メシマズの理由
朝起きるとチセがオレの左腕にすがりつくようにしていた。
抱き枕代わりにされていたような感じだが、母親にもそうしていたのかと思うと微笑ましくもある。
こんなかわいい女児に女への警戒を働かせても仕方ないだろう。
オレは改めて自分の懸念は杞憂だったことを確認し、ベッドから降りた。
この宿を紹介したキリエが自慢げに胸を張りながら、「この宿にはなんと朝食がついているのだぞ!」と言って、ちょっとした食堂のような場所に案内してくれる(なんかこの女、発言の度にポンコツ感がましてないか?)。
オレが着席するとチセが隣に座る。キリエは正面だ。……うーん、顔だけ見るとやっぱり美人ではあるんだが。長い髪で片目が隠れているのもあって、少し物憂げな感じのお姉さんという感じ。
オレはいただきますと呟いて、粥のようなものを木のスプーンで掬い、おもむろに口に運ぶ。
そして、固まった。
噴き出すことだけはなんとかこらえる。
なんだ、このメシは……メチャクチャ、マズいんだが。
オレの勝手な尺度にすぎないかもしれないが、ある程度は当たっていると思う指標が一つある。メシのうまさって文化の発展に比例しないか? ということだ。
日本のメシは普通にうまかったと思う。もちろん、何が好きかというのは個人的な好みにもよるが、基本的なレベルが高かった。
国によってメシマズと言われるところもある。たとえばイギリス。まあ行ったことはないんだが……。
オレは海外旅行に2、3回しか行ったことがない。億万長者としては笑われるレベルの渡航歴だろう。仕方がない、どちらかと言えば地域密着型の億万長者だったのだ。
文化的なものや、料理や食事への興味が薄かったりして、あまりメシがうまくなかったり、国によって独特な味付けや匂いがあったりして、あんまりうまく感じられないということはあるだろう。
しかし、この異世界メシのまずさはそういったものとは一線を画す。
お粥らしきモノに使われている穀物自体の品質が悪い。現代と比較して時代的な文明レベルが違うからかとも思ったが、いや、それにしてもあまりに味が悪い。
オレがお粥を口に入れたまま固まったのを見かねたのか、キリエが少し焦ったような表情で怒ってきた。
「……なんだその顔は。朝飯を食えるのに何の不満があるのだ」
「うん。おいしいよコレ」
チセにもフォローされてしまった。なるほど、ここの国の住人には当たり前の味なのか……チセに至ってはメシを食えるだけでありがたいという感じかもしれない。確かに顔に出しすぎた感はある。それくらい衝撃だったんだが……確かに失礼だった。
「ごめんな。ちょっとオレが知っている味とは違いすぎてさ」
「ふむ。お前、実はいいところの出なのか? フィルスからの輸入穀物を買えるのは金持ちだけだと思うが」
「なるほど、うまいと言われてる穀物もあるのか……」
「高いがな。食えれば十分だろう、メシなんて。ここら一帯の穀物は確かにあまり品質はよくない。我が国マルポではそもそも農地があまり確保できていない。この町、ロロコ周辺には農地があるが、かなり痩せた土地なんだ」
なるほど、とオレは頷く。マズいと思っても顔には出さず、感謝して噛みしめる。
噛み続ければ多少は甘みを感じた。
冷静にお粥を観察する。穀物の味が劣るのもあるが、単純に穀物の量も少なく、ほぼ水分のように思える。
キリエはこの宿には朝飯があると自慢そうに言っていた。つまりはオレに喜んでもらえると思っていたのだ。まあ望んでいた反応を返せなくて申し訳なかったのもあるが、この水気の多いお粥でもきっとちょっとした贅沢品なのだ。この国のメシの事情は、かなり枯れているのかもしれない。
オレは息を吐く。
……農業。
第一次産業であり、食料自給率が減り、輸入頼りになってきていた日本でも重要な職業だ。しかし、軽んじがれがちというか、あまりなり手がいない分野にも思われた。
つまり、オレの支援すべき職種だったのだが、あまり知識がないのと、オレの住んでいた街に農地がなかったのもあって、まったく手を出してこなかった仕事だ。
ついに農業について学ぶ時が来たのかもしれない。
メシに恵まれた日本にいてはあまり持てなかった視点。
やはりうまいメシは、重要だ。
オレは空になった器を見つめながら、そう思ったのだった。