4、異世界の生き物入りゼリー
「ねえ、ディーネ。さっきはなんで話さなかったの?」
移動中、少しディーネと話をした。
『最初に行った時、学校では人間たちに怖がられていたから。あまり干渉しない方がいいかと』
「そう、分かった」
そんなことないよ。なんて励ましの言葉は嘘になる。私が側で見ている姿を他の人にも見せてあげられるといいのに。
住宅街の上空を飛んでいた。
ディーネが危険を確認しながら、何がいるのかよく見てくれていた。
「次はどこ?」
『あの辺だろうか』
「あの辺はお店がいっぱいあるね。服屋さんご飯屋さん、あっちは病院と電気屋さんだね。あそこには図書館もあった。あれは昔のデパートってところ。今は建物だけのはずですね」
この辺はアパートや市営住宅が近い。地震が始まったのはお昼時だったから、家よりは外出していた人も多いだろう。もう少し外れ行くと工業団地がある。この辺では大きな職場だから、県外から来ている人もいると思う。そっちはまた後で行く必要があるな。
流石にこれだけ施設があると、助けられる人も多そうだ。
『人間が沢山いる』
「そうでないものも沢山いる?」
『いる、だがそこまでぶつかってはなさそうだよ。さっきみたいに人間の数が大幅に減ったりはしていないから』
さっきはほとんど建物が崩れて中に入り放題だったせいだろう。ここらはまだ建物の形がちゃんとしている。
「少しは減ってるのね」
またさっきのナメクジがいなければいいなと、それだけは気がかりだった。
ディーネと地上近くまで降りて、低空を漂っていた。
「病院は少し明かりがついてる。蓄電ってやつかな」
少し暗くなり始めた中、唯一光っている場所だった。もしかしたら光に寄ってくる何かもいるのだろうか。夜になるまでになんとかしないと。
『あそこは嫌な感じがする』
ディーネは反対側の方の建物を指差していた。
「電気屋さんだね」
『外側にいっぱいいる』
電気屋は外壁はあるもの、もうボロボロな外観だった。そして囲むように何かが蠢いていた。
「いるなー」
廃墟の方に運んだ生き物たちと同じ奴も多いようだ。大きなダンゴムシみたいなのもいた。壁だけでなく屋根にも乗っているようだ。もしかしたらよく見えないだけで、中にも侵入しているのかもしれない。
「あれだけまとまってると、いっぺんに運べたりする?」
『運べるが、体力も消耗する』
流石に大きな建物なので、全体的に覆っていると言うことは数は相当だ。大集合、ゴキブリホイホイかと思える。
「なるほど、何回もできない」
『あまりやりたくはないが、仕方がないなとも思う』
ディーネは少し眼を瞑った。
どうやらまとめて一掃してみるらしい。何度も運ぶのも同じくらい手間がかかりそうだ。
身体の近くから水滴ができていき、それはだんだん範囲を広げて行くと、生き物たちをぐるっと囲んでしまった。トッピング付きの大きなゼリーのような、不思議な見た目だった。
『急いで運ぶよ。結構重い』
ディーネはゼリーを少しずつ浮かせると、建物ギリギリまで持ち上げそのまま移動した。建物は残って、ゼリーだけ運んだようだった。
生き物たちの拠点へ戻ってみると、それぞれの種族で別々の場所にいた。それぞれの好みの場所にいるようで、お互い干渉せずという様子に見えた。
ディーネはドスンとゼリーを落として、自分も少し座った。
水は弾けるように水滴になり、地面に落ちて染みていった。
『ーーーー』
いろんな生き物がそれぞれ鳴き声を出して大合唱になっていた。
『少し離れたから、だいたいは落ち着いたみたいだね。まだ暴れてるのもいるけど、落ち着いて来ると思う』
「だといいね、とりあえず人が襲われなければ花丸よ」
『〜〜』
ディーネが少し鳴くと、騒いでいた声が静かになった。
そして各々好きな場所を探すように動き回った。これだけの数がいるとなると、動物園ができそうだった。これだけ広いスペースがある田舎だからいいものの、都会の方は深刻そうだ。
『戻ろう、まだ残っていそうだ』
「はいよー」
さっきの電気屋さんまで戻ってよく見ると、建物は穴だらけだった。色々な生き物が頭を突っ込んでいたせいで被害がないように見えていただけだった。
『ここには人間はいなかったね』
「そうね、他のものでいっぱいで見えなかったね。あんだけいたんだもん」
今は嫌な音はほとんどないそうだ。ディーネが水を使って建物を覆ったせいで中の物が壊れたのかもしれない。異世界の生き物は電子機器に弱いのだろうか。
危険な生き物はいないようなので、ディーネと一緒に地上に降りて歩いていた。私は背中に乗ったまま、ここはどんな建物で何があるんだと軽く説明していた。
ところどころにいた、手足の生えた木の実みたいな生き物や、猫のような小さい虎には、ディーネが少し話をして自分たちでみんながいる場所に向かってもらった。
会話ができない、攻撃してきた生き物もいて、それらは残念ながら退治された。
道路をドラゴンに乗って歩くなんて、世も末な感じがする。
ひと通り歩いてみると、窓からこちらをみる視線がかなりあった。
「こりゃ生きてる人も多いな」
こいつらは自分を襲ってくるのかと心配しながら見ているのだろう。さっきまでここにも得体の知れないものが沢山いたのだから。私たちがそう思われるのも仕方がない。
だんだんと日は傾き、西日の眩しい時間だった。
『まとまって欲しいものだな』
ディーネがため息吐くように言った。
さっきみたいな水を使って囲むのは消耗してしまう。しかし手のひらに乗せて運んだら何回かかるか分からない。
ここらの施設周りの道路にはそれほど被害はないが、自分たちで行けと言うのも酷だろう。
「建物ごと行けないの?」
『崩れなければ持てるけど』
それはそうだ。ディーネが屋根を引っ張ったらそのまま屋根だけ取れる可能性だってある。得策ではない。
ちょうど踏切があって、ディーネは少し飛んで避けていた。ということはどこかに電車はないだろうか。この辺は1日に数本しか電車が通らないから、望みは薄いかもしれないけど。
線路沿いを少し歩いてもらうと、駅までたどり着いた。電車は見当たらなかったが、ちょうどいい時間だったのかバスが置き去りだった。
「あ、あれがいい」
『これなら持てるよ』
路線バスが2台あって、1台は横になってしまっていた。もう1台には何人か人影が見える。
「ディーネちょっと待ってて」
私は背から降りて、バスの運転席の方へ行ってみた。
運転席にはおじさんがいて、恐る恐るこちらを見た。
「すみませーん、バスって借りてもいいですか?」
「ーーはい?」
おじさんは少し泣きそうな顔をしていた。
「すみませーん。生きてる方! 出てきてくださーい!」
私たちはお店の多い場所に戻って、道路と飲食店の駐車場あたりに降りていた。ここが1番スペースが広かった。
おじさんに状況を伝えると、(異世界の危険な生き物たちがいるので、我々が安全な場所に運びますからというゴリ押し)快くバスを貸してくれた。中にいる人たちもここじゃない場所に連れて行ってくれるならと、納得してくれた。
「怪しいものじゃないので! これからバスで皆さんを運びます! 夜になると動けなくなるので!」
とりあえず建物のそばにバスを降ろした。2台なら両手で持てるようだった。
1台は倒れた衝撃で少し壊れたのかドアが開かなかったので、ディーネに無理やり空けてもらっていた。このバスに乗っていた人たちも窓から這い出ていて無事で、まとめて1台に乗っていた。合計たったの10人。
「安全なところに運ぶのでー! 食べ物とか荷物とか持っててもいいので! むしろ食べ物は持ってきてくださーい!」
ディーネから降りて、私だけ建物に近寄って言ってみた。大きく手を振り、私がちゃんと見えるように。
それでも人は出てきてくれない。
私はバスまで戻って、運転手のおじさんに声をかけた。
「おじさん! ちょっと呼んできて!」
「ええ! ちょっと嫌です!」
はっきりした人だなぁと感心していたが、あまり優しくしてもいられない。
「私たち他にもバスあるか見てくるから、帰ってくるまでに説得しておいてほしいな」
「そんなぁ」
「大丈夫、変な生き物たちはほとんど違う場所に移したから。ほとんど」
もし乗り切れなかった困るでしょ、とさも当然のような脅しの言葉を残してきた。
ディーネの方へ戻って、また空を飛んだ。
『あと2個見つけた。足りるかな?』
「足りると思うよ!」
とりあえず1台、道路を走っていただろうバスを見つけて持って行った。ドアが閉まった状態で誰もいなかった。仕方なくドアは破壊されて運ばれた。
戻ってみて、まだバスには誰も乗っていないようだったので、もう1台見つけた方にも行ってみた。
「ここら辺で生きてる人も運んじゃおうか?」
『何人かいるよ』
少し家の多い場所にバスは転がっていた。
こちらは開けっぱなしの状態。乗っていた人はいないのでどこかに逃げたのか、襲われてしまったのか。
ディーネにバスを持ってもらって、そのまま空を飛んだ。
「生きてる方いたら、ベランダでいいので出てきてくださーい。今学校まで運んでます! お願いしまーす」
声が聞こえて出てくる人もいるが、ドラゴンを見るとびっくりして戻るということが続いた。
「ママ見て! お空飛んでる!」
一軒家の2階のベランダに子どもが出てきたが、お母さんらしき人に連れて行かれてしまう。
『出てこないね』
「まあそりゃ、警戒もするよね」
『私のせいだろうな』
ディーネが少し悲しそうに言った。
「それもあるだろうけど、気にしないでね」
私は背からギュッと抱きしめてみた。側から見たらおんぶされているだけで、そしてドラゴンにこういった文化があるのかも分からないが。案の定反応はない。
ディーネに少し飛び回ってもらったが、誰も出てこない。
私はもう我慢の限界だったので、少し怒った声で叫ぶ。
「次はいつくるか分からないのでー! もう行っちゃいますけど! 良いですかー!」
『ナナ、そんな言い方しなくても』
ディーネに宥められてしまった。ドラゴンがいるからそんなふうに言っていると、感じせてしまったのかもしれない。
私はディーネにごめんねと言った、みんな臆病なのねと。
「助けてください!」
どこかから声がした。
『あっち』
ディーネはゆっくり飛んだ。着いたのはさっきの子どものいた家。手を繋いで待っていた。
お母さんと子どもの2人、大きなリュックを持っていた。もしかしたら荷造りしていただけだったのかも。
「出てきてくれてありがとう。バスに乗れる?」
『寄せるね』
ディーネはベランダからでも乗れるように、ピッタリとバスをくっつけてくれた。
「ありがとうございます。あと私の母がいたんですけど、」
「怖い?」
私が尋ねると、お母さんは首を振る。
「地震のあとから急に具合が悪くなって、死んでしまったんです」
「え? 死んじゃったの?」
「はい」
ディーネの顔を見てみたが、よく分からない現象だったのか頭を振った。
「ごめんなさい。私たちにも分からない、とりあえず2人だけでも乗って」
「はい」
お母さんは子供を抱っこして、開けっ放しのドアから乗り込んだ。子どもはなんだか楽しそうに笑っていた。
軽く見回してみて、他に出てくる人はいないようだった。
「行きますよー。いいですかー」
返事はなかった。
「出発進行!」
バスの中から聞こえた、子どもの声。
私にもディーネにも救いの声だった。
私たちは先程バスをおいてきた場所に戻った。
とりあえず親子を乗せたバスを降ろして、私は声をかけた。
「ちょっと待っててね」
お母さんは頷き、子どもは手を振ってくれた。
先の3台の方を見ると人が集まってきていた。ディーネは少し離れたところで待つというので、親子のバスのところに残して向かった。
「あ、お姉さん。遅かったね、もう帰ってこないかと思ったよ」
声をかけてきたのは運転手のおじさんだった。そばにいた人は私もバスに乗ろうとしていると思ってるのか、順番守ってと言わんばかり後ろを指さした。私は作り笑顔だけ返した。
「凄いね、どうやったの? 私たちじゃ誰も乗ってくれなかったのに」
「いやね、私がここにいるのが怖いから。早く安全なところに行きたいんだよって言ったら、なんかみんな急かされたようで」
おじさんの私を見る目は、最初ほど怯えていなかった。
「少し人が出てきたら、近くの建物から見てた人たちも出てきてすぐこれだよ。君たちも大変だね。こんな事してて。あのドラゴンは…」
このおじさんに説得を頼んで良かった。少し怖そうにディーネの方を見ていた。
「後でお礼を言ってあげて。私も助けてもらったの。みんな怖がって近づかないから、遠慮して離れてるのよ」
「そっか。全く、夢みたいだよ」
おじさんは帽子を被り直して、下を向いた。ドラゴンを見て、やっぱり怖いと思ったのだろうか。
「不謹慎だけど、なんかちょっとワクワクするよ。ドラゴンがいるなんて」
俯いてあまり見えなかったがおじさんは少し笑っていた、つられて私も笑顔になった。
なんだか少し安心した。ディーネが受け入れられたような、そんな気がした。
「こっちのバスはもういっぱいなんだ。乗れなくて待ってる人もいる。新しくもう1台持ってきたんだね」
「そうなの。おじさん、任せても良さそうなら、少し残ってて誘導してくれると助かるんだけど」
「少しならいいよ。ちゃんと迎えにきてくれよ」
おじさんは胸に手を当て、少しだけだよ頑張れると、自分を鼓舞していた。
こんな人たちがいるなら、なんだか私ももう少し頑張れそうだ。
「新しいバスが来たので、乗れなかった人たちは向こうへどうぞー」
おじさんは誘導を始めた。私がよろしくと言うと、帽子を振って応えてくれた。
私は少し嬉しくて、手を振ってディーネの方へ戻った。
「もう3台とも乗り終わってるって」
『そうかじゃあ持っていこう』
私はディーネに乗り、初めの2台のバスへ近づいた。
「じゃあ最初のバスはもういっぱいだから、とりあえず運びますよー」
運転手のおじさんが、お客さんに声をかけた。周りにいた人たちは少し離れて行く。
ディーネはそっと持ち上げると、ゆっくり浮かび、そして飛んだ。
ドラゴンが運んでいることに驚いている人も多かった。バスがそのまま走って向かうと思っていたのかもしれない。
ディーネは少し手が重そうに低く飛んでいた。
「重そうね、大丈夫?」
『大丈夫だよ。ありがとう』
手のひらにバスがひとつずつ乗っていて、重くない訳はないだろうと思うのだが。ドラゴンの力まだまだ未知数で基準が分からない。窓から覗く人々の視線が、ディーネと私に集まっていた。
学校へ降りてバスを置くと、乗っていた人は我先にと急いで降り出した。これならすぐに空のバスを持っていけそうだ。
バスを降りた子どもたちが数人こっちへ来た。
「ドラゴン?」
「恐竜じゃない?」
「すごいねー」
それぞれ話しながら走ってきて、後ろから保護者が追いかけてきていた。
私は背から飛び降りた。
「触ってもいいかな? ディーネ」
『手くらいなら』
ディーネは少し困ったようだったが、手のひらを開いてくれた。
「あーおっきい」
「すげー」
触る子もいれば、見ているだけの子もいた。とても楽しそうにしている。
すぐに保護者の方に手を掴まれ、早く行くよと連れていかれていた。
私がバイバイと手を振ると、ディーネも真似して振っていた。
「ディーネはすぐ人気者になりそうじゃん」
『なんだか変な気分だ』
「そうだよね」
子どもたちは気がついて、手を振り返していた。
「またねー!」
大人はまだ不安そうな顔持ちの人がほとんど。こういう時子どもは強いのかもしれない。変化に柔軟で、自由で。
あっという間にバスは空っぽになっていた。
「じゃあまた行きますか」
『急ごう、すぐ夜になる』
眩しい太陽はもう半分しか見えなくなっていた。