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彼女が昔ニンゲンだった時  作者: 志摩
プロローグ
3/38

2、獣の声

 スーパーの駐車場には車が1台もなかった。こんなお昼時に一体何事だろう。車を停めて入り口まで行ってみると『仕入れ困難のため営業再開未定』と書いてあった。

 大きなため息を吐いて、仕方なく車に戻る。このスーパーがなくなってしまったら、この辺りでの買い物は農家の直売所しかなくなってしまう。食料品を買うのに大きな商店街のある地域まで1時間近くかけて行かなければならない。

 もうお昼は食べずに直接向かうしかない。昼は食べたことにしよう。どうせ両親は会社の配給ランチを食べていて、家にはわずかな食料しかないはずだ。私がお腹を空かせていると知ったら食べさせようとするだろう、自分たちだって食べるのは大変なのに。

 車のドアを開け座席に座ろうとしていた時、大きな地震が起きた。

 エンジンを止めて様子を見ていると、これがかなり大きい。建物や電柱がミシミシと軋んでいる。地面だけでなく空が震えているようにも見える。遠くからまだ地震が来るだろう音が聞こえる。それはだんだん大きくなり、そろそろここまで来ると思った時、地震は落ち着いてきていて、何故かまだ来ない地震らしき音だけが響いている。

 揺れが止まった。私は開けたままのドアにしがみついていた。また大きな揺れがあるかもしれないなら車に乗るのは危険なのだが、どこに行くのも車がないと不便な場所にいるので悩みどころ。

 相変わらず地鳴りが響き、どこかでは揺れが続いていることを思わせる。

 流石にこれでは動けない、少なくてもこの音が止むまではあまり動かないようが良さそうだ。娘や旦那の地域は何ともなかったのだろうか。

 少し周りの様子でも見てこようと、車の戸を閉め駐車場を出る。隣接している民家に誰かいないだろうか。

 この辺りは住宅も多く、まばらに田畑があるくらいで田舎にしては栄えている地区だ。人通りは少ないが普段なら誰かしらは通るだろうが、今日はタイミング悪く誰もいないので、様子を尋ねることはできなかった。

 携帯電話を見ても圏外になっていて電話はかけられず、インターネットも使えない。

 地鳴りが少し大きくなり、また地震がきた。先ほどよりは小さな揺れだ。地鳴りに重なるようにライオンや虎のような大きくて低い獣の鳴き声が聞こえてくる。こんな田舎に動物園はないのに一体どうしたことだ。獣がいたとしても猪か狸くらいなものだ。なぜこんなにも危険だと感じさせる声が聞こえるのだ。

 周辺の家を見渡してみて、何かがいるような気配はない。未だにどこか遠くでは地震が起きているような、大きな響く音が続き、そして時折、何か獣の鳴き声がする。

 確認するにも車は動かせないだろう。道路は地面がひび割れ、ところどころに段差が生じている。もしかしたら古い建物も倒壊しないまでも亀裂が生じていて、大きな地震がきたら壊れる可能性もある。ますます身動きが取りづらくなった。

『ーー』

 一際大きな鳴き声が響いた、何と言っているのか分からないが、確実にさっきより近づいている。

 少し遅れてどこかで何か壊れた音がした。おそらく建物くらい大きなものが崩れている。見える範囲の住宅は崩れている様子はない。聞こえてくる声の獣が暴れているのか、それとも地震の影響かどちらかだろう。

 車に戻って獣が通り過ぎるのを待とう。地震で潰されるか、獣に食べられるかなんて、どちらもお断り願いたい。

 急いで住宅街を抜けて駐車場に戻り、車が見えたと思ったその瞬間には、私の車は突然爆発して炎を上げた。強い風が起きて体を押してくるが、ふらついて尻もちついただけですんだ。

 うちのオンボロ軽自動車は、炎に呑まれもう誰も乗せることのできない鉄屑になってしまう。新しい車を買うお金なんてないのに。

 手をついたせいか手のひらと指が少し痛み、血が滲んでいた。

 困ったことになった。電話は通じない、まだ地震も続きそう、どこにいるか分からない獣、そして車は炎の中。

 風が落ち着いて煙が上に舞い上がり見えたのは、潰れて何か巨大な石のようなものが刺さっている車だった。車の倍くらいはありそうだ。

 建物が崩れたとするなら、一体どこから破片が飛んでくるのだろう。駐車場には私の車しかない。スーパーの建物は崩れている様子はなく、爆発のせいで多少ガラスが割れている程度だった。

『ーー』

 すぐ近くから聞こえてきた咆哮、さっきまで聞こえていたものとは違うようだが、それは私の車の方から聞こえた。

「嘘でしょ」

 死を覚悟させるような強烈な叫び声。それは確かに車に刺さっている岩にも見える巨大な破片から聞こえていた。空気が震え、ビリビリと皮膚に伝わる嫌な感覚。

 それは動いたように見えた。炎に焼かれ、目の錯覚が起こした幻だろうか。

『ーー!』

 また聞こえたその声は、間違いなくあの破片からだった。それは幻ではなく確実に動き、そして私の方を見る眼があった。

「生きてるの?」

 その眼はこちらを睨みつけたまま、口と思われるものを開けた。

『ーー』

 これはもしかしなくても、間違いなくやばいやつだ。その眼を見返すのをやめたら食べられるかもしれない、私は動けないままだった。

『〜〜』

 今度はまた違う鳴き声がして、それは私と車との間に落ちてきた。衝撃で体は宙に浮き、そしてその何かに捕まった。

 硬く、冷たく、ざらついた感触、爪のような鋭いものがついていて、私の体はすっぽりと握られていた。とても大きな何かを見上げると、それは大きな眼と口を持った生き物だった。

 その何物かの顔が近づいてきた、私の顔くらいありそうな灰色の瞳、なんとなく目が合った気がする。その次の瞬間には私は地面に落ちた。手が滑った的な落とされ方だった。また尻もちをついてしまった。さっきの傷口がさらに裂け、手のひらが痛んでいる。

 そんなことよりも、これはあれだろう。

 本とかゲームとか、この世界ではない空想上の世界の生物。大きな身体に、2本の角、羽と尻尾、爬虫類のような皮膚に身体、大きな口、鋭い牙。

「ーードラゴンでしょ」

 晴れた日の海のような、青と緑の合間のような、淡い色をした大きなドラゴン。

 それが目の前に降ってきて、咄嗟に私を掴んで落として、こちらを向いていた。




「死ぬかも…」

 天変地異だ、世界の終わりだ、人類の終わりだ。世界はついにゲームの世界を現実に再現させたのか。それとも科学者が生み出した新しい生物なのか。

 度重なる疫病、地震、洪水、ついに世界が滅びる準備が完了したのか。人間は滅ぶべき時を迎えたのか。

 頭によぎるのは現実を受け入れられない稚拙な推理と、子どもに戻ったかのような期待感と好奇心。目の前に現れた死の絶望、そしてどうしても隠しきれない興奮。

「どうしてドラゴンが、こんなところに」

『〜〜』

 その鳴き声は私に何かを伝えようとしているようなものだった。

 車に刺さっている生き物から聞こえた咆哮とは違った、語りかけているような雰囲気。

「ごめん、何言ってるかわからないよ」

 これは逃げるべきか、会話を試みるか、どうすべきだろう。車の生き物の様子は全く見えなくなった。間に入ってくれたのか、それとも偶然なのか。

 青いドラゴンは頭を右に左に振って、辺りを確認したのか、私の方を見つめ、手を伸ばしてきた。

 手のひらを差し出していて、こっちに来いと言っているようだった。

「そっちいけばいいの? 乗るの?」

 一応聞いてはみたが、答えがもらえるわけでもない。とりあえず立ち上がって、その手に近づいてみる。取って食べたりはしなそうだ、それなら最初に掴まれた時にもう飲まれていただろう。

 手の方に触れるほどの距離になった時、突然青いドラゴンは動き出して私を掴んだ。

 急に圧がかかったと思うと、地面が遠ざかっていき、空に浮かんでいることに気がついた。

「ちょっと、嘘でしょ」

『〜〜』

 何かを言っているようだが、やはり獣なのか、言葉は分からない。ゲームみたいに言語化されて表示されるといいのに。テレパシーとか、魔法とかないのだろうか。現実なのか夢なのか、もう区別しようがない。混乱しすぎていて、もう何が起きてもおかしくないような気さえする。少なくともこのドラゴンは現実で、私を掴んで飛んでいるのだ。

『ーーーー』

 車の方の生き物が何か叫んだ。このドラゴンと会話をしているようにも聞こえなくもない。

 いつの間にか車から抜け出して頭を振り乱して暴れていた。

 上から見ると、なるほど、大きなアルマジロみたいな生き物だった。その背中が見えていたため、大きな岩のような塊に見えていた。

 車は抜け出す時に暴れたのか、ぐちゃぐちゃに潰れ破壊されていて、駐車場の地面も割れて凹んでいた。

『ーー』

『〜〜』

 やっぱり何か話しているのだろうか。まじまじ見つめていると、青いドラゴンは私の方を少し見て鼻を鳴らした。何か声をかけたのかもしれない。

 私を掴む手に力が入った。次の瞬間、

『〜〜!』

 空気が震えてごくごく小さな水滴が現れた。最初は少しの範囲だったが、少しずつ大きくなってどんどん集まっていき、人がすっぽり入れそうな大きな球状になると、ゆっくりと地面に落ちた。

 ドシャンと大きな音がして、岩の生き物の上に落ちた。一瞬で小さな洪水が起き、辺りが水浸しになり、直撃を受けた生き物は流されて倒れ込んだ。

「……すごい」

 魔法なのか、このドラゴンの力なのか、一体世界には何が起きているのか。

『〜〜〜〜』

 何か伝えようとしているらしく、私の方を見て何か話している。

「ごめんね、なんて言ってるか分からないの。助けてくれてありがとう」

 青いドラゴンは、また鼻を鳴らして応えた。そのまま少し羽ばたくと、少しずつ浮上して空へと舞い上がった。


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