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烏羽色の光  作者: 青丹柳
天花
102/126

102

 横目で晴明を見上げるが、特段なんの感情も浮かんでいない。

 視線を、前方に居る渋い壮齢の男性に戻す。彼は柱に寄りかかって腕を組みながらさっと手を挙げた。

 本来であれば顔を隠すべきなのだろうけど、まさかこんなところで他人と会うとは思わず扇は手元にないし、几帳もまだ設置されていないのでどうしようもない。

 まあいっかと開き直ったところで、晴明の袖がふわりと翻って視界を奪った。


(なんだか既視感)


「お久しぶりです」


 晴明のその言葉に、少なくとも面識があるらしいということはわかった。


「もっと気の利いた事ァ言えねえのか。お元気そうでなによりです、とか、お変わりなくお過ごしのようで、とかよ」


 酒焼けなのか、枯れた低い声が言う。内容は辛辣だが、言い方に親しみを感じるので旧知の仲なのかもしれない。

 ドスドスと豪快な足音が響いてきて目の前で止まった。見えないけれど、何となく頭の天辺から爪先までまじまじと眺められているのを感じる。


「・・・ふーん、これがお前の御方様、ね」

「初めまして。どうぞよろしくお願い致します」


 晴明との関係性がわからないので、当たり障りのない挨拶をして、前が見えないながらもぺこっと頭を下げた。袖の向こう側から挑戦的な声が漏れてくる。


「都では屋敷の奥に大事にしまわれてただろうに、こんな辺鄙なところに無理矢理連れてこられちゃあんたも迷惑だろうなァ」


 ちくっと棘のある言い方だ。


(この時代はどこも大差ないんだよなあ)


 それに、屋敷の奥にしまわれていたことなどない。

 とは言え一から十まで説明するのも面倒なので、うふふ、と適当にあしらえば予想外の反応だったのか、むっとした調子の声に変わった。


「なんだ、てっきりもう都に戻りたいと音を上げてるかと思ったが」


 ここで泣き出せば一緒に都に連れ帰ってやったのに、残念だ。

 その言葉におやと思った。もしかしてこの男性は―――


「私達は決して離れたりはしませんので」


(・・・)


 一緒に来ると決めた以上都へ帰る気はないが、一度は単身赴任を激推ししたため若干居たたまれない。

 凄みのある冷たい笑みを浮かべ答える晴明とは対照的に、さっきまで滑らかに言葉を紡いでいた袖の向こうの男性は不意に黙り込んだ。変な空気が流れる。


 しばらくの沈黙の後。


「・・・御方様とは、またゆっくり話がしたい」


(わたし?)


 初対面なので特に話しがはずむような話題もないだろうに。


「生憎と、妻は屋敷の奥から出しません」

「言ってろ」


 先ほどの男性の言葉を絡めて真顔で冗談を言う晴明に、にやっと笑いそう言い返すと衣を翻して去っていった。

 嵐のようだったがそんなに悪い人ではなさそうだ。口振りから、あれが今の播磨守だろう。しばらく喪に服すとの事なので、その間は都に戻るらしい。



「ん~っ」


 先日大移動したばかりの播磨への道を再度巡るのはかなり疲れた。ずっと牛車に乗ったままだったので、体がガチガチに固まっている。

 大きく伸びをしながら息を吸うと、歴史的建造物で何度か嗅いだことのある古い木の匂いをはっきりと感じた。かなり古いものの、落ち着けそうな雰囲気の屋敷で安心する。今日からしばらくここで生活するのだから、落ち着けるかどうかは大事だ。

 気分を切り替えて目の前の荷物に意識を向けた。筑後はもう少し後に着くと聞いているので、それまでに最低限持ってきた自分の荷物を荷解きしておきたい。

 さて、と腕まくりしたら、その腕をぎゅっと握られた。


「・・・なんです?」


 するり、と上方へ向かって撫で上げるその手の平を見遣ると、加えて後ろから頬擦りされる。


「今の男が訪ねて来ても、私の居ない所では会うな」


 どういう意味だろう。播磨守はそんなに危ない人なのか。

 そうは見えなかったけど、と戸惑いを隠せないでいると、話は終わりとばかりにぎりぎりと抱き締められた。


「いてて、わかったので離してください」

「・・・」


 大移動でわたしはこんなに疲れているのに、晴明は全くいつもと変わらない調子だ。微塵も体力を削られていなさそうなので、腹立ちまぎれにベリッと引き剝がすと不満そうな表情を見せる。


(見ないふり、見ないふり)


 櫃の蓋を開けて、荷解きを始めた。








 山の中腹に建てられた国司の屋敷、国司館の周囲には静謐な空気が漂い、都から遠く離れているのに晴明邸にいるような気になる。不思議だ。

 その裾野の更に先に広がる平地に、大小様々な殿舎が建てられていた。遠くから活気あふれる賑やかな人々の声も微かに聞こえてくる。あれは国衙(こくが)と呼ばれ、言わば県庁や市役所のような地方政治を担う役所群が集まった地区なのだそうだ。今朝、晴明もそこへ出仕して行った。

 当然わたしは国司館に残る。


(あ~~・・・暇)


『屋敷から出ぬように』


 夜寝る前と、朝起きた時と、出仕する時に言われた言葉が頭を過る。

 何もする事がなさ過ぎて死んでしまいそうなので、屋敷の周りを散歩するくらいは良いよね。そう思ってこっそりと門から出ようとした時、目の前がさっと陰った。


――― ヒィィィン


 馬の嘶きと共に、昨日聞いたばかりの酒焼け声が耳に届く。


「よう」


 馬上から声を掛けてきたのは、思った通り昨日会った播磨守だ。


(しまった、今日も扇持ってない)


 まあ見られても減るものじゃなし、と目を細めて見上げると、哀れむような同情するような悲し気な瞳と目が合った。

 何故そんな目でわたしを見るのだろう。


「・・・」

「あの・・・?」


 もしかして出仕した晴明の身に何かあったのだろうか、と不安になって一歩足を踏み出そうとした時。


「待て、門を潜る前にこれを」


 何かを放り投げられたので反射的に受け取ると、それは数珠だった。美しい半透明の深緑の珠が連なり、ちょうどブレスレットくらいの長さで手首に着けられそうだ。


「それを付けて出るんだ。じゃなきゃお前さんの夫が国衙からすっ飛んで来るぞ」


 少々屋敷から出たって晴明が気付くはずがない。


(よくわからないけど、お守りみたいなもの?)


 まあ折角よこしてくれたのだし、と軽い気持ちで腕に着けると門を潜った。

 それで、わたしに何用なのだろう。


 彼は馬上から降りることなく、話を続ける。


「頼みがある」

「頼み?わたしにですか?」


 面識があるようだった晴明なら兎も角、初対面のわたしに何を頼むのか。訝し気な顔をすると、顎を刳り国衙の方を示して言った。


「俺の息子の元忠を頼みたい。何か悩んでいるみたいだが、俺には言わねんだわ。

 留守の間が心配で信頼できる古い友人を呼んどいたんだが、お前さんも気にかけてくれねぇか」


 どの身内が亡くなったかは知らないが、息子なら一緒に喪に服してもおかしくはない。なのに一緒に都には戻らないと言うことは、この度亡くなったのは継母か何かか。

 国衙の最も近くにある国司館に居るから訪ねてみてくれ、という言葉が続く。どうやら国司館はここだけでなく、いくつかあるらしい。


「それは構わないですが・・・何故わたしなんですか?」


 首を傾げたわたしに、にやりと笑って見せた。葉巻が似合いそうな渋い笑顔だ。


「先般の女御の事件では大活躍だったそうじゃねえか。その力を見込んで、だよ」


 誰が伝えたか知らないが、極秘に処理されたはずの芳の事件が耳に入っているらしい。あまり事を荒立てると面倒な事になりそうだと察して口をつぐんだ。

 しかしその言葉には何か含みがあるように思えてならず、疑念の籠った目で見上げると自分の手首をトントンと叩いて言う。


「いいか、そのお守りはお前に預けた。屋敷から出る時だけ絶対それを身につけとけよ」


 改めて数珠を見ると、日の光を受けて深緑の珠がきらりと光った。この時代にイミテーションを作る技術はないだろうから、これは本物の宝石ではないか。

 こんな高価なものは失くしそうで預かりたくない。


「じゃあな!戻ってきたらまた話そう」

「あ、ちょっと!!待ってください!」


 慌てて手首から数珠を返そうとした時には、あっという間に離れていく後ろ姿しか見えなかった。


(どうしよう)


 変な頼み事をされてしまったし、高価な物を押し付けられてしまったし、不意打ちだったので晴明の居ない時に播磨守に会うなという言葉も忘れていた。


「・・・ま、いっか!」


 気を取り直して、屋敷の周りをぶらぶらと歩きながらさっきの頼み事について考えた。

 このまま元忠が居るという国司館まで行こうかとも思ったが、さすがに国衙の近くまで行くと晴明と鉢合わせする可能性がある。見咎められた時のために、予め何らかの言い訳が必要だ。


 さて、どういう言い訳にしようかな。



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