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最強魔女の息子は魔道具師になりたい  作者: みずっち
第一章 辺境の魔道具屋
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第一話

 海が見える小高い丘の上、とある辺境の村に魔道具屋が有る。

 街道から外れた集落の更に隅の方に、こじんまりと立っていた。

 そんな辺鄙な場所に、一人の女性が訪ねて来ていた。


 銀青色の髪に銀灰色の瞳を持つケリー・ヴァージェスは侯爵夫人である。つまり彼女は貴族である。

 今の彼女は黒いローブを羽織り、左目にモノクルを着け、若干タイトな仕事用の服を着ている。

 魔法が使える。それも強力な物だ。実力は折り紙付きで、この大陸では"五本指"と呼ばれている。


 対して、ここの村の人間達は殆ど魔法が使えない一般階級の者達だ。しかも、国の端に有る様な辺境伯の田舎である。

 では上位の貴族の、しかも魔法使いとして上位に有る彼女が、何故こんな所に居るのか。

 理由は目の前の女性であった。


「久しぶりだな、メルヴィス」

「そうねぇ、直接会うのは何年ぶりかしら、ケリー」


 店の奥の部屋で、二人の女性が話し込んでいる。

 メルヴィスと呼ばれた女性は、少し大きめでダボっとしたラフな格好だ。この村の主婦達が一般的に着ている普段着と同じ物である。

 それにしても、金髪に金眼と言うのはやはり目立つ。

 この辺りではあまり見かけないので直ぐに居場所が知れた。


「お前には驚かされっ放しだな」

「あらそお?」


 メルヴィスは首を傾げた。思い当たる節が無い。

 ケリーは銀灰色の両目を細めて彼女を睨み付けた。若干剣呑な雰囲気だ。


「当たり前だろう。

 実技では私を差し置いて主席で卒業した癖に、その後すぐに旅に出て行方不明だ。

 消息が分かったと思ったら、あちこち旅をしていて、各地で騒動を起こしている。

 しかもそのどれもが、一歩間違えれば国を滅ぼしかねない事件だぞ」


 卒業の翌日に旅に出て爵位の授与を蹴り飛ばす。

 国の南方に有る死霊の沼の王を討伐。

 北東に有る空中庭園に乗り込み、天狼族の長と知己になる。

 天狼族と同盟を組み、北極に封印された魔神を討伐し、序でに現世に出て来た魔獣の大群を殲滅。

 西方のアストラス火山地帯を統べる炎竜女王と友達になる。


 詳細を聞こうと探したら、結婚したと連絡が有った。

 しかも相手は魔力があまりない一般階級だと言われた。


 思い出す度に頭痛がする。

 その回数に比例する様に、ケリーの魔力威圧が強くなって来た。後頭部で結わえられた髪が、馬の尻尾の様にゆらゆらと揺れ始めた。

 室内に充満する魔力の奔流が、部屋に居る全員を容赦無く襲う。

 実際、彼女の後ろに控える護衛の騎士や従者達は鳥肌を立てながら耐えていた。

 だが、彼女の正面に居て一番影響が有る筈のメルヴィスは、


「いや~ん、そんなに睨んじゃこわ~い」


 威圧が効いている気配は微塵も無い。


「誰のせいだと思っているんだ?」

「えぇ~、そんな事言ったってぇ」

「お前なぁ…」


 胸の前で両拳を握り、クネクネしているだけである。


「シワが増えるわよケリー」


 挙句、ケリーの眉間に手を伸ばし、人差し指でシワを押さえて来た。ふふっと笑いながら。

 その行為に護衛達は震撼した。礼儀知らずの無礼さと魔力量と魔力操作の精密性、その全てに。


「おい指をどけろ」

「はぁい」


 メルヴィスは何も無かった様に微笑み、指を引っ込めた。

 ケリーは青筋を増やしたが、威圧を解除した。

 メルヴィスの実力を確認出来たからだ。些かも衰えてはいないらしい。


「…失礼しました。皆さんは大丈夫ですか?」

「は、はい…」


 ケリーは表情を戻すと後ろを向き、従者達の顔色を探る。

 本来の彼女の実力であれば、威圧をメルヴィスだけに叩き付ける事も可能だった。

 従者達には上級の威力で済ませたが、何人かが脂汗を掻いている辺り、まだ鍛錬が足りない様子だ。


「あの、ケリー先生」

「何でしょう?」


 従者の一人が口を挟んだ。


「この方はどなたですか?

 先ほどから随分と親しい様子ですし、先生を差し置いて実技では主席と仰いましたが、まさか…」


 抱いた疑念に無礼さの指摘を婉曲に加味すると、ケリーはモノクルを拭きながら答えた。


「…ええ、学院時代の同期で、"三本指"のメルヴィス…旧姓バスキアスです」


 今は夫の苗字、カイゼルを名乗っている。

 そう言えば、彼らにはここに来た目的を話していなかった。旧友に会うとだけしか伝えていない。

 後ろに控えている者達が全員言葉を失った。


「あらぁ、三本指なんて…私そんな風に言われてるの?」


 メルヴィスが困惑した様な顔で首を捻る。


「当たり前だろう、あんな実績を残しておいて」


 大陸中を震え上がらせる様な魔神達を討伐しておいて、よくもぬけぬけと言えたものだ。


「…まぁ良い。今日はその事で来た訳では無いからな」

「あら、じゃあなあに?」


 本気で分からない様子だ。


「お前の息子だ」


 若干声が大きくなる。少々苛立ってしまった。


「あぁ、そう言えばそんな事書いてあったわねぇ」


 手紙には息子の事で話が有ると書いたのに、今まで忘れていたのか。


「で、レインがどうかしたの?」

「レインノートと言ったか。もうすぐ九歳だったな」

「そうだけど」

「学院には入るのか?」


 王都には中央学院が有り、十歳から入学資格が与えられる。そして、国の方針として、一般階級でも魔力が有れば入学は可能だ。

 ケリーとメルヴィスはそこの卒業生である。


「うーん、まぁ、あの子次第かなぁ」

「どう言う事だ?」

「あの子、うちを継ぎたいって言ってるから入学するかどうか…仮に入学しても、魔法士にはならないかもよ」

「なに?」


 ケリーは眉を顰めた。


「パパの仕事を手伝って魔道具師になりたいって言ってるから…そうねぇ、科目は錬金術とか錬成術とか?」


 メルヴィスは左手を頬に添え、首を傾げながら微笑み、対照的にケリーは眉間を押さえた。





 ハリーベル辺境伯の屋敷に、一人の少年が居た。


「こっちの回路を繋ぎ直してここにこの魔法式を置いて…」


 レインノートは、転移の魔法式が設置してある部屋で、床にしゃがんで作業をしている。

 父親譲りの赤みがかった茶色の髪と、母親譲りの金色の瞳が、左右に忙しなく揺れ動く。


「リーベルトさん、あの少年で大丈夫でしょうか?」

「まぁ心配は無用でしょう。彼はもうすぐ九歳になる所ですが、腕は確かですよ」

「はぁ、そうですか」


 まだ新人らしい使用人の青年が、執事らしき壮年の男に疑問を投げかけていた。


 幾ら三本指たる"陽光の魔女(マギア・バスキス)"の息子と言っても、まだ八歳の子供だ。

 伯爵が専属で雇っている魔法士や魔道具職人も何人か居る(実際優秀な腕を持っている)筈なのに、彼らを押しのけてあの少年がたった一人で、転移魔法式の改良を引き受けるなぞ信じられない。


 それにしても、随分スムーズに作業をこなしている様に見える。


「おぉ、流石だなぁ」

「ダイムさん」


 青年の脇に、筋肉質の男が立った。

 伯爵家専属の魔道具職人、その集団の親方だ。


「あそこまですいすい出来るのはそうそう居ねえよ」

「そうなんですか?」

「おうよ」


 回路を繋げる職人技術の他に、魔法式を描き上げる魔力も必要だ。

 魔法式が大規模になるほど、必要な魔力量も増えるので、魔法士と職人が数人掛りで取り組む仕事である。

 それを、あの少年は一人でやっている。

 実際の作業には魔導回路と魔法式の設計図が有れば可能だが、それとて構造をある程度理解している必要が有る。


「初日はお父上と一緒に来られていましたがね」

「昨日今日は一人で来てるぜ」


 二人はにこやかに笑った。

 初日こそ父親が立ち会いに来ていたが、ダイムとも話し合って二日目からは来ていない。


「そ、そうですか」


 青年は少し圧を感じ、それっきり黙る事にした。



「ふぅ…やっと終わった…」


 レインノートは作業を終えると、ぺたりと尻餅を突く様に部屋の隅に腰を下ろした。


「うわっ、もう真っ暗だ」


 始めたのは午前中だったのに、もう夜の帳が降りる頃だ。

 窓の外を見た少年は、時間の経過にやっと気付いたらしい。


「レイン君」

「あ、リーベルトさん」


 執事が数人の使用人と共に、少年の側に歩み寄って来た。


「ご苦労様でした」

「ありがとう御座います」


 手を差し伸べ、レインノートを立たせる。


「進捗は如何ですか?」

「何とか終わりました。明日、父とダイムさん達と一緒に最終調整したら終わりです」


 予定通り、三日で終わった事を報告する。


「そうですか、分かりました。所でレイン君」

「はい?」

「お腹、空いてませんか?」

「…あっ」


 言われた所でクルクルと腹が鳴った。


「応接室が空いておりますから、ご案内しますよ」

「あぁ…はい、ありがとう御座います」


 執事のリーベルトに報告しておけば後は問題無い。

 ここは大人しく従っておこう。



「レイン君!」

「あ、シアお嬢」


 応接間でお弁当を食べていると、伯爵家の令嬢が入って来た。


「お嬢様、お行儀が悪いですよ」

「ジーナ、レイン君は平民だから良いんですよ」

「…まぁ、僕は有りがたいですけど…」


 侍女が注意するが、アレクシアはそれを無視し、翡翠色の髪を揺らしながら翡翠色の目を輝かせて対面に座る。


「お嬢、もう帰って来たんですね」


 今日は出掛ける用事が有ると言っていたが、もう終わったのか。

 そう思いレインノートが声を掛けるが、アレクシアはこれ見よがしにため息を吐いてジト目になった。


「…レイン君、もう夜になる所ですよ」

「あっ…そうでした」


 レインノートはバツが悪そうに顔を逸らした。


「相変わらずですねレイン君は」

「…ごめんなさい」


 二人は物心ついた時からお互いの事を知っている。そのため、少年が熱中した時の悪い癖も知っていた。

 アレクシアを始め、伯爵家の人間は大体苦笑したり呆れたり、もう慣れたものである。


「そう言えば、今日はお客さんが来てるって聞きましたけど」

「えぇ、王都から」

「はぁ…こんな辺境にですか」

「はい、こんな所に」


 変な物好きも居るものだ。


「メルヴィス様に御用だそうですよ」

「母さんにですか」


 あの母に用とは、益々物好きな。

 アレクシアは用件を聞いてないが、相手は学院時代の同級生らしい。


「侯爵家のご夫人だとお聞きしました」

「え、そうなんですか」


 レインノートは少し驚いた。

 あの自由奔放で天真爛漫とも思える母が、侯爵夫人と知り合いだったと言う事実に。


「あら、ご存じ有りませんでしたか?」

「いえ、全然」


 メルヴィスは昔の事をあまり話さない。

 王都の学院を卒業した事は聞いていたが、細かい事は聞いてない。

 聞けば教えてくれるのだろうが、彼女自身忘れていたりするのだろうか。


「それは…メルヴィス様ならあり得ますね」

「はい…」


 二人の脳裏に、あっけらかんと大口を開けて笑う彼女の姿が思い浮かぶ。

 二人は揃って苦笑いした。


「所で、レイン君も来年は十歳ですね」

「まぁそうですね」


 二人は同い年だ。レインノートが十歳になるなら、アレクシアも十歳になる。


「王都の中央学院の入学資格はご存じですよね?」

「…あぁ、十歳から入れるんでしたっけ」

「えぇ、私は来年に入る予定ですが…顔見知りは居てくれた方が心強いので、レイン君もどうかと思いまして」

「僕もですか」


 ついでに護衛も頼めないかと両親や兄に言われたそうな。そちらの方が本音なのだろうとアレクシアは呟いた。

 腕の立つ人は、そう何人も居る訳ではない。

 子爵や男爵など、先立つ物や人が無い家では、入学してから足りない人員を探す場合も有る。

 ハリーベル家は辺境伯で、並の貴族よりは資金も人員も豊富だが、それでも無尽蔵では無い。

 可能なら今の内から確保しておきたいと言う事だった。


「メルヴィス様にお聞きしたら、本人に任せると仰ったので」

「うーん…学院ですか…」


 少し興味はあるが、レインノートは魔道具師になりたいと思っている。

 今も既に、助手として素材採集や魔道具作成は手伝っているが、果たして学院へ行ってそこらへんの技術や知識は学べるのだろうか。


「…あと半年有りますから、少し考えておいて頂けますか?」

「はぁ…分かりました…」

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