているだろう。

 ぽんと手を叩いて、二人の顔を覗き込んだ。


「とりあえずお悩みとしては誰かを探している、というのはわかりました。

 わたしは道満師匠の助手ですから、詳しい事情は師匠に把握しておいてもらう。それで、わたしは師匠の指示のもと調査などの実働を担う・・・っていうのはどうでしょう?」


 まさかまた師匠ネタを引っ張ることになるとは。

 わたしの言葉を聞いた道満がニヤっと悪童染みた笑みを浮かべたのを見逃さなかったが、この作戦は功を奏したようで、不安にさせないようににこっと微笑むと元忠もほっとしたような表情を浮かべた。


「そうしてもらえると助かる。正直、うちの家族のドロドロした話が絡むから、どう説明していいかわっかんねんだわ」


(ドロドロ・・・?)


 気になる言い方だが、人様のご家庭の事情など根掘り葉掘り聞くものでもない。

 こくんと頷くと道満のほうに向きなおった。


「師匠、また一緒にお仕事ですね」

「おう、よろしくな」


 道満は本当に嬉しそうに目を細めて笑った。








「~♪」


 鼻歌を歌いながら荷物を整理する。どういう人探しの方法を取るのかまだわからないので推測するしかないが、どの道具が役に立つだろう。

 荷物の中に突っ込んだその手には、今は何もついていない。数珠は帰って来て直ぐにアクセサリーポーチの中へ仕舞っている。


「やけに機嫌がいいな」


 目を細めてじとりとわたしを睨むその眼光を背中に感じ、あえて振り向かずに生返事した。今日の夫の機嫌はあまり良くない。夕餉の時にちらりと話していた内容から察するに、喪に服している播磨守は晴明に重い仕事を押し付けていったらしい。


(畑違いな仕事をこなせるのがすごい)


 地方政治には祭祀も含まれるようだが、それにしたって京と勝手が違うだろう。

 後にトラブルになるのも嫌なので一連の出来事を正直に話そうと思っていたのだが、ただでさえ職場環境が大きく変わってストレスを感じているようなのに、家庭内でも更なる刺激を与えるのは忍びない。


(もうしばらくして生活が落ち着いたら話そう・・・)


 荷物整理を終えて、塗籠の戸に背を預けて立つ晴明の前まで移動すると、背中をぽんぽんと叩いた。


「早く寝ないと。明日も仕事がいっぱいなんですよね」


――― すり


 身を屈めて顔を寄せてくるのでじっとしていると、頬に滑らかな感触。

 あまりこういったスキンシップは得意ではないが、多少ぎこちないものの最近やっと自然に受け入れられるようになった気がする。


 背に回った腕に促されて塗籠へ入った。

 環境が変わってすぐの時は、早寝早起きをして体調を崩さないよういつも以上に慎重に過ごすのが肝心だ。わたしも早く寝よう。


「英気を養わねば」

「・・・どういう意味で言ってます?」


 返答の代わりに、背を撫でる手が意味ありげにするすると這いまわった。

 以前からスキンシップは過剰ではあったが、一応は節度があったというか、最後の決定的な線を越えないように抑えられていた、と思う。が、あの日から遠慮というものが一切なくなった気がして眩暈がする。


――― ばたん


 背後で塗籠の戸が閉まる音がした。



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