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烏羽色の光  作者: 青丹柳
花蕾
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01

 目を閉じいていても感じる黄色い光。シャンデリアが放つ光が周囲の装飾に反射している。

 先ほど行われた幹部社員任命式でのことを思い出し、わたしは鬱々とした気持ちでいた。クロークへ真鍮の札を差し出すと奥から大きなスーツケースが二つ運ばれてくる。


「良い旅を」


 受付の女性がにっこりとスーツケースを手渡してくれた。そういえば荷物を預ける際に、これから旅行に出るから荷物が多いという話をしたんだ。たった数時間前なのに遠い昔のように感じる。

 曖昧に会釈して受け取るとそそくさとロビーを通り抜け、ロータリーまで出てくる。客待ちのタクシーに乗ると羽田空港の第二ターミナルまで、と告げてそっと目を閉じた。


――― ”あれ”に納得してる奴なんていない、枕か汚い取引でもしたんだろう


 口さがない妬み嫉みには慣れていると思っていた。属している組織の大きさに比例して、そういった類の話を好む人間も多い。同期の中でも特に昇進が早かったわたしはいい的だった。

 でも一緒に切磋琢磨してきた彼だけは、わたしの良き理解者だと思っていたのに。


(コンプライアンスの厳しいこのご時世に、枕もなにも無いでしょう)


 自分だけは自分の努力を知っている。正々堂々と戦った結果なのに、どうしようもない悔しさがこみ上げて、塩辛い水が口に入った。

 携帯電話を確認するとメッセージを複数受信している。どれも28歳の誕生日と昇格を祝う内容だ。その中に、彼と、彼と一緒に汚い言葉でわたしを悪しざまに言っていた同期達からのものもあった。次いで、彼からは所在と本日出発の旅行についての問い合わせも。手配は全てわたしが行ったのだから、わたしがいなければ空港での手続き方法も分からないだろう。それどころか航空会社も把握していないだろうから、どのターミナルへ行けばいいのかも分からないはずだ。だけど、わたしは返信しないことにした。

 携帯電話の電源を落とすと、そっと鞄に戻した。せめてこの一人旅が傷心を癒してくれるように祈りながら。


 窓の外を流れていく街の光をぼうっと眺める。夕暮れの中高速道路上を並走する車のテールランプが、潤んだ眼には光跡写真のように見えた。目の水分量を減らそうと、パチパチと瞬きした時。

 運転手が息を吞むのと同時に周囲の景色がまるで紙芝居のようになった。

 追い越し車線から大きなトラックがこちらへ車線変更してくる。ぐんとブレーキがかかり体が助手席の裏側に押しつけられる。運転手が路側帯の方へ大きくハンドルを切る。トラックの後部に連結されたコンテナがタクシーの右前方側面を打つ。そして、そして――・・・


 金属と金属が擦れあってぶつかる不快な音を聞き左側頭部に衝撃を感じたのを最後に、わたしの意識はぷっつり途切れた。

 







 ひゅうと頬に当たる風で目を覚ます。周囲は完全な闇。

 起き上がって自分の体を見下ろしてもよく見えない。代わりに手のひらを開いたり閉じたりしてみたものの異常はないようだ。意識を失う直前、確かに衝撃を感じた左側頭部を撫でてみても、たんこぶ一つなかった。


(どういうこと?)


 闇の中に手掛かりはないものかと見まわしてみたが、灯りなどは全く見当たらない。

 事故が起きたのは間違いない。衝撃で弾き飛ばされたかと思ったが、それにしては様子が変だ。事故現場は都内の高速道路なのだから、いくら飛ばされたと言ってもこんなに完全な闇があるはずない。

 すん、と息を吸うと懐かしい匂い。遠い昔、学生時代に嗅いだ雨上がりの校庭の匂い。身じろぎをすると微かにじゃり、と音がした。

 現在地の検討がつかず混乱しつつもそっと一歩を踏み出すと、大きくて硬いなにかに蹴躓いた。

 そっと手を伸ばすと、どうやらスーツケースのようだった。もしやと思い手探りで周囲を確認すると、もう一つのスーツケースと鞄も近くに転がっていた。

 少しだけ安堵して、スーツケースを立たせて鞄を拾い上げる。鞄の蓋を開け中身に触れて確認すると、今朝方家を出た時と変わりなかった。


(よかった・・・携帯電話とお財布があれば何とでもなる)


 震える手で携帯電話を取り出そうとした時、突然闇の中で空気が動いた。

 複数人が砂を踏む音。どうやら誰かがこちらへ向かって慌ただしく走ってくるようだ。少し遅れて蹄の音もする。ただし、視界には何も映らない。

 音のするほうを注視していると、急にそれは現れた。


 えらく時代がかった服装の男性二人が、二頭の馬に乗ったこちらもひどく変な服を着た人間に追われている。馬上の二人のほうが松明を持っていたので、その光が届く範囲をやっと視認できた。先ほどまで音しか聞こえなかったのは、大きな建物の曲がり角の先から来たからだった。

 追われている男性のうちの一人が足を滑らせたのか体制を崩す。それに気づいたもう一人が庇うように躓いた男性と馬の間に入った。

 男が馬から下りてきた。その手が腰の刀をつかむ。引き抜かれた刀身が松明の光を反射してきらりと光った。


(け、警察・・・!!)


 予想外の展開に固まっていた体を叱咤し、取り出しかけていた携帯電話起動する。こんなことなら電源を落とさなければよかった。

 男たちはしばらく睨み合っている。ハラハラしながら起動完了を待つが、ふと疑問に思った。

 この現代日本において、往来であんな大きな刀を振り回す人がいるだろうか。もしかしてこれはドラマの撮影で、辺りが異様に暗いのも撮影のために街灯を落としているだけなのではないか。

 通報を躊躇った瞬間、煌めく刀身が庇った男性の体を薙いだ。男性はすんでの所で半身を引いて避けたが、左腕をかすったようだ。鮮血が上がる。生きている人間の本物の血。


 撮影を疑っている場合ではない。通報する暇もない。鞄の中を探りながら松明の光の輪の中に飛び出した。


「やめてください!警察呼んでますよ!!」


 本当はまだ呼べていないけど、ここはこう言っておいたほうがいい。

 左腕を切られた男性の右横に立つと、刀を持った男がわずかにたじろいだ。だが、もう一人の馬上の男とアイコンタクトとると、もう一度刀を構える。わたしごと切ろうとしている。

 そう気づいた瞬間、鞄の中で探り当てたそれを途惑いなく取り出した。


 プシュ―――ッ


 海外旅行に備えて鞄の中に入れていた催涙スプレーを思い切り噴射する。まともに薬液をくらった男の手から刀が落ちる。しばらくまともに立っていられないほど悶絶するはずだ。

 馬上の男はどうするだろうか。一瞬馬を降りる素振りを見せたが、三対一、それもあちらの分が悪いと気づいたらしい。

 松明を投げ捨てると悶絶している男の襟首を掴み馬上に引き上げると、あっという間に駆けていった。


 ほっと息をつく。追われていた男性二人は大丈夫だろうか。


「大丈夫で・・・!」


 二人を視界に入れる瞬間、後ろの闇の中から大きな衝撃を感じて本日二回目の意識喪失を経験することになった。

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