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初めての異世界宿泊

 宿屋に着くと、オレは三人分の部屋を取った。この町で一番の宿とのことだったが、一泊一部屋1000スルとのことだった。1000円と考えるとメチャクチャ安い。ここから考えるとあの奴隷商人がチセを30万スルと言ったのはよっぽど吹っかけてきたのかとも思えるが、しかしオレにも一応5万スルの値段をつけていたことだし、奴隷とはいえどもそこそこな値で取引されているのかもしれない。

 まず部屋を確認する。簡素だがテーブルがありベッドがあり、現代日本のホテルと大差ない感じだ。

 オレは早速チセを風呂に入れてやろうと思った。

「よし、チセ。湯浴みとやらをしに行こうぜ」

「おいコウ。お前が入れるのか?」

「別にいいだろ。こんなにちっこい子なんだぞ。いやキリエ、お前がこの子をちゃんと洗ってやれるならそれでいいけど」

「確かに私は人と湯浴みをしたことなどはないが……」

 やっぱり大衆浴場とか銭湯とか、そんな感じの場所はないのかな。風呂に複数人で入るということをそもそもしない可能性もある。

 オレは一応孤児院的な場所のボランティアで、ガキどもを風呂に入れたりもしていたから慣れてはいる。とりあえずずっとそうするかは置いておくとしても、一回目くらいは一緒に入って身体を洗ってあげたい。

 キリエは釈然としていないような顔をしていたが、オレは彼女を部屋に待たせておくことにして、チセと一緒に風呂に向かった。

 オレが服を脱ぎ、チセもかろうじて身にまとっている布を床に落とし、風呂に向かう。

 風呂に向かったのだが、そこは風呂ではなかった。

 石畳の床に木製の壁の狭めの浴室。

 身体を洗う布が壁にかけられており、面積広めの風呂桶が置かれている。だけだった。

 一応デカい風呂桶から汲み取れるようにか、柄杓のようなものは複数置いてあったものの、どう見ても身体ごと浸かれる浴槽は存在しなかった。

 残念だ……国にもよるのかもしれないが、町で一番の宿屋でこれなのだから、基本的には浴槽はないんだろうな。どれだけ現代日本の文化を持ち込んでいいかというのは難しい問題だが、できたらこの世界でも浴槽を作ってみたいものだ。

 浅く広い作りの風呂桶に溜まっている水も冷水なのかと思ったが、ちょうどいい感じの温度に保たれていた。

 特に宿屋の人間に風呂に行くと言った覚えもないのに温度がいい感じなのは、熱が常に保たれている仕組みということなのだろうが、どこからどう見ても熱源がない。

 もしかしたら魔法ということなのか。それとも魔法具とか? 常に湯温を一定に保つ風呂桶。随分と庶民的だが、あるとしたら大変に便利な魔法具だ。

 オレがそんな益体もないことを考えている間、ずっとチセは所在なさげに立っていた。悪いことをしちゃったな。

 視点的に見下ろすようになるチセの全身が目に入ると、オレは思わず溜息を吐いてしまった。

「……?」

 チセは不安そうに首を傾げたが、もちろん彼女自身に呆れたワケではない。細い裸身に刻まれた痛々しい傷の数々。オレはこんな少女にも至らない幼女が、性欲の対象として売られようとしていたことに気が重くなったのだ。

 なんか浴室に入ってからチセをビクビクさせてしまってないか? オレは洗い布を手に取ると、風呂桶の湯で温めて、早速チセの身体を洗ってあげることにした。

 チセは身体を洗ってもらったことがないらしく、戸惑っているようだった。

「……う、……ん……」

 声を抑えて反応しないようにしているみたいだ。泥のような汚れを取ると赤く残る傷跡がよりはっきりと見えるようになってしまったが、オレはなるべく優しく身体を拭き取っていった。

 最後に顔をゴシゴシと擦り、パシャパシャと髪にお湯をかけて拭き取っていく。

 そうするとすっかりチセは綺麗になった。

 浴室は視界が曇らない程度ではあるものの蒸気で満たされており、すぐに身体が冷えないようになっていたものの、身体を洗い終わったのだからチセには先に出てもらおうと思ったのだが、

「……私、コウの身体、洗うよ?」

 と言われてしまった。

 オレは一瞬の内にかなり思い悩んだ。奴隷の身から解放されたチセにそんな小間使いみたいなことをさせていいのか? しかし裸の付き合い的に洗ってもらったから洗い返す的な思考でチセの方から言い出してくれたのに断るのも悪くないか?

 結局、お願いすることにした。チセを洗う時は身体の前面から洗ったけれど、なんとなく日本式で背中から流してもらう。

 幼女とはいえ、他人に背中を洗われるのは初めての経験だ。

 女性とこうやって肌の触れ合いをしている間に、見た目がありえないくらい幼女だとしても欲情するもんなんだろうか? オレにはよくわからなかった。

 そもそも現代日本にいた頃から、オレは金持ちだったこともあってかなりモテたのだけれど、誰かと恋人になるということはなかった。オレの周辺に集まる友人はいいヤツが多かったし、それは女友達も多かったのだけれど、誰か女の子と付き合うとなればその子に優先してお金を使うことになるだろう。オレの能力は特別なモノで、それを色んな人のために使っていた。それの矛先をあまり限定したくなかったのもあって、恋人は作らなかった。しかし、本当は怖かったのかもしれない。オレと恋人になりたいと考える女の子は、やはりオレ自体よりも金のトリコなのではないかと。いや、そういう側面があっても仕方ない部分は絶対にあるのだが、それでも――みたいなことを考えているとチセはオレの身体を洗い終わっていた。

 性器周りもさらっと洗っていたので別に止めなかった。

 よし、これで二人とも綺麗になったな。

 オレはチセの頭を撫でて、「ありがとな」とお礼を言うと、浴室を出た。


 それから勢いよく向かってきたキリエと一悶着あって、

「やっぱりよく考えたが、いくら年齢差があるとはいえ、男女が二人で風呂に入るなど問題だ」

 とか言ってくる。

 こちらの世界でも女騎士は潔癖なものなんだろうか? それがフラグになっていつかそこら辺の男に手篭めにされなきゃいいけど。そんなジョークは頭の中で呟くだけに留めて、オレはチセをこれから風呂に入れる時はキリエが一緒に入るというのを了承する。

 そんなすったもんだがあった後なのに、せっかく一人一部屋も取ったのに、チセは誰かと一緒じゃないと眠れないと言う。

 ずっと母親と一緒に寝ていたと言う彼女に一人で寝ろと突き放すこともできない。オレはキリエと寝るように言ったし、キリエだって「はいはい」と学校の授業みたいに手まで挙げたのに、チセはオレと寝たいのだそうだ。これは仕方ない。

 あの残念そうなキリエの顔は忘れられない。キリエの方が一緒に寝たかったみたいだ。

 風呂に入った時はなんとも思わなかったけど、チセがオレの目の前で布団の上に丸まってるのを見るとなんか女としてオレに媚びてるんじゃないか? と一瞬思いそうになって、オレは頭を振る。何を思ってるんだ? オレは。これは女に警戒心を持ち過ぎるオレの悪癖だ。チセがオレに何か抱いているとしても、それは母親が殺された直後に助けられたことからの、ヒナへの刷り込みに近い感情だと思う。

 オレは目を瞑る。

 こうして長い異世界生活1日目は幕を閉じたのだった。

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