初めての異世界転生
なんというか異世界転生と聞くと、派手な魔法陣が展開したり、真っ白な光が天から落ちてきたり、とにかく派手な登場になるのかと思ってたんだが、そんなことはまるでなかった。
オレは気付くと建物と建物の間のちょっとした路地に立っていた。
すぐに思ったのは、建物の背が低いなってこと。中世ヨーロッパ風っていうのか?
そして、どうやらオレの隣に経っている建物は酒場らしい。
オレのラッキーを活かすなら賭場があるとありがたいんだが……と能天気なことを思っていると、道を挟んだ向かい側に、オレは到底受け止め切れない光景を見た。
肌の色もさまざまだし、背丈も色々。動物と混じった獣人もいる。人間と比して、獣人は総じて簡素な布を身に着けているだけで――
いや、そんなことよりも容赦のない現実。
獣人の扱いを目の当たりにする。
道路の向かい側で、獣人の母親とおぼしき人が泣き喚いている。
「む、娘を売らないでくださいっ! お願いだから、お願い――」
そんな必死の懇願を振り払い、肥え太っていて立派なヒゲを持った裕福で高慢そうな背の低い男が、短剣を取り出す。
まったく躊躇はなかった。いや、躊躇があると考えていたことがオレの認識の甘さ。
次の瞬間にはザックリと胸を刺され、獣人の母親は殺されていた。
溢れ出る赤。
隣にへたり込むように座っているボロ布を着せられ、首輪を鎖に繋がれた獣人の幼女は、目の前の現実の意味がわからないように呆然としている。
身体が動かなかった。オレはやはりあの交通事故で女の子を助けて、それで自分が死んでしまったことで怖れを抱いているのか?
いや、そもそもオレは生まれながらの幸運から、自分ならすべての問題を解決できるというように錯覚しがちだ。日本でもオレが解決できない問題なんて山積していたじゃないか。
それでも。奴隷商人が鎖を引っ張っても、母親の死体から離れようとしない子供の姿を目にしてもなお、それを放置するなんてことはオレにはできなかった。
「おい、そこの商人!」
声をかけてから日本語で通じるのか? と思ったが、異世界の言語も日本語で聞こえるし、多分大丈夫だろうと思い直す。
「なんだ? エラそうなガキだな……」
てめえよりエラそうなヤツが存在するのか? とすぐに反発心が芽生えるが、そんなことを言ってる場合じゃない。
「その獣人を買わせてくれ」
「ダメだ。この娘は好事家に高く売れるからな。お前にそれ以上の金が出せるとは思えん」
「じゃあ、お前から全財産を巻き上げてやるよ」
「……ほう?」
「この町にも賭場くらいあるだろう? やってみようぜ」
「それを受けてワシに何のメリットがあると言うのだ?」
「違う違う。逆だ逆」
こういうヤカラにはプライドを刺激してやるのがキく。
「アンタがそれを受けないってことは、オレごときに負けるのを怖れたってことだ。商人には商才や時節を読む力も必要なんだろうが、デカい商機を逃さないには絶対に運が必要だ。オレのこの誘いを断るってことは、自分には運なんてありません~って白状してるのと同じだぞ」
「……言うのぉ。いいだろう」
背の低い商人はオレが召喚された場所の隣の酒場を指し示す。
「ここら一帯の賭場はすべてワシが運営しておる。お前のようなガキにこのワシをトばせるかのぉ? 多少の勝ちではそれは不可能だぞ」
それはそれは。いいことを聞いたぜ。
確かに普通なら運はつり合いが取れ、賭ける回数を増やせば増やすほど、プラスマイナスはゼロに近づく。
しかし、それは場に規格外がいなければの話。
持っている財が破格な相手をトばすにはどうすればいい?
理論的には可能だが、現実には不可能な一手――勝ち続ければいい。そうすればどんな相手のプラスもゼロにできる。
オレにはきっと、それができる。はずだ。
酒場へと促す商人を待たせておいて、オレは獣人の母親の遺体に上着をかけた。今はこれくらいしかできないが、後でちゃんと弔うから。