5、じい様とのお話
「ねえ、ディーネ。知ってる人なんだよね? なんて話かけたらいいの?」
ナナが私の方へ寄ってきて、小さな声で聞いた。このくらいの声量だと、きっとあのじい様にも聞こえているだろう」
『このじい様は面白い話、新しい事、美味しいものの話が好きだったかな』
ナナは真剣な顔で考え込んでいるが、そんなに緊張しないでもいいのにと思う。とにかくたくさん話かけてみた方がいい気がする。
じい様はなんだか興味深そうにナナの方を見ている。もしかするとじい様はずっとここに隠れていたために、この世界の人間をあまり見たことがないのかもしれない。
ヘイが退屈そうにゴロゴロと寝転がって遊び始めてしまい、エマとエルマはその様子を見ていた。こっちのはことは私たちでなんとかしないと。
ふとナナを見ると、何やらまだ考え込んでいた。
「うーん、そうだね。まとめてみると、この世界にきたばかりの皆様にオススメしたい美味しいものの話がいいのかなぁ」
食べ物関しては、じい様はとても興味があるはずだ。この世界の食べ物は私もよくわかっていないから、聞いているだけで手助けはできないが。
『食い物の話だな、よし。聞いてやるとしよう』
じい様は嬉しそうな顔をしていた。この辺の動物たち相手には会話は難しそうだから、やっとできた話し相手に少し浮かれているのかもしれない。
「そうだねぇ、美味しいもの。お肉でもお野菜でも甘いものでも、オススメは沢山あるんだけどなぁ。今はなかなか手に入らなくて実物はないし、私も美味しいものが食べたくなってきた……」
ナナは具体的な話をする前にお腹が空いてしまったのか、腹の音がなった。恥ずかしそうに腹を押さえている。
『なんだ、腹が減ってるのか。お前の[バムイ]は変わってるの』
じい様は大笑いしていた。
それにしても[バムイ]とはなんだろう。私たちの言葉のようだが、違うのかもしれない、私も聞いたことがないものだ。
『ナナのことか?』
『そうじゃ。そうか、お前は人間の滅んだ後の生まれだから、知らないのか』
『なんのことだ?』
「何? 私のこと?」
ナナが何故か私に聞いてくる、話しているのはじい様なんだけれど。まだ少し緊張しているのか。身体が小さいとはいえかなり迫力があるから、なかなかうまく話せないのだろうか。
『なんだかバムイって聞こえたね』
「バムイ? 私にはなんて言ったのか全く分からなかったよ」
『そうかそうから。バムイ、古い時代にいた、我々とともに生きる人間たちのことだよ。身体や力を共有したり、命を預けるというのかな。その割合も様々だし、ある種の呪いのようなものまである』
『私たちはナナから名前をもらった。王とを交わす騎士の誓いを真似たものだ。この世界の言葉で、私たちの新しい名前をもらった。その結果ナナの体に何か模様がついた』
「そうそう! 私の体の至る所に!」
『ほうほう…』
じい様は何やら目を細めて、黙り込んでしまう。
「なんだか呪いなんで危険な言葉が聞こえたんですけど」
ナナが不安そうに見つめてきた。私とナナはお互いを見やり、どうしたものかと視線でのやり取りをしていた。
『もう少し様子を見て判断しようかの、それかわしもその騎士の誓いをやってみればわかるかもしれん』
結局はじい様にもわからないみたいだった。ナナも、じい様が長い時間かけて考えていたのに答えてもらえず少しがっかりしたようだった。その時また、腹の音が聞こえた気がした。さっきよりも大き音で、エマたちにも聞こえたのかナナへ視線が集まると、
「失礼しました!」
と恥ずかしそうに声を出した。
じい様が疲れそうなほど大笑いして、そっと手を振った。
地面から何がが生えてきて、あっという間に私の目線ほどまで大きくなると、それはたくさんの白い実のついた植物のようだ。私たちの世界では見慣れた[パン]と呼ばれるものだ。
『食べなさい、昔人間たちもよく食べていた我々の世界の植物じゃよ』
じい様はその植物を何個も生やして、好きな食べるようにと言った。
ナナは私の方を見て大丈夫かと確認の眼差しを向けてきたので、私も何個かまとめて口に入れてそのまま引きちぎって食べた。
ナナは覚悟を決めたようにひとつを手に取って、ナナの顔と同じくらい一際大きな果実にかじりついた。
「美味しい! なんかみずみずしいバナナみたい! ヘイが好きそう!」
よっぽどお腹が空いていたのか、じい様がいるのも忘れているかのようにひたすら食べている。その様子が見えたのか、ヘイも駆け寄ってきて一緒に食べ始めた。
『美味しい!』
ヘイも必死になってかじりついていた。ヘイがあまりに一生懸命食べているので、あっという間に実がなくなっていく。じい様はびっくりして、また何本もパンを生やしてくれた。こっちを見て食えと言っているようだった。私たちもこっちの世界であまり食事をしていないので、ありがたくいただく事にした。
『雨の騎士…いやディーネ、か? この辺りはそんなに食い物に困ってるのか』
みんなの食事が落ち着いてきた頃、じい様が聞いてきた。
私に尋ねられてもこの世界の事情はまたよくわからないので、ナナの方へ投げた。
「今はなんていうか非常事態っていうか。世界の交わった衝撃で食料が届かないってのはある。そもそもこの辺はあんまりお金がない人が多いから、まあうちもだけど。食べ物が買えない人が多いって感じかな。お金持ち様は食べてると思うよ」
『そうか、転移の…』
じい様にも少し感じるところがあるようだ。
「おじい様、私の子どもにもこれあげてもいい?」
ナナは何個か残ったパンの実を指して言った。
『構わないよ。もっと出してあげてもいいぞ』
じい様は得意げに言っていた。
食料は足りていなさそうだから、あるならばあるだけ、とにかくたくさん欲しいだろう。
「そうね、非難している人も集まって大所帯になってきたから、とても助かるんだけど。多分馴染みのないものは食べてもらえないかもしれない。私はディーネたちと一緒にいるから、そんなに抵抗はないんだけどさ」
ナナが言っているのはきっと、私たちを受け入れてくれない、怖がったり嫌がっている人たちのことだろう。
私たちだって嫌な気持ちだと丸出しで隠しもせず、邪魔者扱いされるのは気分が悪くなる。私たちが姿を見せると逃げていき、嫌な視線だけ浴びせてくる。何かしてやっても感謝の言葉もない、さらに何か要求してくる図々しさ。
私たちは強い、力あるものとして弱いものを守るべきだと言われて育ってきている。それなりに尊敬され、感謝されていたことを考えると、私たちの世界とはやはり何か違う。初めて見る人間たちはまだよくわからない。
ナナのような人間はあまり多くないのかもしれない。
『人間は我々の世界ではそんなに我が儘を言うもんじゃなかったがの。やはり異なる世界という事か、うまくはいかぬな』
じい様は今度はヘイの方を見ている。そして私の方を見た。
『新しい子か』
『ええ、あちらで生み出された最期の子。こちらで孵ったから、どうなるかはこれから次第でしょう』
答えはなかった。この人の知識の中にも、これほどの黒い力は見たことがないのだろう。
沈黙の間、ナナがようやく実をひとつ食べ終えた。よくあんなに大きなものを食べ切ったと思う。
ごちそうさまてしたと手を合わせ、私とじい様を見た。
「あのー、脈絡はないんですけど、この度はおじい様にも私たちの暮らしているところに来ていただきまして、色々とお手伝いいただきたいというお話をしに参った次第でございまして、でございます」
なんだかまとまらない話を振って深々とお辞儀をした。最初の目的を忘れかけ長話をしてしまった。
じい様も真似をして頭を下げると、ナナの目の前まで飛んできた。
『これはこれは。面白いことなら歓迎ですよ、ぜひ連れて行ってほしいの』
そうそう、すぐについていくなんて言うはずが……
『ついてくる! だと!』
「ディーネ、どうしたの? 急におっきな声出して」
まさかこんなに早く話がまとまるなんて、ナナが直球で話したからなのか、元々何か気になることがあったのか。ヘイのことなのか、人間のことなのか。
『この場所は結構居心地が良かったんじゃが。とりあえずそのまま隠れ家用にしておいて、ついて行ってもいいぞ』
「やったー!」
ナナが嬉しそうに手を握りしめている。しかし私は簡単には喜べずにいた。この人と関わるとろくな事がない、昔から教育と称したよくわからない問題を出されたり、訓練をされたものだ。
頭の中に何か嫌なイメージが湧き上がってきて、思い出す前にかき消す。ダメだ、思い出しても気分が悪くなるだけだ。それに今ここには彼はいない。
『すまない、少し驚いただけだ』
『ディーネがこんなに慌ててるの、みたことないよ』
『そうだね、ディーネちょっと面白い』
エマとエルマは今の王になってから仕えているから、前の王の頃の話は知らないはずだ。私がまだまだ子どもで、悪戯ばかりしていた頃の話だなんて知っているなんて事はない。あんなにも恥ずかしい子ども時代をこの人に暴露される事態だけは回避したい。
『しばらくは様子を見たいからの。ディーネと同じ騎士の誓いを。それがどんなものかまずは調べるとしよう』
じい様まで騎士の誓いをしたら、まるでナナが王のようになってしまうのではないだろうか。元々は私たちが王に騎士の名をもらい、誓いを立てる儀式なのだが。このじい様は代々の王に知恵を授ける立場にいたのだから、知らないわけはないだろうに。
「また名前を…考えます!」
ナナはこのところ名前をつけてばかりで、考えるのに辟易していそうだ。
『じい様は、もうわかっているとは思うが緑を操る。そしてとても長く生きているから、知識の塊と言ってもいい』
『そうじゃ、知識の神様と言ってもいいぞ』
わくわくした顔をして、ナナの周りをぐるぐると飛び回っている。子どものようだが、だんだんとスピードが落ちよろよろと下降していく。
『おじいちゃん大丈夫か』
『落ちちゃうね』
エマとエルマが心配そうに見つめていた。
そういえばヘイが静かだと思ったら、どうやら食べて満足したのか小さく丸まって眠っていた。
じい様は飛びつかれたのか、最後の力で私の頭まで飛んできて、もう飛べないから乗せてくれと言わんばかりにくつろぎ乗っている。
「だめだー、緑と神様なら、サカキ! しか思いつかない!」
『ほう、決まったかね。サカキ。その名前、頂戴しよう。あいている手を出しておくれ』
「あいてる手?」
『名前のない方の手じゃ。雨の力と緑の力は相性が良い。両手にあるといいだろう』
じい様が動く気配がないので私は頭を地面に下ろして、ナナの手が届くようにした。
ナナが手を伸ばすと、じい様が少し身体を浮かせて手に乗った。
『我、サカキの名を頂戴し、ナナと共に戦うと誓おう』
ナナの手に光が集まり、一瞬で散っていく。じい様がどいた後には、深緑のあざが刻まれていた。
『ほうほう、これはこれは』
『何かわかったのか』
「え! 何、どうしたの!」
私たちが答えを待っているが、じい様の返事はなかなか返ってこない。
『少し疲れたから寝る。着いたら起こして』
じい様はそれだけ言ってまた静かになった。
「え、ホントに寝ちゃったの?」
私の頭の上なので見ることはできないが、ナナの様子からすると本当に眠っているらしい。もしかするとナナには判別のつかない、狸寝入りかもしれない。
『仕方ない、とりあえず行こうか』
こうなったら意地でも動かないつもりだろう。時間を無駄にするより、行動してしまった方がいい。
『ヘイも寝てるから』
『エマとエルマで連れて行くよ』
「ありがとう、1度家に帰って残り物渡してこよう、ヘイも起きなかったら置いてきちゃおうかな」
『それはまずいんじゃないか? ヘイが暴れたら手がつけられないからね』
ナナ以外の人間が、どうにかできるとは思えなかった。私たちへの理解という対応というか、やはり他の人間では難しいだろう。ヘイはまだ子どもだから、親だと思うナナの言うことをよく聞いてはいるが、それもいつまで大人しいのかわからない。突然言うことを聞かなくなることもある、子どもとはそんなものだ。
とりあえず私たちは、ナナの家族の待つ家に向かって飛んだ。




