2、仲間のドラゴン
学校のすぐ裏手の森林へ向かうと、ディーネはすぐに林の中へ降りた。
「どうしたの?」
『仲間は気配を消して卵を隠し守っている。だから探し回るよりここで待ってみる』
そう言ってディーネは私を降ろすと、上空に顔を向けて何回か叫んだ。
「なんか、 えーまー とか えーるーまー って言ってるみたいだね」
『そんな感じの名前なんだ』
よく聞き取れたなと言わんばかりの顔だった。ディーネは左右へ頭を振って、木の中をよくよく探していた。
『きた』
「え? どこ?」
全く何も見えない、木しかない、緑色。何か他のものが見えたり、動くものが見えたりすることはなかった。
ディーネは羽をたたみ、四つん這いになって歩き始めた。私は左足に捕まって、そのまま運んでもらった。
10分くらい経っただろうか。
私の腕力は限界を迎え、ディーネの背に乗せてもらって進んでいた。
私にも見えたのは、そのドラゴンがかなり近くに来た時だった。
薄い茶色っぽい、古く少し削れて柔らかくなったレンガのような質感の2匹のドラゴン。よく分からないけど、子どもの絵本に出てきそうな優しい恐竜みたいな、そんなドラゴンだった。大きな羽があるけれど、尻尾は短め。尖ったツノはなく、頭はゴツゴツ、デコボコしているけれど、全体的に丸っぽい感じだった。
『ーーーー』
『〜〜』
『ーーーー』
『〜〜〜〜』
会話が始まったようだ。全く分からないので、区切りがつくまで休憩でもしよう。ディーネに悪いが背中の上で伸びていた。
ドラゴンたちの体力には到底ついていけない。
ディーネの話では、仲間と一緒に卵を守っていた? ということだったから、どこかに卵もあるはずだ。
私から見えるところには、ここのドラゴンたちと自然豊かなことくらいしかわからない。
だいたい3メートル以上はありそうなドラゴンが3匹もいるのだ。他に何か入る隙間はなさそう。四つん這いになっているから頭が出ないでいるものの、背伸びをしたら背の低い木々たちよりは大きい。
どうやって気を倒さないで歩いているのか不思議なくらいだ。
ここの森林が大きくて良かった。ギリギリ人には見つからない感じだった。
確か一つの山だったところを、学校にするために少し整備をした場所だったような。まだ人口が多かった頃、沢山の子供たちを受け入れられるようにと。
私が生まれる前の頃にできた学校のはず。確か教育体制が変更になって、義務教育の集合化とかなんとかだと、授業で受けた気がしなくもない。
『ナナ』
「はい! すいません、聞いてませんでした!」
突然呼ばれたので、つい先生に怒られた気分になってしまった。
『卵が孵るかもしれない』
「そうなの! めでたいね!」
ディーネは少し反応に困っていて、多少というか全く嬉しそうではない。
「なんかまずいの?
『詳しく話すと長くはなるんだが……』
「聞いた方がいいなら、聞きましょう。この後問題が起きてからではまずいでしょ?」
ディーネはため息を吐くように大きな息を吐いて、2匹のドラゴンに何か声をかけていた。
その後私は背中から降ろされ、2匹の前に出された。多分私の紹介をされているようだ。少し手を伸ばせば届きそうなところまで首伸ばして、興味深そうに見つめられている。なんとも言えない圧迫感と緊張感。
「あはは、はじめまして。よろしくお願いします」
引き攣ったような笑顔しかできない自分がいた。
『ーー』
『ーーーー』
2匹が私に向かって何かを言ったようだ。
首を下げてまるでお辞儀をしているようだ。
『挨拶をしている。この子たちは言葉を話せない』
ディーネが後ろから教えてくれた。
私も慌てて頭を下げてみたが、2匹はまだ頭を下げたままだった。
「そんなにかしこまらなくて大丈夫。私は千寿凪々です。エマとエルマ? これからよろしくお願いします」
こちらも丁寧にしなければと思い、さっきより深くお辞儀をさせていただいた。
そのせいか2匹に頭をぶつけてしまい、頭突きをした無礼者になってしまった。
「うわあ、ごめん! 頭ぶつけてしまった! ごめんなさい! すみません!」
驚きすぎて、口が勝手に謝っていた。
『ーーーー』
片方の子が顔を近づけてきて、大きな舌を出して私の顔を舐めた。なんとも言えないジョリジョリ感、硬めの歯ブラシみたいな肌触りだっだ。
あんまり気にするなと言ってくれているのかもしれない。初対面の、1番重要な自己紹介で頭突きされたら、普通の人間なら頭にくる、きっともう仲良くなれない。多分怒っていないこのドラゴンたちは優しい。
『ーー』
もう1匹のドラゴンも近づいてきて、また私の顔を舐めた。もしかしたらこういう挨拶なのかもしれない、ドラゴンなりのジョリジョリなスキンシップ。
『先に舐めた人懐っこい方がエルマ、後に舐めた落ち着いている方がエマだよ』
「そうなのね! 教えてくれてありがとう」
まだ近いところに頭があったので、そっと手を伸ばしてみる。2匹とも逃げるような動きはなかったので、そのままそっと頭を撫でてみた。
左がエルマ、よく見ると眼が赤っぽい。確かによく動く感じ。
右がエル、こちら眼が白っぽい。おっとり、ゆっくりな感じ。
触り心地はサラサラの砂が固まったような、硬いけど痛くはない感じ。爬虫類のようなツルツルな鱗のディーネとは対照的。
『さて、2人の後ろにある黒くて大きな卵は見えるかな?』
ディーネが言った。
さっきは気がつかなかったが、2匹の間の少し後方には私より大きそうな卵があった。
「見えるよ。黒い、漆黒ね」
『その卵はちょっと危険な卵なんだ』
「危険な卵?」
ディーネは私にそばに寄るように促し、座らせると話しはじめた。
『私たちのいた世界、ドラゴンの生まれ方はひとつではない。もちろん交配による産卵もある。ドラゴンたちの意思で作ることもできる。そしてもうひとつ、世界から生まれる卵もある』
「世界から生まれる卵?」
『そうだ。世界の力の流れが乱れた時、それを解消すべく産み出されるもの』
「世界の力の流れ…魔法の力みたいなものかな」
『その言葉でおおよそ合っているだろう。なぜドラゴンの卵なのかはよく分かっていない。ただ力の乱れが大きく、それを解消するためには力の大きいものでないと意味がないからだと思われている』
「ドラゴンは君たちの世界では力の強い種族なんだよね」
『そうだ。日常的に存在している、可視可能なという意味では正しい。私たちの中にも神に近い存在はあり、それは空想上のものと思われていた。今回のこの転移こそ、その存在を認知した初めての機会なのかもしれないが』
「それでその世界の修正のために産まれてしまった卵は、何か危険なの?」
『例えば、降りすぎた雨が世界を滅ぼしかけた時、それを吸収して産まれる卵なら…』
「水のドラゴンって事?」
『そうなる。その卵は水を操り、大いなる力を持つ。この卵は、世界の終わりを察知した生き物たちの恐怖が産み出した滅びの卵』
「滅びの卵……」
『世界の死、恐怖、絶望、飢、生き残りをかけた殺し合い、更なる憎悪。そんな力が世界埋め尽くしていた時、それを少しずつ吸収して大きくなった』
「それはこの卵が孵った瞬間、世界を滅ぼしちゃうような凶悪怪獣かもしれないってこと?」
『かもしれないということだ。世界の卵は全て悪いものとは限らないんだ、ただその力はとても強い。だから育て方を間違ってはならない』
「つまり育て方を間違えなければ、悪いことばかりじゃないと」
『そうだな。ただこの卵は今までとは少し違って、こちらの世界に来てからも大きくなった。この世界へ飛ばされた我々と新しい人々の混乱。それもこの卵が育つ糧とされたんだろう』
「それはかなりやばいんじゃないの?」
『おそらく、今までの卵とは何か違うことが起きるだろう。私たち3人はずっとこの卵を見守っていた。この卵が孵る時、世界に更なる混乱を生み出さないように。その力が正しくあるように』
「力が正しくある?」
『そうだ。この黒の卵、闇の力も世界の均衡には必要な力。なくてはならないものなのだ。その力を暴走させず、世界の一部とし上手く調和させること。それが私たちの使命』
「つまり、この卵は壊したりしてもダメなのね。きちんと孵して更に慎重に育てないといけないってことか」
『この卵はもちろん壊してはいけない。卵が吸い取った脅威が放出されれば、世界に更なる混乱を招く。そしてこの卵はナナも一緒に育てることになる』
「ですよね、そりゃ私とディーネは運命共同体なんだから。君の使命なら、私の使命……」
『2人が言うにはここに隠れ時、卵に力が満ちた。早ければ夜には、遅くても明日孵ってしまうだろう』
「明日までに戻れるように、作業をする? それともディーネはここで卵を見守らないといけないの?」
『いや、〜〜』
ディーネは2匹に声をかけた。
エマ、エルマは卵を守るように寝そべって目を閉じた。
『この2匹が引き続きこの卵を守る。我々は早くこの混乱を収める必要がある。この卵がより良い環境で孵るように』
「分かった。じゃあまずは仕事の続きをしなくちゃ」
『ーーーー』
『ーー』
エマとエルマは私たちに何か声をかけたようだ。
『いってらっしゃい、だな』
「あら。じゃあ、いってきます! だね」
2人に手を振ってこの場所を離れる。ディーネ乗せに乗って、最初に降りたところまで戻るらしい。
「場所覚えたの?」
『何事もなければな』
なんとも意味深な発言であった。
「それは私たちがちゃんと生けてればって事?」
『それもある。卵が襲われなければ、ということでもある』
「かしこまりました」
ディーネは警戒しているのか、あたりをキョロキョロ見ながら歩いていた。
「何かいる?」
『嫌、通った痕がついてしまっている』
「それはしょうがないでしょ。大きいんだから」
『急ぎ片付けなければ、見つかってしまうだろうか』
よっぽど卵が心配みたいだった。
「こんな状況でここまでくる奴はいないと思うけど」
『そうだといい』
ディーネが空から降りたところには大きな窪みがあった。確かにこれでは丸分かりだ。
立ち上がって羽を広げると、ゆっくりと浮上する。
「どっちの方がやばそう?」
『あっちだな。何か動き回っている、人間は少しずつ死んでいる』
「急ごうか」
森林が一気に遠くなり、私たちは空を駆けるようだった。
人間が死んでいるーー。それは私でもおかしくなかった。こうしてドラゴンの背中に乗って誰かを助けにいくことになるなんて。消化しきれない思いが蟠っていた。