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最強魔女の息子は魔道具師になりたい  作者: みずっち
第一章 辺境の魔道具屋
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第四話

 少年を見送った後、リビングで話を聞いたケリーは肩を落とし、俯いて眉間を揉んだ。


「あら、どうかしたのケリー?」

「…どうもこうも無い」


 相変わらずの笑みを湛えたまま首を傾げるメルヴィスを見ると頭が痛くなりそうだ。


「ここの沖合に海神様(ウロボロス)が住んでるなんて、初耳だぞ」

「あら、言って無かったっけ?」


 顔を上げて睨むケリーだが、メルヴィスは眉を顰め、困った様な表情で再び首を傾げた。


「聞いてないぞ全く」

「えーん、だってぇ」


 ケリーが額に青筋を立てるが、メルヴィスは胸の前で両手を握り、クネクネと左右に体を揺らす。


 だって仕方ないじゃないか、そんなに大事な事だとは思わなかったのだ。

 わざわざ言う程の事でも無いと思っていたし、日々の生活に忙殺されて忘れていただけだ。


 ケリーの額に青筋が一本増えた。


「お前は相変わらず…学院時代から変わってないな」


 ケリーは眉間を揉みながらぼやいた。


「子供達の事もそうだ。

 どうせ後先考えずに教えたんだろう、系統も順番も思いつくままに」

「え~…そ、そんな事…ない、わよ…」


 メルヴィスは昔から感覚派だった。

 ケリーの指摘に、メルヴィスは目を泳がせてしどろもどろになる。図星らしい。


「じゃあ聞くが、息子の本当の魔力量は知っているのか?」

「全然」


 即答。


「あの子の本当の実力は知っているのか?

 何を何処まで出来るか把握しているか?」

「ぜ、全然」


 ケリーの額に青筋が浮いた。メルヴィスの背中に冷や汗が流れる。


「…百魔(びゃくま)の試練、あの子がどこまで出来るか知っているのか?」

「え、えっと…」

「死霊の沼の滞在期間、本人の実際の最高記録は把握しているのか?」

「…」


 少しずつ冷えるケリーの声に対し、メルヴィスは目を泳がせた挙句、とうとう顔を背けた。


「…はぁ…」


 溜息を吐くケリーに対し、メルヴィスは申し訳無さそうに俯き「だって…」と言いながらモジモジしている。

 曰く、本人の自由だのやりたい事をやらせているだの。

 とうとうケリーも頭を抱え、後ろに控える従者達が全員微妙な表情になった。





 国境沿いの町を発ってから十日、レインノート達はアストラス山脈の麓に居た。

 幾つかの街道が合流する、山脈の入り口の様な場所だ。


 ちょっとした街が出来上がっている。

 いや、街と言うよりは城塞都市と表現した方が良いだろうか。

 城壁は目測で十メートルは下らない。


 門番の兵士達は蜥蜴人だが、歴戦の勇士と言う雰囲気が伝わって来る。

 沢山の人が幾つもの列をなして順番待ちをしているが、揉め事は許さないと言う無言の圧力をその鋭い眼光から発している様だ。

 レインノート達もその列に加わった。

 一国の貴族と雖も所詮は人間、国どころか種族も違うので皆と一緒に並ぶ他無い。


「意外と早かったですね」

「そうですね」


 遠い目のアレクシアに、これまた遠い目をしながらジーナが頷く。

 きちんと街道沿いに旅をする場合、貴族で無くても三十日ほどは掛かると聞いていたが。

 まぁあの強行軍なら納得だ。


 大きな町や村に立ち寄らず、森や草原で野営をして、朝から晩まで飛び続けた。

 普段なら、野営時でも貴族としての体裁は整えなければならないが、それも簡易的なものに留まった。


 進路上に村が有れば立ち寄る事も有ったが、昼間なら素通りだった。

 それでもレインノートは不服らしく、「十日も掛かった」などと仏頂面でぼやいている。いつもなら七~八日ほどで着くらしい。


「結構楽しかったですね」

「「えっ?」」


 フラウの笑みに、二人の表情が固まった。彼女は存外に楽しんだらしい。

 日常生活では野営をしないので、貴重な経験になった様だ。

 その様子を見たラウルは苦笑し、ジュリオは無表情で無関心を決め込んだ。


「…まぁいっか」


 レインノートは気持ちを切り替えた。

 道中、魔獣を狩って素材や魔石を調達出来たから成果は上々だろう。

 途中からは空間収納も一杯になって持てなくなったため、仕留めた魔獣を解体し、近くに隠れていた商隊に安く譲った。


 魔獣に襲われそうになって困っていたと感謝されてしまったが、レインノートは先を急いでいるので言葉だけで辞した。

 お礼の品なんて嵩張るだけである。懐が温まったから、それで良い。


「そう言えばレイン君」

「何ですか?」

「素材は売ったりしないのかい?」

「あー、まぁ、僕の空間収納が一杯になったんで、これから仕留める分は売りますよ」


 思い出した様に尋ねるジュリオに、レインノートは事も無げにそう言った。


「入ってる分は売らないんだね」

「はぁ、うちで魔道具の素材にしたいんで」

「強い魔獣だったら、上等な素材になるんじゃ無いの?」


 アストラスに近づくほど魔力の強い魔獣が増えるため、高級な素材も手に入りやすいのだが、少年は弱い魔獣を中心に空間収納に収めている。


「父さんの魔力量が(下の中)からオレンジ(下の上)くらいなんで、あんまり強い素材は加工出来ないんです」

「あぁ、なるほど」


 以前、父に言われた事だ。

 魔導回路や魔法式を描き定着させるには、それなりの魔力が必要だが、素材が高級になるほど魔力も嵩む。

 ドナテロの魔力ではそこまでの素材は扱えない。


 母なら出来るだろうが、性格上集中力に難が有る。細かい作業が苦手なのだ。

 本人曰く、簡単な回路なら描けるが学院時代は魔道具関係の成績が揮わなかったそうな。


 それに、そんな珍しい素材を仕入れても壊れた時の修復や予備の材料としては調達が難しい。

 レインノートの空間収納は下級だと言われているので、入りきらない分は諦める事にしていた。


「空間収納が下級だとそんなには入らないしね」

「はい…」

「しかし、あんなに仕留めて収納してたのに、下級なのかい?」

「えっ?」


 レインノートは不思議そうな顔をして首を傾げた。


「総合的に考えると、既に下級では収まらない量を入れてる様に思うんだけど」

「母さんはこれ下級だって言ってたんですけど」

「いつの話だい?」

「こないだ聞いたんですけど…」


 旅の前日、メルヴィスに確認してもらった。

 確かに以前よりは容量が増えたが、まだ下級だろうと言われたのでそう思っている。


「ケリー先生には聞いて無いのかい?」

「はぁ、はい」


 メルヴィスは大雑把な所が有るので今一信用できない。

 ジュリオは顎に手を置いて考えた。今度ケリー先生に相談する必要が有るだろうか。


 彼の先生は、普段は中央学院で教鞭を取っているが、転移の間の御蔭で行き来はし易い。

 今回の一連の訪問も、本部屋がメンテナンス中だったにも拘らず、予備の部屋を使ってまでやって来た。わざわざ王国の北東の端っこであるハリーベル領まで。


 いや、国防上重要なのは分かる。

 隣の国と国境を接しているから、貿易や外交と言った面ではないがしろに出来ない。

 メルヴィスも住んでいるから隣国も警戒しているので、年に一度王都から視察団が来るほどだ。


 だがケリーの今回の立場は一教師である。公式の肩書(魔法士団副団長)では無い。

 一介の教師と言う立場であるのに、ここ最近何度かハリーベル家の屋敷に来ていたのは、恐らくメルヴィスと子供達の様子を知りたいのだろう。


 人間の貴族だけで無く、平民でも他種族でも、知り合いに有望な子弟が居れば様子を探りに行き、あわよくば学院に誘って恩を売り、青田買いをする。

 良く有る話だ。いずれは自分の派閥に取り込むため。

 実際アレクシアもこうして動いている。尤も、アレクシアとケリーは家が同派閥(仲良し)であるので、息子の事はアレクシアに任せてケリーはメルヴィスの様子を見に来ただけだろうが。


「それにしても長いですね。

 事前に聞いてはおりましたが…」

「大陸中の街道と繋がってますからね」


 アレクシアの呟きにラウルが頷く。

 幾筋もの列ができ、しかも一つ一つが何百メートルも連なっている。

 中には他国の王族と思しき馬車も有った。


「所でレイン君」

「何ですか?」

「ここは冬でも暖かいのですよね?」

「あぁ、はい。

 炎竜女王から聞きましたけど、本人の魔力の影響らしいです」


 その代わり、夏は周りより暑くなる。

 この火山地帯とその周囲では、火属性の魔素が強いのだ。


 以前聞いた話だが、炎竜女王がまだ幼体(子供)だった頃はもう少し低い山脈だったらしい。

 父である先代の炎竜王が、彼女達に良い所を見せようと頑張った結果、造山活動(マグマ)を呼び起こし、ここまで大きくしてしまったとの事である。


「四千年ぐらい前って言ってました。

 あと、今も呆れてるって言ってましたよ」

「そ、そうですか…」


 まぁ、それを話した際の炎竜女王の表情は、懐かしむ様な顔でそれほど呆れた色は無かったが。



 そうこうしている内に、少しずつ前に進む。

 いつの間にか自分達の後ろにも列が出来ていた。


「何だか不思議な光景ですね」


 アレクシアが周囲を見回して嘆息する。

 国はおろか種族さえも違うなら、習慣や禁忌の対象も異なるだろうに。

 それもこれも炎竜女王の威光と言う事か。


「あちらに有るのは確かローガス帝国の宮廷馬車ですね」

「みたいですね」


 隣の列を見たアレクシアの言葉に、レインノートが頷いた。


 あの帝国は北の方に有るが、人間族を至上とし、排他主義で他種族を見下す傾向にある。

 その隣は小人族の集団が陣取っているが、特に諍いは起きていない様だ。


 隣に小人族の集団が陣取るなど本国なら在り得ない筈だが、やはり場所が場所だけに自重はしているのだろう。

 普段なら小人族は奴隷階級だと公言する王族だが、静かにしている様子だ。

 小人族の方も、ちらちらとそちらの動向を気にしつつ、若干距離を取って関わらない様にしていた。


「母さんは、あの帝国の事はあまり教えてくれないですね」

「そうなのですか」

「あまり知らないって言ってました。

 他の国の友達とか他の種族の友達の話とかは良く聞くんですけど」

「なるほど…」


 レインノートは気付いていない様だが、メルヴィスにも思う所は有るらしい。昔何か有ったのだろうか。

 アレクシアがチラリとジーナに目配せをすると、彼女は目礼で頷いた。


 他の場所には長耳族の集団、前の方には魔族の集団、かと思えば後方には蟲人の集団…本当にごった煮と言う言葉がぴったりだ。


「けれど、本当に皆さん大人しいと言うか何と言うか…」


 アレクシアは改めて物珍しそうに周囲を見回した。

 炭鉱族と獣人族が意気投合したのか酒盛りをして盛り上がったりしているが、喧嘩や争いの類は全くと言って良いほど見受けられない。


「昔、諍いを起こした不届き者が、炎竜女王に燃やされたそうです」

「えっ!?」

「周りの人達と口喧嘩して罵倒した挙句、止めに入った竜人族の衛兵さんをトカゲ呼ばわりして唾を吐いたそうで。

 街に入った瞬間に空から光の柱が落ちて来て、その人だけ消し炭になったらしいです」


 今から数百年前の事らしい。ラウルとジュリオの話に、レインノートも頷いた。

 レインノートは母から聞いたが、母は仲良くなった竜人族から教えてもらったと言う。

 常々規格外の存在だと覚悟はしていたが、アレクシアは驚きと恐れと呆れで固まってしまった。


「山の外の事も把握してらっしゃるのですか」

「みたいですね」


 レインノートは事も無げに言うが、ここは山脈の入り口だ。

 一体どこまで支配領域が及んでいるのか。アレクシアは戦慄した。

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